コラム
無料のビジネスって何だ?
(2010年3月11日メルマガより)
■うちの近所に面白い牛乳屋さんがあります。
ごく普通の小さな店なのですが、どうやら工場直営の店舗らしい。
このお店、紙パックの牛乳を1つ買うと、ビンの牛乳を2つぐらいおまけに
つけてくれるのです。
紙パックの牛乳を2本買うと大変です。
ビンの牛乳3本に、コーヒー牛乳やらフルーツ牛乳までつけてくれます。
一体どうなっているんでしょうか??
■ただし、おまけですから毎回同じというわけではありません。
店にいる人によって、おまけの種類も量も微妙に違います。
また、お客さんによっても、おまけの量が違うことがあるというのですから、
いい加減です^^;
だけどあくまでおまけなのだから、文句は言えません。
むしろ、毎回微妙に違う方が、文句のつけようがないでしょうね。
店側としても、価格で値引きするよりも、おまけを出す方が、コストを吸収
しやすい。
もしかしたら売れ残った廃棄すべきものばかりおまけにつけているのかも知
れませんが、文句は言えません。
おまけですから^^
■私の知人の話によると、天王寺には、いくら試食してもOKというお菓子
屋さんがあるそうです。
試食どころか、お茶まで出してくれます。
お菓子を思う存分食べて、何も買わなくてもいいそうですし、気に入れば買
えばいいということです。
お菓子なんて試食だけでお腹いっぱいになってしまうのではないのかと心配
になってしまいます。
■こういうお店が実は増えていませんか?
お分かりですかね。
これらは、クリス・アンダーソン著「FREE」によるところの「直接的内
部相互補助」というフリーのビジネスモデルの1つです。
難しい言い方ですが、要するに、一部を無料にすることで、他の何かを販売
しようというビジネスモデルです。
おまけや試食など、昔からあるごく普通のサービスなのですが、そういう無
料のサービスがより多くなる構造を時代が持つようになってきました。
この本はそれらを分類し、体系化しようとしています。
「ロングテール」という概念を広めたのも、同じ著者ですが、今回は、その
考えをさらに推し進めたもののようです。
私は、こういう体系化を目指す本が大好きです^^
さすがアングロサクソンですね。世の中の事象をただ受け入れるのではなく、
明確に分析し、把握しようとする執念があります。
■繰り返しますが、フリー(無料)をどこかに組み込んだビジネスは昔から
存在します。特に新しいわけではありません。
前号でも紹介しましたが、私が大好きな「ジレット・モデル」は、この本に
も典型的な例として出てきます。
参考:「最強のビジネスモデルとは何か?」
要するにジレット・モデルは、本体を無料(低価格)にして、替え刃を有料
にするというビジネスです。
このバリエーションは、携帯電話、コピー機、プリンターなど多彩です。
キャノンがパナソニックよりも儲かっているのは、ビジネスの中にジレット・
モデルを組み込んでいるからだと言われています。
■逆に本体を有料にして、サービスやメンテナンスを無料にするビジネスも
ありえます。
ただしこれは成り立ちにくい。なぜならサービスやメンテナンスを行うため
のコストは減らないのに、本体の売上の伸びが鈍化してしまうと負担できな
くなってしまうからです。
基本的に、メンテナンスフリーを謳う商品は、要注意です。
■おまけをつけるビジネスというのは面白いですね。
おまけは、顧客の感じる価値と実際のコストの差異を出しやすいので、やり
ようによっては、価格値引きよりも余程大きな効果を出すことができそうで
す。
しかもあくまでおまけという位置づけですので、おまけの部分については、
厳しい品質を保証させられるわけではありません。
もっとも、ミスタードーナツのおまけのように、明確におまけを付与する基
準が定められている場合は、商品と同じ位置づけになりますので、いい加減
なおまけを渡すとお客さんが怒ってしまいます。厳格な品質管理が要求され
る所以です。
先の牛乳屋のようにゆるーーいおまけ付与の方が、効き目があるわけですな。
■私が今、書いているメルマガも無料です。
これだけのシステムを無料で提供してくれているまぐまぐさんに感謝です。
またブログも無料です。こちらも感謝ですね。
なぜ、メルマガやブログのシステムが無料で提供されるのかといえば、広告
が掲載されるからに他なりません。
要するに広告主がこのシステムの運用費用を負担しているわけで、これを
「FREE」では「三者間市場」と呼んでいます。
■三者間市場は、グーグルの登場により俄然脚光を浴びました。
グーグルの圧倒的な無料サービスは、ほぼ広告収入によって賄われています。
グーグルの場合、無料サービスが主で、広告はそれを維持するための便宜で
あるという位置づけですが、それでも広告モデルであることは間違いありま
せん。
■まぐまぐやブログには有料のプレミアム版も存在します。
無料版にはない機能やサービスが付加されているわけですが、その機能に大
変なコストがかかっているかといえばそうではなく、実態は、プレミアム版
の利用者が、無料版のコストを負担する仕組みとなっています。
これを「FREE」では、「フリーミアム」と呼んでいます。
インターネットの世界では、5%のプレミアム版の利用者が95%の無料版
のコストを負担しているという図式が成り立つそうです。
というのも、web上のサービスは、1つ作ってしまえば、後は無視しても
いいぐらいのコストしかかからないからです。
無料ビジネスには、この極端な低コスト化という現象が欠かせません。
先ほど例にあげたメンテナンスフリーの商品も、web上の世界なら現実的
なビジネスとして成立するでしょう。
■実際には、まぐまぐもブログも、「直接的内部相互補助」「三者間市場」
「フリーミアム」の3つを組み合わせてビジネスを組み立てています。
グーグルも今は広告収入のみという状況ですが、その気になれば、商品販売
に乗り出したり、商取引の決済サービスに絡むビジネスを行うなどの可能性
も否定できません。
しかし、グーグルが無料の「決済ビジネス」などを手がけると、EC仲介会
社の殆どが消滅してしまうでしょうね。
えらいことですが、ありえない話ではありません。実際、グーグルのエリッ
ク・シュミットCEOは、最大の市場に到達するには、あらゆるサービスを
フリーにするのが一番いいと発言しています。
巨身兵が世界を焼き尽くすように、グーグルは、世界のすべてを無料にして
いくのかも知れませんよ。
■こうして見てみると、無料のビジネスモデルとは、無料分を誰が負担する
かというモデルのことです。
ただし、インターネットの世界では、製造コストの割合が極めて低いために、
ビジネスモデルのバリエーションが広がったわけです。
そこが新しいという部分です。
さらにIT技術を使うことで「決済システム」も限りなく無料に近づいてい
くことでしょう。
ということは、100円、200円という小額の取引でも、広く浅く行うこ
とで一定の額に積み上げるというビジネスが可能となります。
無料ではなく「マイクロ取引」の実現です。
中小企業や個人事業でもマイクロ取引が可能となるならば、ビジネスの風景
も相当変わったものになることでしょう。
それはそんな遠い先の話ではありませんよね。
■さて「FREE」には、4つめの無料ビジネスがあげられています。
それは「非貨幣市場」というもので、金銭的な見返りを求めない人々がつく
る市場です。
端的にいうとボランティアで成り立つウィキペディアなどの市場です。
人は、社会参加や、組織からの評価や賞賛を得るために労力を提供すること
があります。
社会から認められたい、自分の所属する組織から誉められたいという欲求が、
ここでの動機となります。
人は誰しも、人のために役に立ちたいという気持ちを持っているでしょう。
そういう気持ちが形作る市場のことです。
終身雇用が当たり前だった時代の日本の会社内では、金銭的インセンティブ
よりも、組織を守りたい、組織の役に立ちたいという動機が当然のように機
能していたはずです。
会社内に一種の非貨幣市場が出来上がっていたとはいえないでしょうか。
会社が拠り所ではなくなった今、人々は他の集団に無償の労力を提供しよう
としているようです。
■「FREE」という本の中では、この「非貨幣市場」に関する記述が最も
興味深かったですね。
ぜひ読んでみてください。
■さて、ビジネスモデルに無料が組み込まれてくると、既存のビジネスはど
うなってしまうかの?
間違いなく、デフレを巻き起こし、市場は縮小していきます。
著者のクリス・アンダーソンもそう言っています。
http://diamond.jp/feature/dolweekly/10001/
しかし、様々なコストも減っていくわけですから、売上が減るのは理屈に合
っています。
ただし、市場が縮小した時、すべての企業がサイズダウンして生き残るわけ
ではありません。
実際には、無料経済に適合した企業だけが一人勝ちして巨大化し、他の企業
は消滅してしまうというのが普通の状態です。
これが恐ろしいところですな。
チャンスを掴む一握りの企業と、その他の衰退していく企業に分かれてしま
うわけですから。
ビジネスを行う人間は、この状況を正確に把握し、適合していかなければな
りません。
今回は、それだけ言っておきますので。