コラム
日本で一番大切にしたい会社の戦略
(2009年6月4日メルマガより)
■前回、各分野で一流と呼ばれる人たちには、そのことだけに集中して努力
した時間を「1万時間」持っているというお話をさせていただきました。
それを私は「コンサルタントの習慣術」という本から引用したのですが、実
はネタ本が他にあったようです。
それが、マルコム・グラッドウェル著、勝間和代訳の「天才!成功する人々
の法則」です。
■宣伝文には「21世紀の成功法則」と書かれていますが、それほど大げさな
ものではなく、成功者が成功した原因を、個人の資質や努力だけではなく、
環境に求めて説いたものです。
成功者には、共通の特徴がある。それは、
1.それぞれの分野で1万時間の訓練時間が与えられた。
2.一定の分析能力があるだけではなく、豊かな発想力があった。
3.置かれた境遇に甘んじなかった。ひいては境遇に負けないような自主性
を持つように親から教えられた。
4.民族や文化的な特徴を活かした。あるいは制限を克服した。
■つまるところ、成功は本人の努力だけでは得られない。環境要因が大きな
鍵を持つ。だから多くの人々に公平に機会を与えてやれ!というのがこの本
の主張です。
そのために、様々な事例を挙げて、物語風に説いています。
勝間氏のいうように、学問的な検証がなされた本ではなく、あくまで読み物
です。
それでも面白い。
メッセージの展開とその理由づけの面白さが、この本の特徴ですね。
■特に面白かったのは、やはり、1万時間のくだりです。
ビル・ゲイツ。ビートルズ。M&A専門のユダヤ系弁護士たち。
彼らが大きな成功を収めたのは、それぞれの専門分野で1万時間をこなす機
会に恵まれたからだという説です。
もちろん、それぞれの分野で才能があったからだし、努力もしたのでしょう
が、その訓練する機会がなければ努力しようにもできないからです。
■例えばビル・ゲイツは、学生の頃に、また高価だったコンピュータを自由
に使える機会を得たそうです。
コンピュータいじりにはまったゲイツ少年は、それを使ってソフトを作りま
くります。
あの時代、そのような機会に恵まれた人物はそうはいなかったはず。それは
事実でしょう。
■ただ彼よりも優れた技術を持つ天才少年がいたことは確かです。
彼らよりもゲイツがビジネス感覚において抜きん出た理由までは書かれてい
ません。。。
まぁそれでも、勝間氏の言うように、自分の教訓として、この本の法則を採
り入れるのが、正しいビジネス書の読み方なんでしょうね。
■もともと日本を始めアジアには「コツコツ努力すること」を美徳とする思
想がありますから「1万時間の法則」は受け入れやすいものです。
皆で、それぞれの「1万時間」を過ごそうではありませんか。
※そうそう。この本には、なぜアジア人は勤労を美徳とするのかという民族
性についても言及されています。ご参考に。
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■今日はもう1冊著書を紹介します。
坂本光司著「日本でいちばん大切にしたい会社」です。
もうご存知の方も多いでしょうね。2008年4月に発売されて、2009年4月に35
刷という大変なヒット本です。
帯には「村上龍氏絶賛!」の文字が躍っています。
■生来、売れている本は避ける傾向にある天邪鬼な私ですが^^;これはと
うとう読んでみました。
果たして。やはり感動的な本でした。出張の飛行機の中で読み始めたのです
が、そのまま飛行機の中で読み終えました。それだけ読みやすかったのです
が、読み始めたら止められないという磁力を持った本です。
ここに登場するのは、著者が「日本でいちばん大切にしたい」と思う素晴ら
しい5つの会社です。
社員の7割が障害者だというダストレスチョークでシェア3割を持つ日本理化
学工業株式会社。
会社は社員の幸せのためにあるという信念のもと48年間増収増益の伊那食品
工業株式会社。
事故に合われて障害を持った方のために義肢の製造を過疎の村で続けていて
も就職希望者が引きもきらない中村ブレイス株式会社。
地域の人々を幸せにすることを使命に北海道で高いブランド力を誇る菓子メ
ーカーの株式会社柳月。
寂れた商店街の中にあってビジネスの姿勢が顧客に支持されて、高価なメロ
ンを8000個も販売する杉山フルーツ。
それぞれが心温まるエピソードの数々に彩られており、これを読むと汚れた
私の心も洗われて、明日からはまっとうに生きなければならないなぁと思わ
ずにはいられませんでした^^;
こういう本が売れているといのは、日本人の古きよき価値観が失われていな
いという証拠なのでしょうね。
■この本において特徴的なのは「会社は社員のためにある」という著者の強
い信念です。
著者によると、会社は(1)社員、(2)外注先、下請、(3)顧客、(4)
地域社会、(5)株主、の順に使命と責任を果たさなければならない。
顧客が3番目になっているのが奇異な気もしますが、著者は「社員がやる気
になれば自然と顧客を満足させられる」と言っています。
これはこの本に登場する日本理化学工業や伊那食品工業の考え方と合致する
ものです。
日本理化学工業の場合、50年前に、雇い入れた2人の障害者が懸命に働く姿
を見て周りの社員が感動し「この子たちのためにも会社をつぶしてはならな
い」と一丸となって頑張ったというエピソードが語られています。
なんとも感動的な話ではないですか。
■もっとも私は、すべてのビジネスは顧客のためにあるというマーケティン
グ理論の信奉者です。
前にも言ったかも知れませんが「企業には社会に貢献をしなければならない
義務などない。ただ、社会に貢献する企業しか生き残れないだけだ」という
マーケティングの言葉に感銘を受けて、今の道を目指したものです。
すべてのビジネスは顧客のために。もっと正確に言い直せば、すべてのビジ
ネスは顧客の抱える問題を解決するためにあります。
確かに、社員が満足することで、顧客に対するサービスの質も向上し、顧客
満足度が上がるという考え方には一定の説得力はありますが、いささか手段
と目的を倒錯してしまっているような気がします。
そういう意味では少し考え方は違いますね。
■しかし、その違いに目をつぶって、弱者の戦略である「差別化」として見
た場合、ここに登場する企業は、すばらしい事例となります。
差別化とは、強者に対して市場を変えたり、販売ルートを変えるなりして、
正面衝突を避けるための方策です。
商品の価格を変えたり、ネーミングを変えたり、広告方法を変えたり、戦術
面で目先を変える差別化もあるにはあるのですが、そんなすぐに真似される
差別化をいくらしても徒労に終わることが多いでしょう。
それよりも、他社が真似しようにもできない差別化というものが本来の差別
化戦略です。
その最も強力な差別化こそが「理念」による差別化であり、それが浸透した
従業員の差別化です。
この本に登場する企業は皆、それぞれが「理念」を持ち、従業員がその理念
に共鳴し実践しようとしているように見えます。
伊那食品工業は寒天を使った食品の製造メーカーですが「社員のために会社
はある」と規定しているため、経営の軸が揺るぎません。
「年功序列の堅持」「リストラはしない」という方針もその基本軸から帰着
したものです。
寒天ブームの折にも「社員に残業はさせられない」と殺到する注文を断わり
続けたそうですから筋金入りです。
このような会社にいる従業員のモチベーションがいかほどのものかは推して
知るべし。
リッツカールトンしかり。オリエンタルランドしかり。マルハンしかり。
従業員の姿勢やモチベーションで差別化された会社の真似はやすやすとでき
ませんから、これこそが究極の差別化であるという所以です。
■さて、ここで私などが疑問を抱くのは、理念を持った会社、従業員を大切
にする会社は他にも多くあるだろうに、それらは皆、この本に登場する企業
のように生き残っているのだろうか、ということです。
「生き残れないのは、理念への思いが中途半端だったからだ!」と切り捨て
てしまうのは簡単ですが、それだけではない戦略上の何らかの特徴があるの
ではないか。
私は経営コンサルタントですから、どうしてもそういう視点で見てしまいま
す。
ただ残念ながらこの本は、いくつかの心温まるエピソードと著者の素直な感
動と感想で構成されており、戦略面の特徴を明確に知ることはできません。
やはり生き残るためには戦略が必要であるというのが私の持論です。
会社をやる以上は、この本のような会社になりたいとは思いますが、それだ
けで生き残れるわけではないはず。
チャンドラー風に言うと「企業は戦略がなければ生きていけない。社員に優
しくなければ生きている資格がない」ということになりますか。
■今回も情報が少ないので、何とも難しい試みですが、私なりにこれらの会
社の戦略を考えてみたいと思います。
まずここに登場する企業は、いわゆるニッチ分野で高いシェアを誇っていま
す。
日本理化学工業はダストレスチョーク(滓が出ないチョーク)でシェア3割
だということです。
伊那食品工業は、寒天に関する食品やゲル剤の老舗企業です。
中村ブレイスは、医療用の義肢や装具でオンリーワンです。
柳月は、北海道(帯広、釧路、札幌)で展開する菓子メーカー。
杉山フルーツは、静岡県富士市のシャッター通りとしか言いようがない商店
街で高級果物に特化して販売する果物店です。
いずれも、あまり大きな規模は見込めないような小さな需要や衰退市場で、
存在感を示しています。
伊那食品工業の塚越社長は「競争のない経営」を標榜していますが、要する
に、ライバル会社が入ってこないような小さな市場に陣取っているというこ
とです。
まさに「小さな市場で戦え」という原則に則しています。
■その中で彼らはどのように戦っているのか。
柳月や杉山フルーツのような小売店はもとより、中村ブレイスや伊那食品工
業のようなメーカーでさえも「社員が一番大切」とは言いながら、極めて顧
客志向を貫いています。
例えば杉山フルーツは「どうすればお客様に美味しい果物を食べていただけ
るのか」ということに焦点をあてた運営をしています。
普通、イチゴなどは、青いうちに摘み取られて、流通の間に赤くなって店頭
に並びます。だから色は赤いのに味は青いということがよくありますが、物
流の仕組みのことを考えると仕方ありません。
杉山フルーツは、それを仕方ないとは思わずに、赤くなって食べごろになっ
てから摘んだイチゴを販売するということをまず始めました。
これなら美味しいのは当然です。評判になって売れますが、対応できる農家
が限られていることや、保存期間が短いこともあって、多くを売ることがで
きません。
そこで「どうしたらもっと多くの方に美味しいフルーツを食べてもらえるの
か」を考えた結果商品化されたのが「フルーツアーティスト杉山清の生フル
ーツゼリー」です。大仰なネーミングですが^^;
食べごろのフルーツを生ゼリーとすることで、美味しさを保ったままある程
度の期間長持ちするようですし、買いやすい価格にすることもできます。
また、この商品を作ることによって、杉山フルーツはメーカーポジションを
得ることになり、さらに経営の基盤を強化することができたわけです。
これとは逆に伊那食品工業などは主力商品の「かんてんぱぱ」を品質に責任
を持たなければいけないという理由で、流通を極力通さずに直営店で販売し
ています。
要するに、いずれの企業も、どうすれば顧客のためになるのかを考えた結果
をビジネスの仕組みとしているわけです。
これはまさに弱者の戦略である「接近戦」の好事例です。
市場を小さく絞れば、顧客に接近することが可能となります。それを愚直に
貫いた結果が彼らの姿であるというのが私の解釈です。
■48年間増収増益だという凄まじい記録を持つ伊那食品工業ですが、その秘
密は「ゆっくりと進む」という経営のスタンスです。
こちらは短期的に儲けるよりも、継続することを標榜しているので、冒険は
極力避けて、着実な運営を志向します。
だから48年間の増収増益はいわば自然増のようなものです。
塚越社長は「年輪経営」あるいは「盆栽経営」と呼んでいるようですが、つ
まりは、従業員が育って力がついた結果が微増という数値に表れています。
企業が倒産する時は、実は売上が急増減した時に多いということを考えれば、
理にかなったしたたかな経営であると言えます。
もっとも塚越社長は「社員が一番大切」という経営軸があったからブレなか
った。軸がなければ、儲け話に飛びついていて、今頃なかったかも知れない
と述懐しています。
年功序列、リストラなしという方針はやはり、理念を追求した結果であり、
その一貫性が、この会社の強さであると言っていいでしょう。
ちなみに、塚越社長は目先の利益を追わず「100年後を見据えた経営」をす
ると言っています。いずれはルイ・ヴィトンのようなブランドになるんだそ
うです。
先ほど私が「自然増」という言い方をしましたが、決して目標のない経営で
はないということを付け加えておきます。
■イタリアには豊かな家族経営の企業が多いという話をよく聞きます。
彼らの経営方針も、ニッチ市場に特化する、無理をして拡大しない、家族間
でできることだけをやるというもののようです。
イタリアの中小企業っていいなーーと以前は思ったものですが、日本にもす
ばらしい企業があったということです。
ただし「日本で一番大切にしたい会社」は、本当の家族経営ではなく、社員
や下請企業、地域社会までを家族のように考える会社なのですね。
■もっともイタリア式家族経営がすべて素晴らしいわけではありません。
家族間経営を貫くあまり、経営力が向上しないということが指摘されていま
す。家族内にたまたま才能ある経営者がいればいいのですが、そうでなけれ
ば、危機は簡単に訪れます。家族間で迷走するようなことも多いのではない
でしょうか。
成功した一部の企業だけを見て、いいなーーというのは慎むべきですかね。
また、成功している企業も、堅実経営を続けるあまり、社会を変革させるよ
うなブレークスルーが起きにくいとも言われています。
マイクロソフトやグーグルなどの我々の生活を変えるような時代を代表する
企業が、堅実な家族経営から生まれてくるとは思えません。
だから一攫千金を狙うような起業家たちも、その中から時代を変えるような
者が出る可能性を考えると、必要な存在だということです。
私はそう考えています。
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■本文の繰り返しになりますが、伊那食品工業の塚越社長は「会社は社員の
ためにある」と明確に規定しています。
そのためにも、会社は継続することを使命としなければならない。
これは、さながら「雇用」という社会問題に取り組む社会企業です。
前々回のメルマガで、社会起業について書きましたが、その際に「社会起業
は継続を目的にしない」と記しました。なぜなら、社会の問題が解決される
と社会企業そのものの存在意義がなくなるからです。
参考→社会起業と一般の起業は何が違うのか?
この本に登場する企業は、多くは地方の都市や村で、社会起業家が範疇外と
している雇用問題に取り組んでいるわけです。
こう考えると、社会企業と一般の企業の垣根はますます分からなくなります
ね。