コラム
いい顧客、悪い顧客
(2009年6月18日メルマガより)
■今日は営業の話です。
営業研修などをしていると分かるのですが、営業が嫌いだと言う人の多くは、
「営業する先の相手が嫌い」という方のようです。
要するに、たまたま嫌な相手に当たってしまった。あるいは、苦手なタイプ
が多いという例です。
さすがにベテランになるとこういうことは言いません。
様々なケースを経験してきているので、どんな顧客が来ようと平気です。
■そもそもどういう相手が嫌いなのか。
何となく嫌いなどと言う人はいませんね。子供のけんかではありませんので^^;
多くは、理屈に合わないことを言う。無理を平気でごり押しする。嫌味を言
う。といった、筋の通らない行為に対して、嫌な気持ちを抱くのではないで
しょうか。
■そういう営業には、ウォルマートの創業者サム・ウォルトンの言葉をお送
りします。
(1)お客様は常に正しい
(2)もしそう思わない場合は(1)に戻れ
(スチュー・レオナルドの言葉だという説もあります)
顧客が無理を言う。理不尽なことを言う。嫌なことを言う。
これは全て、顧客の権利です。
犬が吠えるのが、犬の権利であるのと同じ。
だから、そこに正しい、間違っているという判断はできません。
顧客が間違っているという判断は「おれの言う通りにしない奴は間違ってい
る」と言っているのと同じではないですか。
まずは自分の“筋”を正しく通すようにしましょうね^^
■しかし、だからと言って、全ての顧客の言う通りにしろ、というわけでは
ありません。
全ての顧客の理不尽な要求に一々振り回されていたら、ビジネスが成り立ち
ません。
だから「顧客選択」という考え方があります。
■「顧客を選択する」とは、戦略的営業の基本的な思想です。
お客様を選ぶなんてそんな失礼な!と言われそうですが、我々弱者が、全て
の顧客を満足させることは無理です。
どんな顧客に報いるかを明確に決めておかないと、本当の意味で、満足して
もらうような対応をすることができない。できるという方が、傲慢というも
のでしょう。
■そこで、営業をする上で、顧客を分類するという作業を行います。
状況や局面によって様々な分類方法があるのですが(また、その分類方法が
各企業の独自性となり、差別化戦略となります)1つの方法として、「品質
と価格に対する姿勢」で分けるというやり方があります。
例えば、縦軸に価格、横軸に品質を要素としたグラフを描くのです。
低価格志向の顧客は下、逆は上。品質にこだわる顧客は右、逆は左というよ
うにです。
このグラフを4つの象限に分けるとすると、右上は「品質のためなら金に糸
目はつけない顧客」となります。
右下は「いいものを安く買いたい顧客」です。
左下は「安ければ何でもいい顧客」
左上は「どうでもいい。あまり考えていない顧客」となります。
■この中で、一番、お客様になってほしいのはどのタイプですか?
恐らく「品質のためなら金に糸目はつけない顧客」だと言う人が多のではな
いでしょうか。
「ものの値打ちが分かる人がいい」と言えば聞こえはいいですが、要するに、
「文句も言わずにお金を出す人」ということですか^^;
虫のいい話ですな。
■価格と品質の相関関係は、あるレベルまで正比例することが多いのですが、
ある一定の品質を達成するとそれ以上は伸びなくなります。
品質に比べて価格が高くなるわけです。
例えば、10万円の腕時計も、100万円の腕時計も、時計の機能や品質に
は違いがありません。
そこには、デザインであったり、物語であったり、ブランドであったり、機
能や品質以外の要素が存在します。
私の言葉で言うと「緊急性」が加味されるということです。
確かに、理不尽な価格を払ってでも、最高品質以上のものを買いたいという
顧客は一定の割合で存在します。
だから弱者は「緊急性」を高める工夫をして、付加価値を高めよう、と言う
わけです。
■しかし、気をつけていただきたいのは、安易な緊急性の付加は、むしろ、
ビジネスの信頼性を損なうことになります。
私の知っているある企業は、たまたまオンリーワンとなった商品をプレミア
ム価格をつけて販売しています。
そこそこ売れているからいいようなものですが、ある大口顧客からは「今は、
おたくしかこの商品を持っていないから買っているが、もっと安いのが出て
くれば、必ずそちらに変えるからね」と言い渡されています。
ビジネスの永続性という観点から見ると、危うい話です。
だから、本来、機能・品質以外の価値とは、長い時間をかけて醸成すべきも
のであり、ちょっとした工夫で付与できるものではないと考えるべきです。
前回のメルマガで登場した伊那食品工業の塚越社長などは、「300年後にル
イ・ヴィトンのようなブランドになる」と気の遠くなるような目標を掲げて
います。
ブランド価値の醸成とは、それぐらいの長期スパンで考えるべき問題です。
■そもそも「金に糸目をつけない」という顧客は、我々にとってターゲット
とすべき顧客でしょうか?
実は私はそうは思っていません。
というのも、このタイプの顧客は、期待が合理性を超えて高く、期待を裏切
られた時にクレームになりやすいという特徴があります。
敢えてそれでも狙うという富裕層ビジネスなども存在しますが、価格に対す
る姿勢に合理性が見られない顧客を対象にするのは、不確実性が高いビジネ
スであると考えます。
■従って、対象とすべきは、合理性の高い「いいものを安く買いたい顧客」
となります。
このタイプの顧客は、価格の相場観を持ち、少しでも賢い買い物をしたいと
考えていますが、品質と価格の相関関係を理解しているので、理不尽な低価
格要求はしません。
だから、企業側としても、戦略を立てやすい顧客であると言えます。
もちろん、品質だけではなく、機能や希少性や物語性やブランド力などにつ
いても合理的に判断することができますので、同じです。
■ちなみに「安ければ何でもいい」「どうでもいい」という顧客に対しては、
すぐに販売活動をするのではなく「いいものを安く」という姿勢に誘導する
ことが必要です。
「金に糸目はつけない」という顧客に対しても同じで、論理的な購買姿勢を
持つように働きかけ、それが見られない(我々が理解できない)なら、敢え
て販売対象から外します。
それが息の長いビジネスをするコツだと私は考えています。
■以上は私が営業コンサルティングや研修の中でよく使うフレームワークな
のですが、先日、日経ビジネスオンラインに消費者を価格帯によって分類し
たフレームワークが掲載されていました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090604/196695/?P=2
マトリクスとグラフという違いはありますが、私が上にあげた分類と似てい
ます。
このグラフを提唱するウィリアム・ドッズ教授は、ターゲット顧客を決める
ということをさらに強く勧めています。
例えば「顕示的顧客層」(上の分類では、金に糸目はつけない顧客)につい
ては「他人に見せびらかすことだけを目的として、分別のある消費者であれ
ば手を出さない極めて高額の製品やサービスを購入する。彼らは概して気ま
ぐれで人数も少ないので、この層を当てにして商売を行っても、安定した収
益を上げることはできない」
あるいは「貧困の連鎖層」(安ければなんでもいい顧客)については「質が
悪く長持ちしない安物ばかりを買って、その結果、かえって出費がかさみ、
ますます貧しくなっていく。彼らは、極端に言えば、小売りが集客のために
特売するバーゲン品しか買おうとしない。彼らが来店して、採算の取れない
バーゲン品ばかりを購入したら、小売りは赤字が大きく膨らんでしまう。さ
らに、貧困の連鎖層の来店でレジが混雑すれば、ほかの消費者層の足が遠の
いてしまう恐れもある。だから、大幅な値下げや特売を連発して貧困の連鎖
層を引き寄せるような事態は避けなければならない」と手厳しい見方をして
います。
私はここまで言いませんが、選択すべきではないという意味では意見が一致
しています。
■ウィリアム・ドッズ教授のグラフが上のマトリクスよりも、優れているの
は「いいものを安く買いたい顧客」をさらに「価格フォーカス層」「バリュ
ーフォーカス層」「品質フォーカス層」に分類していることです。
要するにいいものを安く買いたい顧客の中には「いいものを買いたい」とい
う部分により強くこだわる顧客と、「安く買いたい」という部分により強く
こだわりを持つ顧客がいるということです。
その通りです。当たり前といえば当たり前の話なんですが。
この記事では、今日の不況によって、顧客は「価格フォーカス層」と「品質
フォーカス層」に二極化してしまったから、どちらを狙うのかはっきりしよ
うと言っています。
まさに、顧客を選択し、一点集中しようという戦略です。
■ところで、営業マンなら「お客様をより好みするな」と教えられている方
も多いと思います。
あるいは、その気のないお客様とおつきあいしているうちに、思わぬ大きな
受注をもらったという経験がある方もいるでしょう。
「選べ」と言ったり「選ぶな」と言ったり、どうすればいいんだ!と怒られ
そうですね^^;
でも、答えは、どちらも正しいのです。
なぜかと言うと、顧客は常に一定の行動をとるわけではなく、局面によって、
気まぐれに変わるからです。
というのも、我々は、あるものに関しては「安いやつでいいや」と判断し、
あるものに関しては「少々高くてもいいものにしたい」と考えています。
一人の人間が、価格志向になったり、品質志向になったり、ブランド志向に
なったり、目まぐるしく変化します。
不況期には「安いやつでいいや」というものが少し増えるだけです。
ということは「いいものを買いたい」という信念を持つ人を探すのではなく、
一人の人の「この商品はいいものにしたい」という頭の中のシェアを獲得す
ることが重要です。
私がよく言う「マインドシェア」の獲得競争です。
■ランチェスター戦略では、市場シェア1位の企業を強者といいます。
強者は競走上有利に戦いを進めることができます。基本戦略は、ミート戦略
といって、2位以下の企業の真似をします。
これに対して、2位以下の企業は弱者といって、不利な戦いを強いられます。
弱者の基本戦略は差別化戦略です。他社と違うことをして、違った顧客ニー
ズに合わせようという戦略です。
マインドシェアという枠内においても、上の基本は変わりありません。
弱者は差別化し、強者はミートする。
営業は、個々の顧客のマインドシェアを獲得するために、戦略的な考え方を
してもらいたいと思います。
■今日の結論です。
営業をする上で、いい顧客、悪い顧客というものは存在しません。
「安ければいいや」とか「この商品はいいものを安く買いたい」など様々な
状況の顧客がいるだけです。
営業は、マインドシェアの状況によって、顧客を分類し、対応方法を変えま
す。
優秀な営業は、分類した顧客ごとに、優先順位をつけた営業行動をとってい
ます。
どのような状態の顧客を対象にするのかを明確にして、その状態に誘導して
いくのが営業に与えられた役割です。