コラム
物語の力を知ろう
(2009年4月9日メルマガより)
■前号のメルマガにたくさんのメールをいただき有難うございました。
前号はほぼ全部WBCの話でしたが、これほど反響があるとは思っていませ
んでした。
やはりWBCの盛り上がりは格別だったんですね^^
■そんな野球の話題の中で紹介させていたいた福永雅文さんの新刊「ビジネ
ス実戦マンガ ランチェスター戦略 弱者が勝つ最後の方法」はお読みいた
だけたでしょうか?
ぜひ読んでいただきたいので、今回もご紹介させていただきます。
これほど分かりやすく臨場感にあふれたランチェスター戦略本はありません。
私は、あまり感心しない本については、付き合いがあっても、適当にしか紹
介しませんので^^;
ランチェスター戦略とは何か?を学ぼうとされるなら、まずはこの本を手に
とってください。
お陰で、私は、ランチェスター戦略の基本を紹介する任を逃れました。それ
はこの本で十分ですね。
これからは少し応用分野に入っていきたいと思っています。
■ところで前号の内容で何人かから「物語論って何ですか?」という質問を
いただきました。
そうですね。いきなり物語論を話しても分かりませんよね。
ということで、今回は「物語論」について書かせていただきます。
これもランチェスター戦略の応用編だと思ってお読みください。強引ですが^^;
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■今更と言われそうですが、「ハイコンセプト」という本を読みました。
ダニエル・ピンクの著作というよりも、大前研一の訳書と言った方がいいか
も知れません。
これは、現代の社会において、新しいことを生み出すことの大切さ、および
その方法を説いた書です。
大前研一は、訳者序文の中で、現代社会に「第四の波」が来ていると言って
います。
第一の波は、農耕革命。
第二の波は、産業革命。
第三の波は、情報革命。
ドラッカーが「ナレッジワーカーの時代が来る」と言ったのはほんの十数年
前ですが、今や知識を持っているだけの人は求められていません。
大抵の知識などグーグルで検索すれば、一瞬で手に入るからです。
今、価値を生み出しているのは、情報を集約して分析し、新しいコンセプト
を作ることができる人です。
つまり第四の波は、コンセプチュアル革命社会の到来ということです。
■特にこの本で強調されているのは、論理的に積み上げて情報分析する能力
ではなく、直感や感性で非連続的に包括し、コンセプトを生み出す能力です。
著者は「左脳思考から右脳思考への転換」という言い方をしています。
脳科学の知識で言うと、左脳は論理的思考を司り、右脳は感情、感性、直感
を司っています。
これからは右脳で考えようというわけです。
もっとも著者は、左脳、右脳という言葉を象徴として使っているだけで、科
学的根拠としているわけではありません。
この本以来、左脳、右脳という言葉が独り歩きして、占いのような運用がさ
れている感があるので注意してください。
■ダニエル・ピンクは、コンセプトを生み出す鍵として、デザイン、物語、
調和、共感、遊び心、生きがいなどを挙げています。
今回、私は「物語」を採り上げてみたいと思います。
それにしても、論理的思考の権化のような大前研一氏が、ここに来て、非連
続思考の重要性を主張するというのも面白いですね。
時代が転換期にあることを端的に表しているのではないでしょうか。
■私も職業柄、論理的思考、論理的会話を心がけています。出来ているかど
うかは兎も角として^^;
コンサルタントが「最後は気持ちですよ」とか「やってみなければわかりま
せん」などと言い出したら、嫌ですよね。
実は言いたい時はよくあるんですが^^;我慢しております。
それを言ったら私の負けですから。
■論理的思考は、ビジネス界の共通言語とも言われます。
文化内の感性や情緒的な思考は、国境を越えることはできませんが、A=B、
B=C、よってA=Cという論理は万国共通です。
論理が通っていれば、どんな世界の人も納得させることができます。
だからこそ我々は論理的思考を身につけ、論理で話すことがまずは求められ
ます。
脳の構造でも、左脳が支配的であるため、左脳が運動機能を司っている右手
を利き腕にする人が多いという説があります。(左脳は右手を動かし、右脳
は左手を動かすそうです)
まともに社会生活を送るためには、論理性が必要なわけです。
■ただし、それだけでは十分ではありません。
私も最近つとに感じるのですが、論理では人を説得できても、それによって
行動させるまでには至らないことがあります。
これは自分に置き換えても同じです。隙のない論理で反論できず納得せざる
を得ないとしても、なんだか言うことを聞きたくないという時があります。
要するに、我々は論理で納得しても、共感できないと動く気になれないので
す。
■これはコンサルタントにとって由々しき問題です。
できるだけ客観的に最善のアドバイスをしても、クライアントが動いてくれ
なければ、何の意味もありません。
経営者にとっても同じでしょう。
これが論理的に正しいという指示を出しても、従業員が動く気になれなけれ
ば、会社は前に進みません。
論理的に正しいことが必ずしも万全ではないということです。
■1つには論理以外のコミュニケーションの重要性があります。
言い方、表情、態度、声、雰囲気。
メラビアンの法則を持ち出すまでもなく、いくらいいことを言っていたとし
ても、いけ好かん奴の話は聞く気になれないということです。
ただここではこの問題は置いておきましょう。
■ここで言いたいのは「物語」というものの重要性です。
我々は本能的に「物語」に共鳴するという習性を持っています。
「ハイコンセプト」に出ている例で言うと、原始時代には獲物を狩った話や
敵に襲われた話を物語で語り合っていたのではないか。
要するに、古来、人々は論理的に情報を交換するのではなく、物語で交換し
ていたのです。
認知科学者のロジャー・C・シャンクは「人間は論理を理解するようにはで
きていない。人間は物語を理解するようにできているのだ」と言っています。
■しかも、物語には「文法」があると思われます。
例えば、古参社員に裏切られ倒産寸前になり、そこから妻と二人で営業をコ
ツコツ重ね回復し成功した二代目社長の話。
大病を患ったにも関わらず、病床から仕事の指示を続け、会社の危機を救っ
た企業家の話。
勤めていた会社が倒産したため妻子と離れ離れになりながらも、苦労して起
こしたIT企業を成功させた後、妻子を探し出して共に暮らした大和田獏のような
起業家。
何の苦労もなく会社を継いで維持している人の話よりも、こうした苦労話に
共鳴するのは、それが我々の持っている物語の文法に即しているからに他な
りません。
実はこうした物語の文法はある程度解明されています。
■それは民話を研究したロシアのウラジーミル・プロップ、アメリカの神話
学者ジョセフ・キャンベルなどの著作に見ることができます。
キャンベルは著名な神話学者ですが「スターウォーズ」の脚本に参加したと
いうことで有名です。
ジョージ・ルーカスは、神話には万人が感動する共通の要素があるというキ
ャンベルの考え方に感銘を受け、自分の作品の物語化を彼に託したのです。
「スター・ウォーズ」がギリシャ神話のようなテイストを持っているのはそ
のためだと思われます。
物語論や物語化のテクニックについて、詳しい話はここでは避けますが、批
評家で漫画原作者の大塚英志氏の「ストーリーメーカー」「キャラクターメ
ーカー」という新書が分かりやすくまとめているので挙げておきます。
大塚氏の著作は、物語の文法を学んで誰でも物語を書けるようになろうとい
う趣旨のものです。物語など誰でも作れると言っているのです。
こうした考えは、作家の中上健二も1980年代に言っていて、天才的だが無自
覚な村上龍などのストーリーテラーを批判しつつ「小説などそのうち機械で
書けるようになる」という意味の発言をしています。
(もっとも中上健二は、本心では文学の価値は普遍的なストーリーを超えた
ところにあると見ていたようです。このあたりは、大塚英志も同じで、誰で
も書ける数多の小説の中から本物の文学が現われるはずだという考えがある
と読みました)
余談ですが、内省的な作家であると思われている村上春樹は、相当意識的に
物語づくりをしています。
時折、無意味に“羊男”など不思議なキャラクターが登場するのは、物語の
文法に無理やり当てはめた結果です。だから訳が分からなくても、物語の流
れはつながるのです。
非常に確信犯的な“論理崩し”をやっているわけです。
■ハリウッドなどでは、物語の文法を調べ尽くしている感があります。
007シリーズはもとより、多くのアクション作品が、似たような展開にな
り“可もなく不可もなく”といった作品が濫造されるのは、文法に忠実にあ
りたいとするあまりの弊害です。
日本では、宮崎駿は、明らかに物語の文法を取り入れて映画を作っています。
これに対して、押井守は、無自覚であると思われます。
同じ天才的なアニメ作家でありながら、普遍的な評価に差があるのは、物語
づくりの巧拙にあるのでしょう。
■物語づくりのテクニックは様々なところで活かすことができます。
経営理念や会社方針の浸透。
製品コンセプトの構築。
販促アピールの手法。
営業トークの設計。
複雑なテクニックをここで書くわけにはいきませんが、単純なものを挙げま
す。
物語は基本的に「境界を越える」ことから成り立っています。
旅立つ。異界に入る。大人になる。。。これはすべて境界を越えることを示
しています。
そして多くの場合、成長した姿で、この世界に帰還します。
この振幅が大きければ大きいほど畏敬され、感動を呼びます。
先ほどの苦労話の例で言うと「裏切られて倒産の危機に陥った」「大病を患
った」というのは、境界を越えた非日常の世界です。
この危機が大きければ大きいほど、我々は、共感を覚えるのです。
だから、会社がなぜ今のような方針になったのかを過去の危機を含めて提示
することができれば、従業員は受け入れやすくなります。
この製品を作るために生産者がどんな思いでどれほど苦労して作ったかを提
示することができれば、顧客は共感して買いたいと思ってもらえます。
■「境界を越える」のバリエーションとして「欠如から回復する」というパ
ターンもあります。
旅立つためには何らかの理由が必要なので、何かが足りない状態から回復し
たいという動機を作るわけです。
製品をアピールする時には、顧客にとって「何かが足りない」という状況を
理解してもらいます。
その上で、製品を使うことで、欠如から回復することを訴求するわけです。
ジャパネットたかたなどは、このパターンの達人です。
彼らは製品の特徴など意に介していないように思えます。彼らがこだわるの
は、常に、顧客にとって何かが足りないことを感じてもらうことです。
ジャパネットたかたについては様々な論評がなされていますが、私は、欠如
からの回復という物語に当てはまっているからこそ説得力を持つのだと考え
ています。
(民話には、何らかの道具を使って目的に近づくというパターンが頻発しま
す)
■営業担当者は、物語を語ることが一流になる条件になってくるでしょう。
セールストークにも、販促物にも物語がなければ、共感を呼ぶことは難しく
なります。
「ハイコンセプト」では、人事担当者も企画担当者も物語の力を認識するべ
きだと書かれています。
要するに、コミュニケーションする場面では、物語が大きな力を発揮するの
です。
ランチェスター戦略で言うと「接近戦の鍵は物語にあり」です。
■お察しかも知れませんが、物語の強い効果は、悪用される恐れもあります。
価値のないものを価値あるように見せかけるために物語が使われることも大
いに考えられます。
そんな手法に乗らないためにも、物語の構造を理解することをお勧めいたし
ます。
■私は「物語営業」という新しい手法でも開発して訴求しようかな^^
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■物語というのは魅力的な概念です。
私は、もともと文学青年でしたから、長い間、物語に興味を持ってつきあっ
てきました。
小説をあまり読まなくなってからも「物語論」などは、時折、読んできまし
た。
■我々は知らず知らずのうちに物事を物語に置き換えて記憶します。
人生は物語だといわれますが、あれは、人生を物語の文法で捉えなおす方が
多いということです。
■「ハイコンセプト」にあるように、近年、物語の力が見直されてきたよう
に思います。
多くの方は無自覚ですが、物語は非常に有効なコミュニケーションのツール
です。
悪用されると恐ろしいツールでもあります。
だからこそ、我々は物語を正しく理解するようにしたいものです。
■引き続き、物語に関する研究は続けていきたいと思います。
そのうち物語の専門家として名を挙げ、危険な物語を摘発する仕事をしよう
かな^^