豆腐一丁からビジネスを考える

2007.05.10


(2007年5月10日メルマガより)

■豆腐製造業としてはじめて東証マザーズに上場したのが篠崎屋です。

町の小さな豆腐製造卸から出発し、豆腐専門飲食店の開発、豆腐の製造直販、
フランチャイズ方式による販売店の展開など業界としては異例の経営手法を
とったことで話題となりました。

最近では、上場によって集めた資金で、M&Aを積極的に行っています。

そんな篠崎屋の軌跡を社長の樽見茂氏が記したのが
「"豆富一丁"をどう売る?」という本です。

ここには、樽見社長独特の筆致で、篠崎屋の戦略の変遷が書かれていて、興
味深いです。

■そんな樽見社長の原体験とでも言うべきなのが、納品に行ったスーパーの
店頭で、若い社員に「おい、豆腐屋!そこどけよ」と言われたこと。

この言葉は著書にもありますし、日経新聞夕刊の連載でも、題名となってい
ました。相当、恨みのこもった経験なんでしょう。

(私も流通業界にいましたからよく分かります。スーパーの社員が、卸業者
にこういう言葉づかいをするのは、日常茶飯事でした)

屈辱的な経験を機会に奮起する人と、不貞腐れてしまう人とがいるもんです
が、樽見社長は明らかに前者です。その後の驚異的な活動のエネルギーにし
ていきました。見習いたいもんです。

■樽見社長がまず取り組んだのが、豆腐(この本によると豆富)の価値を上
げること。そのために「天然にがりで固めたほんものの絹ごし豆富」の開発
に挑みます。

というのも、その頃、スーパーで売っている豆腐は、低価格化に対応するた
めに、水で薄めた豆腐とは言えないような代物になっていたから。

おいしくないから売れない、売れないから低価格化の圧力がかかる。という
悪循環に陥っていたのです。

それならびっくりするぐらいおいしい豆腐と作ってやろう!という単純かつ
勇気のいる決意です。

赤字の中、父親に包丁を投げつけられたりしながら^^;9ヶ月間も試行錯
誤を重ねてその豆腐を完成させます。

樽見社長は「開発中は、天然にがり製法の絹ごし豆富のことしか頭になかっ
た」と書いています。

■ランチェスター戦略に馴染んだ方ならお分かりでしょうが、これこそ、商
品の差別化→それに一点集中する、ということです。

スーパーの圧力に屈してずるずると値下げするのがイヤなら、他社と同じよ
うな商品を作っていてはダメです。あそこの商品は安売りできない、別レベ
ルの商品だと思わせなければなりません。

一味、二味違うぐらいでは足りないでしょう。全然違う、と思われるぐらい
の差別化が必要です。

口で言うのは簡単ですが、実際に開発するのは難しい。
しかも、それをやりぬくことはもっと難しいことです。

天然にがり製法の絹ごし豆腐が本当に開発できるかどうか分からない時、一
度決めたら、それに一点集中した勇気こそ成功の要因です。

弱者が状況を逆転させるためには、どこかでリスクを背負わなければなりま
せん。どこに賭けるか。この場合、商品の差別化でした。実に、典型的な事
例ではないですか。

その甲斐あって、天然にがり製法の絹ごし豆腐「絹名人」はヒットします。

■ただし、単に商品を差別化しただけでは実際に売れることは稀です。
ここが商売の難しいところです。

商売の基本は「誰に、何を、どのように売るか」をはっきりさせることです
が、そのうち「何を」の部分を頑張ったからといって、飛躍的に売れること
はありません。売れたら、それは相当ラッキーだったに過ぎません。

断言します。商売でより重要なのは「誰に、どのように売るか」です。"顧
客接点"を押さえてしまえば、ヒット商品など後からついてくると言っても
いいぐらいです。

この本によると"現場に通ってお客さんの反応を見て"(つまり誰に売って
いるのかを研究し)"常識にとらわれない売り方を試す"ということを繰り
返したとあります。
(たとえば、セルフサービスのスーパーで豆腐を掬うサービスをするとか、
出来立ての油揚げをアツアツのまま売るとか、やったということです)

この本から伝わるのは、徹底した「現場主義」と「売るためのアイデアの試
行」です。
「どのように売るか」を研究し、しつこく試したから、ヒット商品が生まれ
たのだと私は考えます。

「ふぞろいの油揚げ」「三代目茂蔵」「絹名人」などといったネーミングの
センスに、販売に対する意気込みが伝わってきますが、それは一端に過ぎま
せん。樽見社長のアイデア志向だけにとらわれてしまうと、全体を見失って
しまいます。決して、面白い名前をつけたら売れるということではありませ
んので注意してください。

■篠崎屋が面白いのは、せっかくスーパーで作った売上をあっさりと捨てて
しまったことです。このために、また赤字に転落して苦しむことになります。

しかし、このままスーパーに卸していたのでは上場できるほどの業績を上げ
ることはできない。製造直販、つまり、豆腐屋のユニクロになろうと決めた
そうです。

ここからも"常識にとらわれない売り方の試行"です。
「工場の近くに無料販売所を置く」「豆腐専門飲食店を作る」「酒屋で豆腐
を売るFC展開」など奇抜なアイデアを実現させていき、念願の上場へ向か
っていきます。

これも、樽見社長のバイタリティとアイデアのなせる業のように見えますが、
実際には失敗の連続だったはずです。むしろ、冷静な財務からの視点と、成
功・失敗の見極めの速さが成功の要因だったと思われます。

■もうひとつ重要なのは、樽見社長が、原点を見失わなかったことです。

こう言っています。「豆富の製造小売にこだわりぬく」

上場した時、飲食店の売上が7割あったそうですが、樽見社長にとって飲食
店は豆腐を売るための手段の一つだという位置づけだったそうですから、飲
食店展開を深追いしませんでした。飲食店は売却して、オフバランス化して
います。

また小売のFC展開も自社ではせず、コンサル会社に任せています。

なぜなら、篠崎屋は、製造した豆腐を様々な方法で消費者に販売することで
収益を上げる会社だと決めているからだそうです。

こういう「わが社はどこで儲けるか」というビジネスモデルがはっきりして
いてブレないことは、経営にとって非常に重要です。儲かりそうだからと何
にでも手を出す企業が成功した例を私は見たことがありません。

いかにも華麗な展開・転進が目立つ篠崎屋がやっていけるのは、安易に儲か
る方向へ行かなかったという一点であると私は思います。

■逆に言うと「豆富」あるいは「製造小売」という原点を外した時が要注意
です。

現在、M&Aで豆腐以外の品揃えを増やしているようですが、ビジネスドメ
イン(誰に、何を、どのように)の「何を」が変わる日が来るかも知れませ
ん。

確かに、さらに大きくなるためには、ドメインの変更をしなければならない
時もありますが、そういうバランスが崩れる時に危機は訪れます。気をつけ
てください。

事業がうまく展開できることを祈っております。




(2007年5月10日メルマガより)

■豆腐製造業としてはじめて東証マザーズに上場したのが篠崎屋です。

町の小さな豆腐製造卸から出発し、豆腐専門飲食店の開発、豆腐の製造直販、
フランチャイズ方式による販売店の展開など業界としては異例の経営手法を
とったことで話題となりました。

最近では、上場によって集めた資金で、M&Aを積極的に行っています。

そんな篠崎屋の軌跡を社長の樽見茂氏が記したのが
「"豆富一丁"をどう売る?」という本です。

ここには、樽見社長独特の筆致で、篠崎屋の戦略の変遷が書かれていて、興
味深いです。

■そんな樽見社長の原体験とでも言うべきなのが、納品に行ったスーパーの
店頭で、若い社員に「おい、豆腐屋!そこどけよ」と言われたこと。

この言葉は著書にもありますし、日経新聞夕刊の連載でも、題名となってい
ました。相当、恨みのこもった経験なんでしょう。

(私も流通業界にいましたからよく分かります。スーパーの社員が、卸業者
にこういう言葉づかいをするのは、日常茶飯事でした)

屈辱的な経験を機会に奮起する人と、不貞腐れてしまう人とがいるもんです
が、樽見社長は明らかに前者です。その後の驚異的な活動のエネルギーにし
ていきました。見習いたいもんです。

■樽見社長がまず取り組んだのが、豆腐(この本によると豆富)の価値を上
げること。そのために「天然にがりで固めたほんものの絹ごし豆富」の開発
に挑みます。

というのも、その頃、スーパーで売っている豆腐は、低価格化に対応するた
めに、水で薄めた豆腐とは言えないような代物になっていたから。

おいしくないから売れない、売れないから低価格化の圧力がかかる。という
悪循環に陥っていたのです。

それならびっくりするぐらいおいしい豆腐と作ってやろう!という単純かつ
勇気のいる決意です。

赤字の中、父親に包丁を投げつけられたりしながら^^;9ヶ月間も試行錯
誤を重ねてその豆腐を完成させます。

樽見社長は「開発中は、天然にがり製法の絹ごし豆富のことしか頭になかっ
た」と書いています。

■ランチェスター戦略に馴染んだ方ならお分かりでしょうが、これこそ、商
品の差別化→それに一点集中する、ということです。

スーパーの圧力に屈してずるずると値下げするのがイヤなら、他社と同じよ
うな商品を作っていてはダメです。あそこの商品は安売りできない、別レベ
ルの商品だと思わせなければなりません。

一味、二味違うぐらいでは足りないでしょう。全然違う、と思われるぐらい
の差別化が必要です。

口で言うのは簡単ですが、実際に開発するのは難しい。
しかも、それをやりぬくことはもっと難しいことです。

天然にがり製法の絹ごし豆腐が本当に開発できるかどうか分からない時、一
度決めたら、それに一点集中した勇気こそ成功の要因です。

弱者が状況を逆転させるためには、どこかでリスクを背負わなければなりま
せん。どこに賭けるか。この場合、商品の差別化でした。実に、典型的な事
例ではないですか。

その甲斐あって、天然にがり製法の絹ごし豆腐「絹名人」はヒットします。

■ただし、単に商品を差別化しただけでは実際に売れることは稀です。
ここが商売の難しいところです。

商売の基本は「誰に、何を、どのように売るか」をはっきりさせることです
が、そのうち「何を」の部分を頑張ったからといって、飛躍的に売れること
はありません。売れたら、それは相当ラッキーだったに過ぎません。

断言します。商売でより重要なのは「誰に、どのように売るか」です。"顧
客接点"を押さえてしまえば、ヒット商品など後からついてくると言っても
いいぐらいです。

この本によると"現場に通ってお客さんの反応を見て"(つまり誰に売って
いるのかを研究し)"常識にとらわれない売り方を試す"ということを繰り
返したとあります。
(たとえば、セルフサービスのスーパーで豆腐を掬うサービスをするとか、
出来立ての油揚げをアツアツのまま売るとか、やったということです)

この本から伝わるのは、徹底した「現場主義」と「売るためのアイデアの試
行」です。
「どのように売るか」を研究し、しつこく試したから、ヒット商品が生まれ
たのだと私は考えます。

「ふぞろいの油揚げ」「三代目茂蔵」「絹名人」などといったネーミングの
センスに、販売に対する意気込みが伝わってきますが、それは一端に過ぎま
せん。樽見社長のアイデア志向だけにとらわれてしまうと、全体を見失って
しまいます。決して、面白い名前をつけたら売れるということではありませ
んので注意してください。

■篠崎屋が面白いのは、せっかくスーパーで作った売上をあっさりと捨てて
しまったことです。このために、また赤字に転落して苦しむことになります。

しかし、このままスーパーに卸していたのでは上場できるほどの業績を上げ
ることはできない。製造直販、つまり、豆腐屋のユニクロになろうと決めた
そうです。

ここからも"常識にとらわれない売り方の試行"です。
「工場の近くに無料販売所を置く」「豆腐専門飲食店を作る」「酒屋で豆腐
を売るFC展開」など奇抜なアイデアを実現させていき、念願の上場へ向か
っていきます。

これも、樽見社長のバイタリティとアイデアのなせる業のように見えますが、
実際には失敗の連続だったはずです。むしろ、冷静な財務からの視点と、成
功・失敗の見極めの速さが成功の要因だったと思われます。

■もうひとつ重要なのは、樽見社長が、原点を見失わなかったことです。

こう言っています。「豆富の製造小売にこだわりぬく」

上場した時、飲食店の売上が7割あったそうですが、樽見社長にとって飲食
店は豆腐を売るための手段の一つだという位置づけだったそうですから、飲
食店展開を深追いしませんでした。飲食店は売却して、オフバランス化して
います。

また小売のFC展開も自社ではせず、コンサル会社に任せています。

なぜなら、篠崎屋は、製造した豆腐を様々な方法で消費者に販売することで
収益を上げる会社だと決めているからだそうです。

こういう「わが社はどこで儲けるか」というビジネスモデルがはっきりして
いてブレないことは、経営にとって非常に重要です。儲かりそうだからと何
にでも手を出す企業が成功した例を私は見たことがありません。

いかにも華麗な展開・転進が目立つ篠崎屋がやっていけるのは、安易に儲か
る方向へ行かなかったという一点であると私は思います。

■逆に言うと「豆富」あるいは「製造小売」という原点を外した時が要注意
です。

現在、M&Aで豆腐以外の品揃えを増やしているようですが、ビジネスドメ
イン(誰に、何を、どのように)の「何を」が変わる日が来るかも知れませ
ん。

確かに、さらに大きくなるためには、ドメインの変更をしなければならない
時もありますが、そういうバランスが崩れる時に危機は訪れます。気をつけ
てください。

事業がうまく展開できることを祈っております。



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