コラム
アップルは本当に最強なのか?
(2010年6月3日メルマガより)
■飛ぶ鳥を落とすとは今のアップルのことを言うんでしょうね。
なんと株式時価総額で、マイクロソフトを抜いてIT業界1位になったとか。
株式時価総額とは、理論上は、将来的にアップルが稼ぎ出すキャッシュの総
額に対応するものですから、現時点で多くの人々が、アップルこそIT業界
の盟主になると考えているということになります。
ほんの10年前までは、アップルなどマイクロソフトに飲み込まれてしまう
のではないかと言われていたはずです。
わずかの期間に会社というものは変わるものですねーー
■アップルの復活に“天才”スティーブ・ジョブズの存在は欠かせません。
というか、スティーブ・ジョブズの活躍そのものが今のアップルを作り上げ
たといっても過言ではないでしょう。
ソニーのハワード・ストリンガーCEOなどは「スティーブ・ジョブズは怖
いが、アップルは怖くない」と発言しているくらいです。
アップルコンピュータの創業者でありながら会社を追われたジョブズが、ア
ップル低迷の危機に呼び戻されたのが、1997年のことです。その翌年には、
カラフルな色使いで話題となったiMacを発売し、ジョブズのセンスが健
在であることをアピールしました。
■2001年には、アップルが飛躍するきっかけとなる携帯音楽プレーヤーiP
odを発売しました。
ソニーのウォークマンが全盛の時代にこんなものを発売して売れるのか?と
いわれたものですが、ユーザーにとっての使いやすさを追求し、シンプルな
デザインでまとめたこの商品は人気を博します。
ソニーが、相変わらず独自規格にこだわり、ユーザーの利便性を軽視した商
品づくりを続けていたこともあって、iPodシリーズは、一大勢力となっ
ていきます。
■当初、iPodは、アップルのパソコンの周辺商品という位置づけに見え
たのですが、ジョブズ自身は、もっと巨大な製品体系を考えていたようです。
その考え通り、2003年にはウィンドウズでも対応可能なiPodを発売して、
懐の深さを見せています。
しかし、この商品が本当に飛躍するのは、音楽配信サービスである「iTu
nesミュージックストア」を開始してからです。
レコードやCDという媒体を介さずに、ネットを通じて音楽を直接購入する
という利便性が、ユーザーの心をとらえ、この商品は携帯音楽プレーヤー市
場のナンバーワンとなっていきます。(2009年現在、シェア53%)
■ちなみに先行するソニーが同じようなサービスをなぜ始められなかったの
かと疑問に思いますね。
1つは、ソニーが企業文化のようにして持つ独自技術や規格へのこだわり。
逆にいうと、既に普及している技術を使うとまた大手企業に真似されてしま
うという恐怖です。
1つは、ソニーの規格であるMDを延命させたいという思い。
1つは、ソニー・ミュージック・エンターテイメントへの遠慮。音楽配信が
当たり前になれば、CDが売れなくなってしまいますから。
以上のようなことが言われていますが、実際のところは、複雑な音楽の権利
関係をクリアできないというのが、本当のところでしょう。
しかし、アップルには“神の交渉力”を持つスティーブ・ジョブズがいます
から、強引に業界を説き伏せてしまいます。
■ソニーをはじめ、多くの企業は、「iTunes」の威力を軽視していた
のかも知れません。
ユーザーにとって、iTunesは、iPodの利便性を高める周辺サービ
スに見えるでしょうが、企業側にとっては、製品を販売した後も、継続して
利益を得ることができるキャッシュマシーンです。
いわゆるジレットモデルの替え刃ですね。
アップルはこの時、恐ろしい武器を手に入れたこととなります。
■その意味が明らかになるのは、2007年、iPhoneが発売されてからです。
携帯電話というよりも、小さなパソコンそのものといったこの商品は世界に
衝撃を与えました。
私も遅ればせながら、使っておりますが^^ 本当に便利です。
(ちなみに私は携帯電話としては使っていません。純粋にモバイルパソコン
としてです)
何より、直感的な使い勝手は何ものにも替えられません。
一度、iPhoneを体験すると、他には戻れないというのは大げさではあ
りませんでした。
これは後のiPadにもいえるようですが、iPhoneを使う人は、「気
持ちいい」とか「馴染む」とか「心地いい」などと感覚的な感想を述べるこ
とが多い。
スティーブ・ジョブズのものづくりが、奇抜なデザインなどではなく、人間
の感性に響くことを目指していることが分かります。
■さらに便利なのが、アプリ(アプリケーションの略)と呼ばれるソフトウ
ェアを導入することで使い方が飛躍的に拡がることです。
リアルタイムでパソコンと同期できるスケジュールアプリもあります。
写真をとるだけで名刺情報をすぐに文字認識してくれるアプリもあります。
メモや写真を記録すると、自動的にパソコンに同期してくれるアプリもあり
ます。
パソコンの内容を外出先から確認するアプリもあります。
その他、近所の美味しい店を紹介してくれるアプリや、映画館情報を教えて
くれるアプリ、カメラを向けるだけでその場所の情報を教えてくれるアプリ
もあります。
これらは、有償のものも無償のものもありますが、すべてiTunesを介
して購入します。
では、これらのアプリは、アップルがすべて作っているのかといえばさにあ
らず。世界中の開発者が、アップルの規格に乗って、様々なアプリを開発し、
フリーマーケットのようにiTunesで販売しています。
開発者には、プロも素人も、それこそ無数にいるようですから、まさにアッ
プルとすれば、楽市楽座を運営する織田信長のような気分でしょうな。
ただし、アップルは、場所を提供することで、売上の30%を獲得しています。
■要するに、iTunesに多くのアプリが並ぶことで、ユーザーの利便性
が高まり、iPhoneやiPodの価値が上がります。
商品の価値が高まることで、商品の販売数が増え、同時に、腕に覚えのある
開発者が集まります。
さらにiTunesを介して取引がなされるごとに、アップルの収益が上が
る仕組みです。
まさに強固な収益モデルを構築しているわけですな。
■そして今年、iPadの発売です。
少し大きめのiPhoneということで、技術的な特徴には乏しい商品なの
でしょうが、大きさが変わるだけで、使い方が飛躍的に拡がると各界で話題
になっています。
各界とは、出版業界、教育業界、医療業界、映像業界など。iPhoneの
画面では、使いづらかったケースでの活用です。
iPadが侵食するであろう6つの業界(ゲーム、カーナビ、携帯電話、テ
レビ、書籍・雑誌、パソコン)を合わせると、55兆円を超える市場となる
ようです。(週刊ダイヤモンド2010年5月15日号による)
どこまで売れるんでしょうかね。
■アップル礼賛一色に見える最近の論調ですが、本当のところはどうなんで
しょうか。
先日のランチェスター戦略勉強会で、この問題を取り上げさせていただきま
した。
勉強会に、デジタル機器に詳しい方がおられたので、お話を聞いたのですが、
いろいろ検証してみると、アップルの戦略が磐石であるとはいえないことが
分かりました。
■まず第一に、アップルを取り巻く敵の多さを挙げておきます。
例えば、iPodの前に苦汁を飲まされたソニーは、グーグルと組んで、デ
ジタルTVの開発に乗り出します。
実は順風満帆に見えるアップルの商品戦略の中で、唯一の失敗といえるのが、
アップルTVの発売でした。
これは家のテレビにつなぐことで、ネットワーク接続を可能にする機械です。
アップルにしては珍しく「セクシーさ」のない商品でした。
ウォークマンでの巻き返しがうまくいかないソニーとすれば、相手の弱みに
攻撃を集中するのは、戦略の常套です。
ソニーのハードとグーグルのソフト。まさに鉄壁の体制です。
ただしグーグルとすれば、ソニーに最初の開発だけしてもらって、後は台湾
メーカーに製造してもらえれば一番いいんでしょうから、ソニーの行く末も
決して安定的ではない。
まあ、ソニーの行く末を論じる場ではありませんが。
■このように、アップルの周囲には敵が多い。それも強大な敵です。
オペレーションソフトのナンバーワン企業であるマイクロソフトは、ヤフー
やノキアと組んで、iPhoneやiPadに対抗する機器とソフトを普及
させようとしています。パソコンの世界では圧倒的に強いマイクロソフトも、
モバイル機器の分野では、遅れをとっているからです。
検索エンジンナンバーワンのグーグルは、ソニーの他にも台湾の携帯端末メ
ーカーと提携し、アップルの牙城を崩そうとしています。アップル製品が普
及してしまえば、グーグルの検索エンジンを排除される恐れがあるからです。
パソコン世界最大手のHPは、携帯端末会社パームを買収し、iPhone
に対抗する姿勢を見せています。
なぜこのような多方面の敵と一々ぶつからなければならないのか。
まるで足利義昭の策略で四方を敵に囲まれた織田信長のような状況です。信
長でさえ必死で武田信玄に取り入ったというのに、アップルは前面対決の姿
勢を崩していません。
今は、スティーブ・ジョブズの“感性”という武器があるが、そんな曖昧な
ものに頼る戦略は不安定で仕方がありません。万一、ジョブズがいなくなれ
ば、どうなってしまうのか。
■アップルが、排他的ゆえに、周辺と戦わざるを得ないのは、その戦略の特
徴であるといえます。
ちなみにアップルの収益構造をこちらのサイトが提示していますので、紹介
しておきます。
http://stockkabusiki.blog90.fc2.com/blog-entry-1055.html
上記によると、2009年度のアップルの売上比率は、パソコン32%、iPh
one30%、iPod19%、周辺機器3.4%(以上ハード)、音楽1
0%、ソフトウェア5.6%となっています。
つまり、売上の84%以上はハードが占めています。
なんだかんだ言っても、アップルはハード売りの企業であり、ソニーのライ
バルなのです。
ハード売り企業の弱点は、継続的な売上が見込みにくいこと。言い換えれば、
ジレットモデルが作りにくいこと。
それゆえ、継続的な購買を促すために、排他的な施策をとりたくなります。
今のところ、iTunesという武器は、顧客を囲い込むことに使われてい
ます。
iTunesから購入したアプリは、iPhoneやiPadでは機能する
が、他の端末では動きません。だからアップル製品を使えば使うほど、他に
乗り換え難くなります。
そうして囲いこんだ顧客から最大限の収益を上げようというのがアップルの
戦略です。何びとたりともおれの客に手を出すな!というのが、アップル=
スティーブ・ジョブズの姿勢です。
売上の積み増しは、ハードの購入如何に関わっているので、新製品に買い替
えさせようという意図も見え隠れします。
例えば、アップル製機器の修理費用はベラボウに高いという話がありました。
もちろんユーザーが自分では修理できないようになっています。アップルに
送って修理してもらうしかないのですが、それがエライ高い。まるで「修理
するぐらいなら買い換えろ」と言われているような気になるそうです^^;
■電子書籍リーダーで真っ向から対立するアマゾンは、キンドルという端末
を持ちながらも、iPadでも使用できるアプリを提供しています。
これはアマゾンがハード売りをメインにしているのではなく、コンテンツを
販売することをメインにしているからです。
同じようにグーグルは、検索エンジン+広告というビジネスモデルを持つゆ
えに、端末販売にこだわりません。
アンドロイドという携帯用OSを公開し、多くのハードメーカーが参加する
ことを促しています。
参加者が多くなればなるほど、広告価値が上がります。グーグルの収益はそ
の一点のみで、他は他社に分け与える姿勢を見せています。
これに比べて、アップルの排他性は他を抜きん出ています。いささか度が過
ぎると多くの人がいずれ感じるようになるのかも知れないほどに。
■「ニューズウィーク2010.6.2」もiPad特集をやっています。
ここでも、アップルの「すべてを支配したい病」が命取りになる。という記
事が掲載されています。
もともとアップルの共同創業者であるスティーブ・ウォズニアックは、オー
プン主義者で、ユーザーの自由度を大幅に認めていました。今のグーグルの
ような考え方です。
しかしスティーブ・ジョブズは、当初の「ユーザーにとっての使い勝手のよ
さ」は残しつつ、「アップルの言うことを聞く限り」という但し書きを入れ
ました。
これが今のところ、アップルの業績を上げる要因になっていることは確かで
すが、いつまで続くのだろうかと思ってしまいます。
■アップルに比べると、何でも無料で提供する。オープンにする。というグ
ーグルの姿勢が際立っています。
グーグルは検索エンジンとそれに付随する広告という収益源を発明したから、
顧客囲い込みを今のところ必要としていません。
ちなみに私は、いずれグーグルは「決済システム」を管理するのではないか
と見ています。検索して、その商品が買いたくなれば、グーグルが仲介し保
証してくれる仕組みです。そうなれば、磐石どころではありませんが、今の
ところ否定していますね。それはいいでしょう。
既にアメリカでは、アンドロイド携帯のユーザーが爆発的に増えているとい
うニュースがありました。
アプリケーションの数も、いずれ追いつくことでしょう。
そうなった時に、アップル製品はまた昔のようなマニアックな顧客層のため
のものとなってしまうのか。
その可能性は決して低くないと私は考えています。