コラム
戦略はストーリーで語れ2
(2010年7月1日メルマガより)
■前回のメルマガで紹介した楠木建氏の「ストーリーとしての競争戦略 優
れた戦略の条件」には、多くの反響をいただき、ありがとうございました。
読まれた方には分かっていただけると思いますが、とても素晴らしい本です。
私は、しばらくこの本を手元に置いて、この理論をマスターしたいと考えて
います。
ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。
■ストーリーといえば、筋書きがないはずのスポーツはしばしば奇跡のよう
なストーリーを見せてくれます。
例えば、昨年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)における日
本代表の活躍。
http://www.createvalue.biz/column/200903_000160.html
イチローの苦悩と感動的な復活劇は、記憶に新しいのではないでしょうか。
そしてもちろん、今回のサッカーワールドカップ南アフリカ大会における日
本代表の活躍。
きっと多くの方が、熱狂したことでしょう。
私はサッカーについてはそれほど詳しくはありません。実はルールもよく分
かっていないような者ですが、それでも十分に堪能することができました。
なんと素晴らしいストーリーだったことか。
■よいストーリーにはいくつかの要素があることが分かります。
まずは、今回の日本代表は、前評判が悪く、殆ど期待されていなかったとい
う前提がありました。
岡田監督など、ワールドカップが始まる前から“進退伺い”をしたと報道さ
れ、早くも戦犯扱いでした。
もし一般の予想通り、3戦全敗で終わっていたら、マスコミによって八つ裂
きにされていたかも知れませんね。
英プレミアリーグのアーセナルFCのアーセン・ベンゲル監督など「もし日
本が決勝進出すれば、東京に岡田監督の銅像が立つ」と言っていたそうです
よ^^;
■つまり今回の日本代表のメインストーリーは、絶対に勝てないという状況
を克服する逆転劇であるということです。
主人公は岡田監督です。
中村俊輔の調子が上がらず、事前に思い描いていた戦術が使えないという裏
話があったようですが、とにかく直前までは、とても勝てそうな要素が見当
たりませんでした。
我々は、マスコミの報道を通してしか知らないのですが、直前の戦術変更、
進退伺いなどという岡田監督の迷走ぶりを見ていると、相当の苦悩が見て取
れます。
普通の人間なら神経をやられてしまうでしょうね。
■ところが、本番が始まってみると、即興の(ように見えた)戦術変更が機
能して、あろうことか、“不屈のライオン”カメルーンに勝ってしまいます。
この勝利、素人目に見ても、いい勝ち方であるとは思えませんでした。
日本はひたすら守りに徹して穴熊戦法のように動きませんでした。それも完
璧な守りというわけではなく、小さなミスがやけに目立つ守備でもありまし
た。
多くの人が言うように、日本代表の調子がよいわけではなく、カメルーンが
絶不調であったというのが正しい見方でしょう。
カメルーンが本来の動きをしていれば、0-2で負けていてもおかしくない
ような試合です。
それでも勝ちは勝ち。これが勝負事の面白さですね。
■最初の思わぬ成功。
これはストーリーを作る上で、欠かせない要素です。
未だに映画のお手本とされているボクシング映画の傑作「ロッキー」でも、
難攻不落と思われたチャンピオンに対して、わずか1ラウンド、ロッキーの
無茶振りしたアッパーが決まってダウンを奪います。
偶然のパンチが出会いがしらに当たっただけなのですが、映画はこの瞬間に
熱狂する町の人々を映し出し、一気にヒートアップします。
そして今回、遠く日本でテレビを見ていた我々も、偶然の勝利に熱狂してい
ったわけです。
■この勝利で俄然注目を浴びたのが、得点を上げた本田圭佑です。
岡田監督の次にくる主役が彼に他なりません。
本田は、実力はあるが、挑発的な発言が多く和を乱す存在として賛否両論の
ある問題児でした。
問題を抱えた存在が、いざという時に大きな働きをするというのは、ストー
リーの常套です。
面白いことに神話や伝説の中では、欠損を抱えた者や、小さな子供が巨大な
悪を倒す場面が見られます。
あるいは悪として登場した者が、思わぬ働きで人々を救うといったケースも
よくあります。
本田という存在がなければ、今回の日本代表のストーリーもこれほど魅力的
なものとはならなかったことでしょう。
■それにしても、本田圭佑は、魅力的なキャラクターです。
不敵な面構えに、冷静沈着な態度。小さなことに一喜一憂することなく、飄
々とこなしてしまうように見えます。
ピッチの上では、海外の選手に力負けしない屈強な体躯を持ち、いつの間に
か、ゴールに迫って絶対的な仕事をしている。
今までの日本代表選手に見られたようなゴール前で萎縮してしまうところが
見られません。
ついにこういう選手が現れたんだと思わずにはいられませんね。
「できれば守備はしたくない」と発言していた本田が、献身的な守備を見せ
たのが、今回のワールドカップでした。
だから、このストーリーの中では、本田圭祐の成長がサブテーマとなってい
ます。
■第2戦、オランダとの試合。0-1で負けはしましたが、カメルーン戦の
時と比べて見違えるようにチームの状態は上がっていました。
特に前半45分はほぼ完璧な内容でした。
中澤や闘莉王の活躍は予想されたことですが、驚いたのは、長友の完璧なマ
ンマークです。彼なくしては、今回の日本代表の守備はなかったと思えます。
この他にも、松井、大久保、長谷部、阿部など多くの魅力的なサブキャラク
ターが登場してきました。
チームが団結し、かつ個々が見せ場を作るというまさに理想的な展開です。
デンマーク戦は、今回のストーリーのクライマックスになったわけです。
■ただし、ストーリー的に見逃せないのが、中村俊輔の苦悩です。
ストーリーが盛り上がるためには、何らかの苦難が必要です。
今回、ほぼ順調に調子を上げてきた日本代表の中にあって、苦難という負の
部分を一手に引き受けているのが、かつての中心選手でありファンタジスタ
の名をほしいままにした中村俊輔選手です。
彼はオランダ戦で途中出場を果たすも、殆ど活躍することがありませんでし
た。
解説の松木安太郎氏が「皆で中村俊輔選手を盛り上げましょう!」と意味不
明の発言をしたぐらいしか記憶に残っていませんね。
今回、中村俊輔選手は、完全に他の選手たちの引き立て役になってしまいま
した。
残念なことではありますが、ストーリーを成立させるためには、彼のような
存在が必要になるのです。
■そして、勝つか引き分けで決勝リーグ進出が決まるデンマーク戦。
日本代表が、驚異的な活躍を見せてくれたのは、皆が知るところです。
この試合が、今回のストーリーのクライマックスになりました。
終われば、3-1で日本の勝利。内容的にも完勝で、世界をあっと言わせま
した。
この試合では、殆どの選手が、それぞれ見せ場を作り、ストーリーとしても、
過不足ない素晴らしい内容でした。
フィクションとしての映画でもこう上手くはいかないでしょうね。
■ラストシーンは岡田監督の「我々は、まだ満足していません」という言葉
にかぶせるテロップ。
「日本代表は、決勝リーグでパラグアイと互角以上の戦いを見せた。120分
間の闘いでも決着がつかず、PK戦に持ち込まれたが、惜しくも敗れた」に
なりますかね。
本当は、パラグアイに辛勝した後、スペインと闘って壮絶に散るラストシー
ンが見たかったのですが、そうは上手くいきませんわね。
■長々とサッカーの話をしてきましたが、言いたかったことは、ストーリー
には何らかのフォームがあるということです。
ハリウッド映画などフォームに忠実すぎて面白くなくなっているぐらいです
が、それでも面白い映画には、パターンがあります。
先ほど例に出した「ロッキー」は、個人の復活劇としては、未だにお手本と
される作品です。
チームの勝利を謳う作品としては「がんばれベアーズ」がベストだという人
もいます。
とりあえず、この2作を真似しとけば、それなりの作品ができるのだという
声もありますね^^;
■私は以前からストーリーというものに興味を持ってきました。
いささか大仰な言い方ですが、ストーリーとは、人間が根源的に求めるもの
です。
作家のトーマス・マンが「人間の基本的な精神活動は、名前をつけることで
ある」と書いているのを見たことがあります。
名前もないわけの分からない事物や出来事は、不気味かつ不安を掻き立てる
存在ですが、一旦名前をつけると、それがどんな恐ろしいものであろうと、
いつかは克服可能な課題となる。だから、人間は、あらゆるものに名前をつ
けようとする、というのがトーマス・マンの意見でした。
まさに卓見です。
我々は、わけの分からないものをそのままにしておけるほど強靭な精神を持
っていません。常に名前をつけて、克服しようとする。問題解決とは、我々
の本来持っている本能的活動だということです。
■同時に、人間は、自分が認識した出来事や事物を関連づけて記憶しようと
します。
つまり人間とは外界を体系化する生き物でもあります。
ただし、体系化の方法は2つあります。
1つは論理的に関連づけて体系化する方法。
もう1つは、一見、非論理的なジンクスや物語として体系化する方法です。
■論理に対して、ジンクスなどというとマイナスイメージでとらえられるか
も知れませんが、古来、人間は歴史や日常を神話や民話として語ってきた経
緯があります。
我々は論理よりも強固な体系を物語の中に持っているのではないか。
確かに、優れた小説や映画などに接すると、論理的ではないのに腑に落ちる
という経験をすることがあります。
そしてそのような物語は、いつまでも忘れません。自分自身の体験のように
記憶に残ります。
論理で言っても分からないことが、ストーリーとして語ると、納得されると
いうのは、それが我々の根源的な性質だからだと私は考えます。
■前回のメルマガでも書きましたが、水も漏らさぬ完璧な戦略を作ったとし
ても、それが実行されなかったら何の意味もありません。
多少、荒っぽい筋書きであっても、ストーリーとして語る方が、人々に浸透
しやすいのではないかというのが、ストーリー論者の言い分です。
■例えば、「崖っぷち会社の起死回生」という書籍があります。
これはある製造業のV字回復劇を物語として描いたものです。
単にコンサルティング事例として描くよりも、ストーリーのうねりが臨場感
を感じさせ、迫力があります。
そして、この会社の復活が、記憶に残ります。
■もっともこの種の書籍として最高なのが、やはり三枝匡の「V字回復の経
営」でしょう。
私は最近、この本を読み返しましたが、時間軸が正確に描かれており、実に
誠実に書かれた本だということが分かります。
この本を読んで、気持ちを奮い立たせない人がいるのでしょうか?
■営業戦略の本としては、同じ三枝匡の「戦略プロフェッショナル」をおス
スメいたします。
こちらでは、営業活動をする上で、ターゲットを絞ることの重要性とその方
法の一つが、詳細に書かれています。
■最後に私見として。
今回のワールドカップや、WBCが極めて良質のストーリーとなっていると
私が感じているのは、実は私がストーリーのパターンに当てはめて、ノンフ
ィクションの出来事を記憶しているからに他なりません。
人はストーリーを作る生き物なのですね。
だから自分の人生も、大切な昔の出来事も、すべてストーリーのパターンで
記憶しようとします。それが自然な人間の営みなのです。
だからこそ、ストーリーとして戦略を作り上げて、それを語る作業は、理に
適っていると私が思う次第です。