コラム
私の考える効率的な営業とは
(2009年11月5日メルマガより)
■これから創業したいと考えている人、あるいは新規事業を立ち上げようと
している人、事業の大幅な見直しをしようと考えている人。
仕事柄、そういう方々とよくお会いし、相談を受けます。
つい先日も、ある事業アイデアについての相談を受け、それを具体化してい
くためのアドバイスをさせていただきました。
ところがその方は、1ヶ月後「もっと効率的なやり方はないのか」とやって
こられました。
曰く「言われた通り、100件営業に回ったが、5件しか受注できなかった。こ
れではやってられない」
詳しい内容は言えませんが、5%の受注率は、実は大変高確率です。私の計
算では、半年間営業に回れば、採算ベースに乗ることができるはずです。
しかし、その方は「一気取り」にこだわって腕組みをしておられました。
■新規開拓営業をしたことの無い方に、営業の確率を理解してもらうのは難
しいかも知れません。
この方はまだいい方です。一回も営業に行かずに「もっと割りのいい方法が
あるはずだ」とうそぶいている方の何と多いことか。
はっきりと言っておきます。
営業をやる人間が「なるべく手間をかけないように」などと考えてはダメで
す。
私は「ショートカット」などと安易に言う人を信用していません。
営業は泥臭く、時にクレイジーなものです。
■ただし、儲かるか儲からないか分からないのに闇雲に走り回れと言ってい
るわけではありません。
シーシュポスの神話ではありませんから^^;
営業活動をするためには、その前提となる採算方程式が必要です。
例えば、顧客数×顧客あたり平均発注数×単価あたり利益が、限界利益を上
回るのはどこか。
そのためには、何人の顧客数が必要で、そのためにかけられる期間と営業コ
ストはいくらか。
その期間、キャッシュの流出に耐えられるのか。
方程式で考えれば、営業確率が、5%ならOK、2%ならきついという数字が
出てくるわけです。
その計算さえ出来ているなら、後はひたすら営業活動に邁進すること。
それが私のいう効率的な営業です。
■新規事業を始めようとしている方には、江崎グリコの「置き菓子ビジネス」
の事例をお話ししてあげたいですね。
先ごろ、このビジネスが黒字転換しそうだというコラムを読みました。
私は日経オンラインで読んだのですが、記事そのものは「日経ストラテジー」
2007年6月号のものだそうです。
2007年時点の情報だとすれば、2年経った現在は、堂々と黒字事業としてや
っているんでしょうね。
撤退したという話は聞かないので、そうなんでしょう。
■このビジネスは、単価100円の菓子をプラスティックボックスに入れて、
会社のオフィスに置いておくというものです。
富山の置き薬に似ていますね。
100円の菓子を会社に置いておくだけで、売上がなんと約26億円。(2007年3
月期見込み。江崎グリコ単体では1335億円)
年間2600万個の菓子を置いているだけで売っているわけです。
■その時点でボックスを置いている拠点は、8万5千箇所です。ということは、
1拠点あたり、年間30588円。月だと2549円。週だと588円となります。
各拠点を1週間ごとにスタッフが巡回して、商品補充と代金回収を繰り返し
ているのですから、相当緻密な計算がなければ成り立たないビジネスです。
アイデアを思いついたとしても、これをやりきる起業家は少ないのではない
でしょうか。
■戦略としてみれば、このビジネスの意図は明瞭です。
記事にもありますが、メーカーの悲願である「消費者と直結した販路を持つ
こと」です。
私も消費財を扱っているメーカーにいたことがあるのでよく分かりるのです
が、商社や小売店を通じた通常のルートだけでは、様々なリスクを感じます。
最も大きいのは、消費者情報を得る手段が限られてしまうことです。情報を
持たないメーカーは、小売店がこうだと言えば、従わざるを得なくなってし
まいます。対等に発言するためには、消費者情報を獲得するルートをいくつ
か持っておくことが必要になります。
その他にも、ビジネスのプレーヤーが増えれば増えるほど意思決定が複雑に
なり、交渉に時間を割かなければならなくなります。バイイングパワーとい
うものは、非常に強力ですから、作っているものが偉いなどとのん気に言っ
てられません。
メーカーが自分の強さを維持するためには、消費者との強い結びつきが必要
不可欠なんですね。ビジネスにおいて「接近戦」が不可欠な所以です。
■弱者の基本戦略は「差別化」ですが、差別化にも様々なレベルがあります。
多くの人が試みるのが製品の差別化です。
例えば、それまで赤色と緑色しか出せなかったLED照明に青色発光技術を
持ち込んで製品化したこと。
それまでガラス製しかなかった魔法瓶の素材にステンレスやチタンを用いて
製品化したこと。
ここまで大きな製品差別化なら、非常な破壊力を持つビジネスとなります。
ただ、こうした革新的な技術開発は、数十年に1度しか現れないので革新的
であるわけですから、簡単に実現できるわけではありません。
ビジネスにおいて製品開発をあてにしてはいけないというのは、宝くじの当
選をあてにして生活するべきでないのと同じです。
■そこで企業は、商品パッケージやネーミングなどの差別化でコツコツと販
促の努力を行うことになります。
江崎グリコも「ピックパック」という菓子の小袋を開発し、一定の成果を上
げたらしい。(レジ横にぶら下げてついで買いを喚起するための工夫だそう
です)
こうした工夫は、小売店の売り場面積を確保し、既存チャネルの売上を維持
する上で重要な施策です。強い消費財メーカーは、このような販促技術に長
けているものです。
恐らくこうした工夫はすぐにライバル企業に真似されて効果がなくなってし
まうのですが、それでも新しい工夫を生み続けなければ、強さを維持するこ
とはできません。
■ただし、悪い言葉を使いますが、売り場確保のためにいくら差別化しても、
それは小手先の工夫にすぎません。
メーカーが消費者との結びつきを深め、根本的に強い商品づくりを行うため
には、できるだけ消費者に接近しなければなりません。
そこでメーカーは「販売チャネル」の差別化を志向します。
ことに、最終顧客との接近を目的に販売チャネルの差別化をする場合は、大
きな力を発揮するようになります。
例えば、飲料メーカーにとって、自動販売機は、顧客に最も接近できる機会
であり、他のプレーヤーの影響を受けにくいチャネルです。
一度設置した自動販売機の場所は、よほどのことがない限り、ライバルに奪
われることはありません。
法律で自動販売機が禁止されない限り、無くなることは考えにくいので、息
の長いチャネルであるともいえます。
江崎グリコの今回のビジネスは、菓子の世界で自動販売機を作ってしまおう
という試みです。
さらに言うと、販売チャネルの差別化は、ライバル企業から真似されにくい
手法でもあります。
特に江崎グリコの今回のビジネスのように、顧客開拓を伴う全く新しいチャ
ネルには、簡単に参入することができません。コツコツと泥臭い営業を行う
ことはそれだけで参入障壁になるのです。
確かに2700億円以上も売り上げている江崎グリコにとって、26億円というの
はいかにも小さい規模のビジネスですが、その規模以上に意味のあるビジネ
スであることは間違いないでしょう。
■さて、こうした事業コンセプトを作ることも難しいのですが、それ以上に、
それをやりきることはもっと難しい。
記事によると、一人の巡回員が1日に回れる拠点数は30箇所。もし1週間マ
ックスで回ったとしても150箇所。総売り上げは88200円。1ヶ月だと35万
2800円となります。
原価が50%だとすると粗利が17万6400円となります。巡回員の給与を引くと、
残るのは数万円でしょう。
記事によれば1事業所あたりの拠点数は1800箇所ということですから、巡回
員は12人です。
仮に巡回員の給与を12万円とすると12人で、67万6800円の粗利となります。
その中から、事務所経費や新規開拓のための営業経費を捻出しなければなら
ないわけです。相当“かつかつ”のビジネスであることは間違いありません。
■ただ、小さくても利益が出るビジネスならば、規模を拡大することで、軌
道に乗せることができます。
日本の就労者は、2007年時点で6433万人です。
やや乱暴に、彼らを10人ごとの塊としてとらえると、643万拠点のターゲッ
トが見えてきます。
もしそのうち10%を顧客とすることができれば、64万拠点。単純に計算する
と、約195億円の売上になります。
ここまで来ると、無視できない数字になりますね。会社への貢献度は格段に
上がるでしょう。
■何度も言うようですが、言うはやすし。
実際に江崎グリコの担当者も電卓を片手に、採算ベースに乗るための方程式
を必死になって捜し求めたようです。
ただ、採算が出ると分かれば、小さな利益を緻密に着実に積み上げていき大
きなビジネスにしていく方法は、日本企業がお家芸としているものです。
こうした事例を見ると、やはり「一気に儲ける」という山師的発想は、我々
は持つべきではないと感じませんか。
■このビジネスのこれからのポイントは、3つだと考えます。
1つは、巡回員一人当たりの担当拠点を増やすこと。
1人1日2件の拠点を増やすことで、2億円近くの売上アップとなります。
そのために、江崎グリコは、巡回員の手間を省くための様々な工夫を行って
います。
例えば、代金回収は顧客の善意に任せるという無人農作物販売所方式をとっ
て巡回員に責任を持たせていません。(95%の回収率を達成)
また商品の単品管理はなし。単純に数量で販売伝票を切っています。
その販売伝票も手書きではなく、自動端末機で発行。端末機には、8000万円
の投資を行ったということですから徹底しています。
■もう1つは拠点あたりの売上を増加させること。
プラスティックボックスには24個の100円菓子しか入れることができません。
その24個がどれだけ回転するかが勝負となります。
だからどの商品をどのように入れるかで回転率が変わってきます。
江崎グリコがすごいのは、この単品管理と陳列の仕方を「特許」申請し、受
理されていることです。
置き菓子の陳列方法を特許とすることにどれほどの意味があるのか知れませ
んが「おれたちは相当考えているだぞ」という威圧になりますね^^
また記事にはありませんが、冷蔵庫のある事務所にはアイスクリームなども
置いているそうですから、必ずしも24個に制限されているわけではないよう
です。
(もしかしたら売上インセンティブが巡回員に与えられているのかな?)
■このビジネスのポイント、最後の1つは、やはり拠点数の増加です。
記事には、電源を必要としない容器に入っているので、総務部の決済を必要
とせず、営業がやりやすいということが書かれています。
さもありなん。ですが、新規開拓が簡単ではないことはどんなビジネスでも
同じです。
この部分にはランチェスター戦略の地域戦略がそのままあてはまりそうです
ね。
私にご相談ください^^
■このビジネスに競合はないのか。
まず他の菓子メーカーや菓子卸は参入を考えているでしょうし、実際に同じ
ビジネスを行っているところもあるようです。
ただ、他のメーカーは苦戦しているとのこと。
米菓で有名な亀田製菓なども、同じビジネスの立ち上げを検討したものの採
算が合わないと判断して、グリコの事業に相乗りする方策をとっています。
(要するに菓子を卸しています)さすがの彼らも「こんな事業で儲けが出る
のだからすごい」と驚いているということですから、やはり緻密な利益の積
み上げそのものが参入障壁となっていることが分かります。
後、考えられるのは、顧客を奪われた形のコンビニエンスストアの参入です。
記事では、置き菓子を買うのは男性社員が殆どだから、コンビニの顧客とは
重ならないブルーオーシャンだったと書かれていますが、私がコンビニだっ
たらそうは考えませんね。
せっかく手の届くところにいる顧客をみすみす見逃すわけにはいきません。
収益に頭打ち感が見られるコンビニ業界ですから、近隣のオフィスを開拓し、
置き菓子や置き飲料ビジネスに参入することは十分に考えられます。
■ただし、コンビニが参入するにしても、また新たな採算のための方程式が
必要であることは変わりありません。
戦略として方向性を決め、それを採算ベースに乗せるための緻密な方程式を
組立てる。
そして一度決断したなら泥臭くクレイジーにやりきる。
これが私の言う効率的な営業であり、SMPメソッドの概要です。
「一気取り」というやり方は近道のように見えて、実は遠回り。下手をする
と、通行止めの道につながっているものです。
よくよくご理解ください。