コラム
欲しいものを作ってくれるビジネス
(2009年1月1日メルマガより)
■日経ビジネス2008年11月17日号の「小さなトップランナー」のコーナーに、
エレファントデザインという企業が紹介されています。
こちらは「インターネットを利用した商品開発支援」を行う会社です。
創立1997年で売上高1億8600万円のベンチャー企業ですが、今では、良品計
画と提携し、またグーグルが出資を検討したと言われている注目の企業です。
この会社、何が注目を集めているのでしょうか。
■エレファントデザインは「空想生活」というサイトを運営しています。
このサイトは消費者の「こんな商品があったらいいな」という声を募ること
を目的としています。
サイトの会員数が4万3000人。満員の甲子園には届きませんが、相当数の会
員を抱えていますね。これがこのサイトの資産となっているようです。
■会員消費者のアイデアに対して、プロあるいはアマチュアのデザイナーら
がデザイン化し、さらに会員消費者の意見を募ることで徐々に商品化してい
き、最終的には会員の投票でメーカーに生産依頼をすることになります。
アイデア段階から販売価格に対する意見もある程度聞いており、商品化しや
すいような仕掛けをしています。
ギャザリングなどと似ている気もしますが、アイデア段階から商品化までを
一貫して行うモデルなので、自由度と難易度が高いといえます。
実際に商品化し売れた額の1~5%程度をエレファントデザインは手数料と
して得ています。
それで1億8600万円の売上高だとすると大したもんです。。。実際には、他
の収入もあるでしょうが。
■マーケティングの大家フィリップ・コトラーは「新マーケティング原論」
の中で、デジタルエコノミーのもとでは、買い手の力が売り手の力を凌ぐた
め、マーケティングは逆向きになるという内容のことを述べています。
コトラーはこの本で、逆製品設計、逆価格設定、逆広告、逆プロモーション、
逆広告、逆流通チャネル、逆セグメンテーションといった概念を紹介してい
ます。
このうち逆製品設計の例として、デルコンピュータなどの消費者がカスタマ
イズできる製品のことをあげていますが、将来的にはあらゆる製品が消費者
自らが設計するようになると予想しています。
だとすると、空想生活の仕組みは、一見、コトラーの言う逆マーケティング
の実現のように思えます。
■一見というのは意地悪な言い方ですかね^^;
実は、このビジネスにはいくつかの疑問があります。
というのも、インターネットで消費者ニーズを探るという方法は、多くの人
が思いつくものです。実際に、2、3年前には似たコンセプトのサイトが乱
立していたという印象があります。
だから、単にインターネットでニーズを集めるというだけでは収益に変える
のは難しいということです。
他のサイトが無くなっていって、空想生活が残ったのは何故なのか?
■第一の疑問は、果たして本当に有効な消費者ニーズを集めることができる
のか、ということです。
空想生活の会員となっている方に聞くと、初期の空想生活というサイトは、
その名の通り「空想」を語り合うような側面があったのだとか。
ありえない、夢のようなことを語り合うのが楽しみで、参加しているという
サイトだったということです。
確かに、インターネットの匿名性は、無責任になれるという楽しみをもたら
します。
無責任になれるからこそ、大勢が集まって、自由に意見を言って、カタルシ
スを得ることができるわけです。
だとすれば、4万3000人の会員の中に「こんな商品がほしい」というニーズ
を発表したい人がどれだけいるのか疑問です。
やはりほぼ全員が阪神タイガースファンという甲子園の観客とは密度が違う
ようですな^^
ちなみに、空想生活の会員の方に聞くと「これがほしい」と投票しても、商
品化された後に実際に買うことはあまりないとのことです。その程度のコミ
ットなんですね。
■仮に、商品ニーズを真剣に発表したい、という人が多くいたとして、果た
してそのように集めたニーズが有用であるかどうかも疑問です。
コンサルティングセールスの代表企業であるキーエンスなどは「顧客の要望
は聞かない」という不文律を持っているそうです。
なぜなら、顧客が意識する要望はいわゆる顕在ニーズであり、わざわざ聞く
までもなく多くのライバル会社が商品化を検討している可能性が高い。
また商品化したとしても、すぐに真似されてしまい激しい競争に晒されてし
まいます。
そんなニーズを聞くために労力を使うのはもったいないというわけです。
ちなみにキーエンスは、顧客が意識しない潜在ニーズを汲み取ることを営業
の最大のテーマとしているそうです。
空想生活というサイトでは、潜在ニーズを汲み取ることは可能なのでしょう
か。
■第二の疑問は、アイデアを具体化する際のマネジメントをサイトで自動化
することは可能なのかということです。
アイデアと商品の間には非常に大きな溝があります。アイデアが優れている
からと言って、すぐに優れた商品につながるとは限りません。
端的に言うと商品として具体化するためにはQCD(品質、コスト、納期)
の管理が必要になります。
通常は、メーカーがこの管理を行っています。
しかし、このサイトの趣旨は、この管理を自動化することのようです。そう
じゃないと、販売価格の1~5%という手数料で運営できないでしょう。
だだ、現状では、エレファントシステムが、管理をせざると得ないと思われ
ます。
販売価格についてはある程度、サイトの中でコンセンサスを得られるように
しているようですが、それ以外は人の判断が必要になることでしょう。
ただでさえ勝手な意見を言って結局買わない会員が多いのに、ほっとけば収
拾がつかなくなります。そうじゃなくても、知識のない一般消費者がQDC
の細かなところまで詰めていくことなど不可能です。
自動化という理想と、人的管理せざるを得ないという現実のギャップがきっ
とあるんでしょう。
これも勝手な推測ですが「この程度の仕組みなら自社でやるよ」と思ったの
かも知れませんね。グーグルは。
■第三の疑問は、誰が財務的な責任を負うのかということです。
勝手な意見を言って、結局商品を買わないというのは、会員消費者が責任を
負わないということです。
製造業者に在庫責任を押し付けることは無理でしょう。
では、エレファントデザインが、1~5%の手数料で、売れ残った場合の責
任まで持つのか。
この部分が最もシリアスな問題です。ここがクリアされないとビジネスとし
て成立しませんね。
エレファントデザインの場合、空想生活の開設初期から、良品生活のバック
アップを得ていた模様です。
無印良品という販売チャネルで面倒を見るという最低限の保証があるために、
存続できたのだというのが私の意見です。
ということは、消えていった同種のサイトとの違いは、マッキンゼーのコン
サルタント出身だというエレファントデザイン代表西山社長の人的ネットワ
ークと、提携を実現した「プレゼンテーション能力」であったということに
なるのでしょうか。
■このビジネスを良品計画サイドから見ると「インターネットで新商品の企
画を提案してくれるビジネス」ということになります。
独自のマーケット・リサーチ機能を持った商品企画会社というところでしょ
うか。
当然、商品化に至るには、良品生活の意思決定が必要になりますから、メー
カーが主導権を持ったビジネスの一形態です。
コトラーの言う消費者主導の逆マーケティングの現実化というには、まだま
だ遠いと言わざるを得ませんね。
■ずいぶん勝手なことを言っていますね。お許しください。
別にエレファントデザインがコトラーの理念を現出しようと尽力しているわ
けではないので、お門違いの批判をするつもりは毛頭ありませんので。
ただこのビジネスが大きな可能性を秘めていることも感じます。
日経ビジネスの記事によると、西山社長は「このビジネスで、日本のものづ
くりを盛り上げる」と気炎を上げています。
そのためにはやはり上記にあげた3つの疑問をクリアしていただきたいもの
です。
1.有効なニーズを吸い上げる仕組みを持つ。単に要望を聞くのではなく、
集まった意見から潜在ニーズを読み取るような仕組みができれば面白いので
すが。ブログや掲示板の書き込みからマスの意見を読み取るような試みもさ
れているので、不可能なことではないでしょう。
2.商品を具体化する仕組みを自動化する。いつまでも、エレファントデザ
インが関わっていたら、どこかでパンクしてしまいます。個々のデザイナー
やプランナーが自由に参加できるような「成果配分」の仕組みを整えること
ができれば、さらなる発展を見込むことができます。
3.有望な販売チャネルを確保する。無印良品と提携することは、無印良品
で販売する範囲の規模にしか発展しません。最もいいのは、消費者が直接購
入する仕組みを作ることです。それができないのであれば、やはりエレファ
ントデザインが販路開拓を担う必要があります。このビジネスの発展は、実
は販路拡大が鍵となると私は考えます。
■このビジネスは発展途上であるため、可能性も高く、多くの企業が注目し
ています。もし、エレファントデザインが十分な収益性を確保することがで
きたと分かれば、すぐに競合会社が乱立することでしょう。
例えば、ヤフーやMIXI、ツタヤなど多くの会員を抱える企業は、既に参
入機会を伺っている可能性もあります。
その意味では、1~5%の手数料というのは、参入障壁として機能している
のかも知れませんね。
ただ、本当にエレファントデザインが強者として生き残るためには、2の
「自動化」システムを早急に作る必要がありそうです。
この不可能なシステムを作ることができれば、後発の大手企業は、わざわざ
競合するよりも「提携した方がいいや」と思うでしょうからね。
■このような企業の事例を見るにつけ、マーケティングのあり方が大きく変
わりつつあることを感じます。
もう変わっていると言う方もおられるでしょうし、まだ変化はこれからだと
感じる方もおられるでしょう。
(先ごろの勉強会でも両方の意見が聞かれました。普段接している業界によ
るんでしょうね)
ただ変化があることは確実です。
新年に変化について考える契機となれば幸いです。
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■このメルマガを書くにあたり、コトラーの「新・マーケティング原論」を
再読しました。
浅く広いカタログのような本ですから、自分で事例を考えたり、肉付けした
りする必要がありますが、実に示唆に富んだ本であると再認識しました。
とにかく情報量が半端じゃない。
以前は読み飛ばしていた箇所でも、「なるほど、こういうことを言っていた
のかーー」と気づくところが多かったです。
たぶん3年後に読み返しても、違う箇所で発見したりするんでしょう。
こういう本は名著というんでしょうね。
一読をお勧めいたします。