コラム
女子高生と一緒にドラッカーを学ぼう
(2010年5月6日メルマガより)
■「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読
んだら」(通称「もしドラ」)は読まれました?
まだ読まれていない方には一読をお勧めします。
分かりやすいストーリーで一気に読めて、しかもドラッカーの理論の端緒を
教えてくれる優れた著作です。
売れている本には、やはりそれなりのものがありますよーー
■ドラッカーと言えば、言わずと知れた「20世紀の知の巨人」です。
20世紀に発展した経営理論の中で、ドラッカーが概念を最初に提示したもの
は、驚く程多い。
本人は「私は、学者ではなく、作家だ」と言っているので、そうした概念を
精緻な理論にまで仕上げることはなかったのですが、包括的な全体像の提示
という意味では、右に出る者はなかったといえるでしょう。
また、精緻な理論に仕上げなかったというところが、柔軟性という魅力とな
って、我々を惹きつけるわけでもあります。
事実、コンサルティングをする際に、ドラッカーの思想は適用しやすいと実
感します。
というのも、どんな場面でも当てはめることができるからなんですね。
■ことのほか、日本での人気が高いといわれるドラッカーです。
この出版不況の中にあって、経営書の分野では、ドラッカーの名前を持ち出
せば売れると言われているとかいないとか。
そのドラッカーに「萌え系」をくっつけたというのが、この本のアイデアで
す。
聞くところによると、AKB48のメンバーをモデルに、キャラクターが作
られているんだとか。
彼女たち主演でテレビドラマが作られることが、最初から決まっているよう
な企画ですな^^
(それで石川遼クンがゲストに出てくれば完璧です)
■たとえそうだとしても、この本が優れていることには変わりありません。
まず一つは、ストーリーの巧みさです。
主人公は川島みなみという高校2年生の女の子です。
彼女は、自身が女子マネージャーを務める野球部を甲子園に連れて行こうと
決意します。
ところが、その野球部は絵に描いたような弱小チームで、実力もないし、や
る気もない。「がんばれベアーズ」のような状況です。(ふるっ!)
その途方もない目標を達成するに、自分は何をすればいいのか?
みなみちゃんは、本屋に行ってマネージャーがすべきことを書いてある本を
探します。
そこで、間違って買ってしまったのがドラッカーの「マネジメント(エッセ
ンシャル版)」でした。
マネージャーの仕事のことが書いてあるんだろうと安易に考えてしまったわ
けですね。
■もちろん、ドラッカーの「マネジメント」は、経営組織を前提とした本で
す。
しかし、その理論は経営組織だけに止まるものではありません。非営利組織
や公的機関を含めたあらゆる組織にマネジメントが必要であるとこの本にも
書かれています。
(マーケティング理論も、同様に非営利組織にも必要なものです。こちらは
コトラーがしきりに主張しています。余談。)
だから、高校野球部のマネジメントに適用されないはずがない。
間違って買ったはずが、実は、ずばり本質を突いていたわけです。
■この本は、思いのほか面白い。とみなみちゃんは感じます。
彼女は「マネージャーの資質」という段落に着目します。
「私に資質がなければどうしよう」と思うわけですな^^
しかしドラッカーは、マネージャーの仕事の殆どは、後天的に学んで身につ
けることができる。と書いています。
しかし、ただ一つだけ、後天的に身につけられない資質がある。
それは「才能ではない。真摯さである。」
みなみちゃんは、この文を読んで、ボロボロと涙を流してしまいます。
嗚咽まで漏らしながら、夜遅くまで。。。
これがこの物語が動き出す、その時なんですね。
■大袈裟なシーンだよなーーと思われる向きがあるかも知れませんが、私は
非常にリアリティを持って読むことができました。
なぜなら、私が同じような体験をしているからです。
私は、涙こそ流しませんでしたが、コトラーの「マーケティング原理」を読
んで大きなショックを受けました。
その経験が、私を駆り立てて、今につなげています。
だから、一冊の本が、人間を変えるというのは、リアルな出来事なのだと信
じることができます。
■なお、ドラッカーは「マネジメントの発明者」といわれているぐらいです
から、この著作が代表作だと言ってもいいでしょう。
エッセンシャル版というのは、上下2冊の大著「マネジメント」を1冊にま
とめたものです。
その分だけ内容が凝縮されていると言われています。(といいながら、正著
の方は読んだことがないのですが^^;)
今回、再読してみましたが、実に内容が濃い。確かに濃縮です。
マネジメントに限らず、マーケティングもイノベーションもリーダーシップ
も全てがこの本の中に詰まっています。
例えば238p「小企業のマネジメント」という段落。
小企業にマネジメントは必要がないというのは間違いだ。とドラッカーは書
いています。
「小企業は、大企業以上に組織的かつ体系的なマネジメントを必要とする」
「小企業は戦略を必要とする。小企業は限界的な存在にされてはならない。
その危険は常にある。したがって際立った存在となるための戦略を持たなけ
ればならない」
「小企業のマネジメントに必要とされることは「われわれの事業は何か、何
であるべきか」を問い、答えることである。」
まさに、ドラッカー自身が言う「基本と原則」がいたるところに詰め込まれ
た本なのです。
■さて、みなみちゃんは、その「われわれの事業は何か、何であるべきか」
という問いに答えることから始めようとします。
「もしドラ」が、最も分量を割いているのが、この根源的な問いについてで
す。
なぜなら、この問いへの答えなくしては、戦略など組立てることができない
からです。
私の見る限り、戦略の多くが絵に描いた餅になって打ち捨てられてしまうの
は、この根本なくして、枝葉の戦術ばかり作ってしまうからです。
その意味では、非常に全うな展開です。
■それにしても、高校の野球部の事業って何か、何であるべきか?
答えることができます?
普通の人に聞いても「そんなもん野球をすることに決まってるやないけ!」
と一蹴されてしまうのがオチでしょうな^^;
同じように、製造業は「商品を製造すること」卸売業は「商品を卸すこと」
鉄道業は「鉄道を運行すること」などと答えてしまいがちです。
しかし、ドラッカーはこのような事業の属性や種別を聞いているわけではあ
りません。
もっと根本的な組織の目的やあり方を問うています。
■ドラッカーはあらゆる組織は顧客に規定されると考えています。
メーカーが商品を作るから消費者が買うのではありません。消費者がそれを
欲しい、買おうとするから、メーカーが存在しているのです。
つまり組織の目的やあり方(存在意義)は、顧客の視点から見なければ分か
らないことです。
逆に言うと「あの事業って、あってもなくてもいいね」と顧客に思われたら、
それは早晩消えてなくなる運命にあるということです。
マーケティング理論では「企業は社会に貢献をする義務はない。ただし、社
会に貢献しない企業は消滅する。」と言っています。
ドラッカーの思想とマーケティング理論はまさに呼応しているのです。(あ
るいは、ドラッカーの思想をマーケティング側が取り入れたというべきかも
知れませんが)
■人間は、本来目的を持って存在しているわけではない。目的がないなら存
在意義がないということではない。本来、生きているだけで意義がある。尊
いものです。
しかし、組織は、目的を持って作られています。何らかの目的がなければ、
組織など必要ありません。組織を維持するだけ無駄なコストです。
地域社会や家族という自然発生的な組織であっても、目的があります。その
目的とは、われわれ人間が人間らしく生きることに他なりません。いわゆる
基本的な人権を守るのが、社会という組織の目的です。
哲学的な話に聞こえるかも知れませんが、人間は無目的に生まれて、社会の
中で生きるために目的を持ちます。
マーケティングの実務家は、職業は生計を立てるためにあるのではなく「職
業は人間社会をより進歩・発展させるための人々に与えられた社会的分担で
ある。」(佐川幸三郎氏)と言っています。
われわれ自身の尊厳を守るために、よりよい社会を作ろうという目的を持って
生きるのが社会人であるということではないでしょうか。
■えらい壮大な話になっていますが、このあたりが経営戦略やマーケティン
グ理論の根本思想だと私は考えています。
要するに経営を行う主体である会社組織が無目的であるはずはありません。
そして、その目的とは、顧客といわれる人々のよりよい生活を実現すること
です。
あらゆる組織は、人々にとって、どのような社会であればいいのかを問い続
ける必要があるのです。
ついでに言えば、社会における価値とは、人間社会をより進歩・発展させる
ことに資することです。
企業や団体などの組織は、自分たちが何をすれば、人間社会をより進歩・発
展させることにつながるのか(価値を生むのか)を最初に考えなければなら
ない所以です。
それにしても、組織というのは、いくら大企業と言えども、不安定な存在で
すね。顧客が要らないと言えば消えてなくなる。
まるで、子供の記憶がなくなれば消滅してしまう「エルム街の悪夢」のフレ
ディのようなものですな。
■ちなみに高校二年生のみなみちゃんが、野球部の目的を何としたのか。
これは、この物語の一つの山場ですから、言わないでおきましょう^^
後は、ぜひお読みください。
■私は、この本を、自分がコンサルティングに関わっているクライアントに
配ろうかなと考えています。
ちなみに私の仕事は、組織の営業力を強化することです。念のため。
組織全体の営業力を強化する上において、鍵となるのは、マネージャーの存
在です。
これは間違いありません。
優れたマネージャーなくして、強い営業チームはあり得ません。
■ところが、どうも日本の多くの企業はマネージャー不足に悩んでいるよう
です。
いや、マネージャーが足りないわけではないですね。
言うなら、マネージャーの役割をきちんと行う人が不足していると言うべき
か。
多くの人は、プレーイングマネージャーの役割を担っています。
だからなのでしょうね。マネージャーとなっても、その自覚がない。プレー
ヤーとしてしか動こうとはしません。
■ドラッカーは「新しい仕事を始めるたびに、その仕事が要求するものは何
かを考えなければならない」と言っています。
つまり、マネージャーになった時点で、マネージャーの役割とは何かを問い
直さなければならない。
多くの企業では、プレーヤー(営業)として実績を上げた者を昇進させて、
マネージャーに抜擢します。
もちろん、その役割は、プレーヤーのマネジメントのはず。戦略と実践の橋
渡しをするのがマネージャーの役割です。
ところが、本人は、もっとすごいプレーヤーになろうとして、張り切って活
動しますから、マネージャーになるための勉強が不十分になってしまいます。
下手をすれば、部下であるプレーヤーと張り合うような者も出る始末です。
■上長も上長です。
どういうわけかマネージャーの個人ノルマをさらに積み上げたりします。
これでは、新人マネージャーが、何を求められているのか迷わせているよう
なものです。
上長も、マネージャーとは何かを分かっていませんから、プレーヤーとして
の実績がよければ、マネージャー能力は大目に見たりします。
かくして「○○君は、部下の分も稼いでいるよ。よく頑張っている」「○○
君は優秀なのに、彼の下の連中はどうもダメだな。○○君も可哀想だ」なん
て、バカな評価が下されるようになり、チーム全体のモチベーションは氷点
下になってしまいます。
それもこれも、マネージャーという役割についてよく考えない会社人の存在
が問題であるということです。
■ドラッカーの「マネジメント」には、マネージャーの役割が、プレーヤー
の延長ではないことが懇切丁寧に書かれています。
また、マネジメントが単一の技術ではないことが、さらに丁寧に書かれてい
ます。
マネジメントには「経営戦略」も「マーケティング」も「イノベーション」
も「モチベーション」も「リーダーシップ」も含まれているようです。少な
くとも、それらを理解していなければマネジメントはできません。
(私は、戦略があって、その下にマネジメントがあると体系付けていますが、
それは整理の違いです。いいでしょう。)
営業マンに「売れる魔法の言葉」がないのと同じように、マネージャーにも
「マネジメントを効果的に行う魔法の手法」などありません。
戦略は常にプロセスです。
この本を読めば、それが理解できるはずです。
■さらに言えば、川島みなみちゃんという高校二年生の女の子とともに、マ
ネジメントのあり方やプロセスを実感できるのが「もしドラ」という本です。
みなみちゃんは、野球部の目的を規定すると、その後「マーケティング」に
取り組み、「専門家と他の人々との橋渡し」に取り組み、「人の強みを活か
す組織づくり」に取り組み、「イノベーション」に取り組み、「人事の問題」
に取り組み、目標に突き進んでいきます。
いささかライトノベル的なノリの物語に乗りながら^^
文章が硬いとか未熟だとか的外れな評価もあるようですが、文学的価値を求
めるわけではないですから、無視してください。
ドラッカーのマネジメント理論を学ぶ上で、この上ない入門書ができたなー
ーと喜んでいる次第です。