サーモス(THERMOS)はなぜ「廃業寸前」から世界トップ企業になったのか?

2018.01.16

サーモス(THERMOS)はなぜ「廃業寸前」から世界トップ企業になったのか?組織を躍進させるための経営革新セミナー


■想定する対象者

「企業業績を上げたい」「本気で成果を上げたい」という中小企業経営者。

「従業員を一体にしたい」「従業員をやる気にさせたい」という管理職。

「リアルな事例を聞いてやる気になりたい」「実際の経営革新事例からヒントを得たい」というすべてのビジネスマン。


■提供する価値・伝えたい事

ステンレス魔法瓶が日本の発明品であることをご存じでしょうか?

あまり知られていないことですが、ステンレス魔法瓶は、日本で最も大きな工業用ガスメーカーであった日本酸素株式会社(現在は大陽日酸)が世界で初めて開発しました。

ところが、消費財ビジネスに慣れない日本酸素株式会社魔法瓶事業部は、パイオニア企業であるにも関わらず、長い間、日本で3位の位置に甘んじていました。

バブルが崩壊し、あらゆる企業が「選択と集中」を志向する中、日本酸素株式会社は、魔法瓶事業部を「身売り」か「廃業」を視野に入れた構造改革の対象としていました。

しかし、同社の魔法瓶事業部は、「身売り」されることもなく「廃業」になることもなく、営業改革を成し遂げ、魔法瓶の世界シェアトップ企業であるサーモス株式会社になっていきます。

あの小さな事業部が、どのようにして世界シェアトップ企業となっていったのか。

この講座では、サーモス(THERMOS)がどのように一体になり、飛躍していったのか、実際の体験者がお話しいたします。


■内 容(90分~3時間程度:時間によって変更あり)

1.廃業寸前の小さな事業部はどのようにして世界トップ企業になったのか?

(1)当時の状況

業績が悪く、身売りや廃業も囁かれていた当時のサーモスだが、悪くなるには、それなりの理由があった。その当時の状況を振り返る。

(2)立ち上がった若手社員

行き場のない若手社員たちが、自分たちで未来を切り開こうと集まった。しかし、経験も知識もない者たちなので、経営の勉強から始めなければならなかった...

(3)世界一になるという目標

見よう見まねで経営戦略を作ろうとしたが、目標さえ決まらない日々が続く。しかしついに全員が心を一つにする目標を見つけた。

(4)全員で作った戦略

全員で作った目標だったが、ベテラン社員からは酷評されてしまう。沈み込む若手社員を救ったのは...


2.サーモスはどのようにして、戦略を実践していったのか

(1)立ちはだかる抵抗勢力

戦略が決まったといってもベテラン社員の抵抗は激しかった。どのように対処すればいいのか。

(2)開発と営業が変わった

開発と営業の両輪が、意識を変えた。ここから組織が大きく動きだした。

(3)クレームから生まれた大ヒット商品

徐々に成果が出て組織に活気が戻ってきた頃、伝説の大ヒット商品が生まれる。それは、小さなクレームがきっかけだった。

(4)世界トップ企業へ

回り始めた上昇サイクルは止まらない。ついに世界トップ企業になる時が来た。


3.サーモスはなぜ世界トップ企業になれたのか

なぜサーモスはわずかな期間で世界トップ企業にまで駆け上がったのだろうか。ほかの会社でも使える「勝つための秘訣」を抽出する。


■根拠・関連する活動歴

本講座の講師は、1989年から2003年まで、日本酸素株式会社(2001年からはサーモス株式会社)に営業担当者として所属していた。

まさにサーモスが、廃業寸前から世界トップ企業になるまでの当事者であった。

その経験をもとに著書『「廃業寸前」が世界トップ企業になった奇跡の物語』を上梓した。

講師 駒井俊雄 中小企業診断士 1級販売士

お問い合わせはこちら


サーモス(THERMOS)はなぜ「廃業寸前」から世界トップ企業になったのか?組織を躍進させるための経営革新セミナー


■想定する対象者

「企業業績を上げたい」「本気で成果を上げたい」という中小企業経営者。

「従業員を一体にしたい」「従業員をやる気にさせたい」という管理職。

「リアルな事例を聞いてやる気になりたい」「実際の経営革新事例からヒントを得たい」というすべてのビジネスマン。


■提供する価値・伝えたい事

ステンレス魔法瓶が日本の発明品であることをご存じでしょうか?

あまり知られていないことですが、ステンレス魔法瓶は、日本で最も大きな工業用ガスメーカーであった日本酸素株式会社(現在は大陽日酸)が世界で初めて開発しました。

ところが、消費財ビジネスに慣れない日本酸素株式会社魔法瓶事業部は、パイオニア企業であるにも関わらず、長い間、日本で3位の位置に甘んじていました。

バブルが崩壊し、あらゆる企業が「選択と集中」を志向する中、日本酸素株式会社は、魔法瓶事業部を「身売り」か「廃業」を視野に入れた構造改革の対象としていました。

しかし、同社の魔法瓶事業部は、「身売り」されることもなく「廃業」になることもなく、営業改革を成し遂げ、魔法瓶の世界シェアトップ企業であるサーモス株式会社になっていきます。

あの小さな事業部が、どのようにして世界シェアトップ企業となっていったのか。

この講座では、サーモス(THERMOS)がどのように一体になり、飛躍していったのか、実際の体験者がお話しいたします。


■内 容(90分~3時間程度:時間によって変更あり)

1.廃業寸前の小さな事業部はどのようにして世界トップ企業になったのか?

(1)当時の状況

業績が悪く、身売りや廃業も囁かれていた当時のサーモスだが、悪くなるには、それなりの理由があった。その当時の状況を振り返る。

(2)立ち上がった若手社員

行き場のない若手社員たちが、自分たちで未来を切り開こうと集まった。しかし、経験も知識もない者たちなので、経営の勉強から始めなければならなかった...

(3)世界一になるという目標

見よう見まねで経営戦略を作ろうとしたが、目標さえ決まらない日々が続く。しかしついに全員が心を一つにする目標を見つけた。

(4)全員で作った戦略

全員で作った目標だったが、ベテラン社員からは酷評されてしまう。沈み込む若手社員を救ったのは...


2.サーモスはどのようにして、戦略を実践していったのか

(1)立ちはだかる抵抗勢力

戦略が決まったといってもベテラン社員の抵抗は激しかった。どのように対処すればいいのか。

(2)開発と営業が変わった

開発と営業の両輪が、意識を変えた。ここから組織が大きく動きだした。

(3)クレームから生まれた大ヒット商品

徐々に成果が出て組織に活気が戻ってきた頃、伝説の大ヒット商品が生まれる。それは、小さなクレームがきっかけだった。

(4)世界トップ企業へ

回り始めた上昇サイクルは止まらない。ついに世界トップ企業になる時が来た。


3.サーモスはなぜ世界トップ企業になれたのか

なぜサーモスはわずかな期間で世界トップ企業にまで駆け上がったのだろうか。ほかの会社でも使える「勝つための秘訣」を抽出する。


■根拠・関連する活動歴

本講座の講師は、1989年から2003年まで、日本酸素株式会社(2001年からはサーモス株式会社)に営業担当者として所属していた。

まさにサーモスが、廃業寸前から世界トップ企業になるまでの当事者であった。

その経験をもとに著書『「廃業寸前」が世界トップ企業になった奇跡の物語』を上梓した。

講師 駒井俊雄 中小企業診断士 1級販売士

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