阪神タイガースはいつまでダメ虎なのか

2020.10.15

(2020年10月15日メルマガより)

■今日は本を紹介します。

「サラリーマン球団社長」清武英利氏の著作です。

サラリーマン球団社長 (文春e-book)
清武 英利
文藝春秋
2020-08-26


これ面白い!おススメです。

阪神タイガースと広島カープという老舗球団改革に取り組んだ二人の球団社長の話です。

老舗の人気球団といえども、資金力のない弱小球団であるこの2チーム。

チーム成績も低迷しているため、球団としての収益も振るいませんでした。

そんな中、球団社長になった野球経験のないサラリーマンが、旧態依然とした老舗球団を改革していきます。

球団の運営は、現場の監督の能力だけに頼るものではありません。

球団の経営、スカウトや育成をふくめた編成、そして現場の選手や監督が充実してこそ成果がでるというものです。

ソフトバンクホークスや楽天イーグルス、DeNAベイスターズなど新規球団はそのあたりのことが理解されているので、比較的うまい運営がなされており、黒字経営です。

ところが、阪神タイガースや広島カープのような老舗球団は、歴史がある分だけ負の遺産も抱えています。

いわゆる既得権益を持つ守旧派が改革を邪魔しようとします。

改革派の球団社長は、そんな抵抗勢力と戦わなければなりません。さぞ苦しい戦いだったことでしょう。

その甲斐あって、阪神タイガースは、2003年、2005年の優勝。広島カープは、2016年から2018年までの三連覇というわかりやすい結果で実を結びます。

サラリーマンでもやればできる!ということを感じさせてくれる本です。


■もう一つ。これは告発の本でもあります。

阪神タイガースが、これほどの人気球団でありながら、低迷し続けているのはなぜなのか。

2005年の優勝以来、14年も遠ざかっているのはなぜなのか。

それをわかりやすく見せてくれます。

ある意味、オーナーの個人的友人であり、強力なバックアップがあった広島カープの球団社長はやりやすかったかも知れません。

しかし、オーナー自身に問題があると描かれている阪神タイガースの改革はより大変だったはずです。

しかも、阪神球団の社長は、球団の不利益になることでも、プロ野球全体の利益になることなら推し進めようとする人でした。

守旧派だけではなく、オーナーと対立することさえあったようです。

この社長の退団後、阪神タイガースに守旧派の揺り戻しが来たことが残念でなりません。

今年も、コロナ騒動で三度も球界を騒がせた阪神タイガースとは何なのか。

これはもう阪急タイガースになった方がマシなのではないかと思ってしまいます。

今回のメルマガでは、この本の中から、阪神タイガースの問題に絞って、書かせていただきます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2000頃から日本のプロ野球に改革の波が押し寄せました。

日本全体の人口減少、スポーツエンターテイメントの多様化、テレビ離れなどの要因で、テレビ放映料をあてにした経営が立ちいかなくなり、ビジネスモデルの変更が求められたからです。

変革の時代を象徴する出来事が、2004年の近鉄球団の消滅と、そこに端を発するセ・リーグとパ・リーグ2リーグ制の廃止議論です。

セ・リーグでも苦しいのに、このままではパ・リーグの存立さえ危うくなると考えた一部の球団オーナーと読売巨人オーナーが賛同して、8球団1リーグ制にしようという構想が、一時は実現寸前でした。

もっとも縮小均衡は、長期低迷を助長しこそすれ、反転につながることは殆どありません。

プロ野球選手会と読売を除くセ・リーグ5球団は、1リーグ構想に敢然と異を唱え、2リーグ制維持を勝ち取りました。

その後、楽天球団が新規参入し、そのほかのパ・リーグ球団とともに、地域密着経営を掲げて、成果を上げているのは、周知のとおりです。

1リーグ制に移行していれば、どうなっていたことだろうと、胸をなでおろしている関係者も多いのではないでしょうか。

あの1リーグ制構想にまっこうから反対した急先鋒が、阪神タイガース球団社長の野崎勝義氏でした。

先進的な考えの持ち主だった野崎氏は、それぞれの球団が経営改革を行ったうえ、戦力均衡する仕組みを作れば、プロ野球は発展できると考えていたようです。

自球団の利益を優先するオーナーと対立してまでも、全体的長期的ビジョンに立った信念を貫いた野崎氏のような人がいたからこそ、今日のプロ野球があるのだと思わずにはいられません。


サラリーマン社長の奮闘


そんな野崎氏の奮闘を描いているのが、清武英利氏によるノンフィクション「サラリーマン球団社長」です。
サラリーマン球団社長 (文春e-book)
清武 英利
文藝春秋
2020-08-26



清武氏といえば、いまではすっかり売れっ子ノンフィクション作家として有名ですが、かつては読売巨人のサラリーマン球団社長として、球団改革に取り組んだ人です。

かつて他チームのエースと4番を獲りまくって批判を浴びていた巨人が、いまではすっかり生え抜き選手が活躍する育成上手な球団になったのは、清武氏の改革があったからだと目されています。

もっとも、サラリーマンゆえの悲哀があったのか、絶対権力者である渡邊恒雄氏の行状を告発して解雇されてしまいました。

そんな清武氏の著作ですから、野崎氏の奮闘苦闘の描き方にも熱がこもっています。

面白いので、ぜひ読んでください。


ケチ電鉄の下で何もできないダメ虎


野崎氏は、阪神電鉄旅行部(阪神航空)の優秀な営業マンでした。

優秀であるが上司に逆らっても自説を曲げないところがあり、煙たがられたのかも知れません。54歳の時に、阪神タイガースに営業担当として出向となりました。

阪神タイガースは、関西屈指の人気球団であり、全国にもファンが大勢います。阪神電鉄は知られなくても、タイガースの名は知れ渡っています。

ところが、そんな人気球団も、電鉄にとっては、子会社の一つにすぎません。

1985年、バース、掛布、岡田を擁する阪神タイガースは、打ちまくって優勝し、日本一にもなりました。大ブームが沸き起こり、経営的にも大きな収益をもたらしました。

が、球団職員全員に臨時ボーナスを配ったことが電鉄の逆鱗に触れてしまったといいます。子会社が勝手なことをするな!というわけです。

以降、阪神電鉄は、球団が儲けたお金を吸い上げるようになり、球団は何をするにも電鉄にお伺いを立てなければ資金を捻出できなくなってしまったということです。

人気球団で儲かっているにも関わらず、ケチな電鉄の下で手足を縛られたような運営を強いられるのは、そういう事情があります。

しかも、野崎氏が出向したのは、ダメ虎暗黒時代の真っただ中です。

「これ以上悪くならない」というのがポジティブに聞こえるほど最悪の状態です。

そんな中、野崎氏は、営業担当者として、テレビ局との放送契約の見直し、観客動員の向上、チケット販売の電子化、グッズ販売の向上、ファンクラブの整備などを手掛けていきました。


「球団なんて大したことない」


当時、球団のオーナーは、阪神電鉄会長の久万俊二郎氏です。バブル経済崩壊にも電鉄を守り抜いた手堅い手腕が評価される経営者であり、球界においては、東のナベツネ、西のクマと称された名物オーナーでした。

久万氏は、一筋縄でいかない複雑な人物であり、野崎氏をバックアップしたかと思えば、梯子を外して苦しめます。2000年代のタイガースの興亡を招いたのは、まさにオーナーの功罪であったと言えそうです。

外様監督として招かれた野村克也氏や星野仙一氏はいずれも「阪神の長期低迷を招いたのはオーナーの責任」と本人に向けて発言したといわれています。

実は久万氏には、電鉄の経営者としてのプライドがあったのか、タイガースのオーナーとして持ち上げられることを善しとしなかったきらいがあるようです。

「球団なんて大したことない。たいして儲からんから、強い弱いとかどうでもええ」と野崎氏に言ったとされています。

それが本音だとすれば、オーナーとして、とんでもない見識の低さであり、タイガースというソフトの価値を何もわかっていないということです。

全国的には、阪神電鉄よりもタイガースの方が有名です。タイガースファンは、全国に多く、経済波及効果がしばしば話題になるほどです。

ところが当のオーナーが「電鉄の方が偉いんや。野球なんてどうでもいい」と勝手な自尊心を振りかざしているのだとすれば、確かに低迷の責任はオーナーにあります。

もし今のオーナーも同じように考えているとすれば、即刻、阪急さんに介入していただきたいと思う次第です。


野村、星野両監督による改革


ただ久万氏が複雑なのは、このままでは球団はダメだということを理解し、独断で野村克也氏、星野仙一氏という大物監督を招聘するというアンビバレントな行動をとったことです。

大物OBやタニマチに気を遣うOB監督と違って、野村氏、星野氏は、球団の問題にずけずけと切り込んでいきました。

野村監督は、球団の中心は編成部だと看過し、スカウトや育成体制の変革を求めました。スカウトはOBたちの既得権益であり、聖域ですから反発します。

野村監督が、OBの味方をする当時の球団社長と対立したため、久万オーナーは球団社長を更迭しました。

その後任となったのが、野崎氏です。

編成部の改革の必要性を感じていた野崎氏とすれば、渡りに船の球団社長就任でした。

野崎氏は、守旧派の抵抗にあいながらも、スカウト陣を刷新するなどの改革を進めていきます。

野村監督の後を継いだ星野監督はさらにしたたかでした。

星野監督は、GM(ゼネラルマネージャー)のような動きで、就任2年目には、24人の選手を入れ替えるという大リストラを断行します。(支配下登録枠70人)

ぬるま湯に慣れた選手に対する強烈なカンフル剤でもあり、自身の影響力拡大の意味もあったでしょう。

同時に、人心掌握術に優れた星野監督は、選手の家族や裏方スタッフ、報道陣にも気配りを欠かさず、影響力を深めていきました。

星野監督が、健康不安があって辞任した際、野崎氏は、球団社長を譲ってもいいから球団に残ってほしいと懇願したとされています。

ところが、久万オーナーがそれを許しませんでした。

久万オーナーは、星野氏の剛腕を警戒しており、阪神に影響力が残ることを善しとしていませんでした。常々「星野はおれが斬る」と言っていたそうですから。

結局、星野監督は、SD(シニア・ディレクター)という訳のわからない肩書で球団に残りますが、権限は制限され、そのうち楽天球団に移籍していきました。

やはり、守旧派の壁は高かったようです。


パ・リーグ球団に奪われた果実


野崎氏のもう一つの功績は、吉村浩氏を日本球界に招いたことでしょう。

吉村氏は、スポーツ新聞の記者、パ・リーグ職員を経て、メジャーのデトロイト・タイガースGM補佐を務めていた人物です。

2002年、野崎氏は、吉村氏を阪神タイガースに採用しました。期待したのは、スカウト部門の改革でした。

吉村氏は、BOS(ベースボール・オペレーション・システム)いわゆるマネーボール理論を日本に導入することを目指しました。

マネーボールとは、ブラッド・ピット主演で映画化されたハリウッド映画の題名でもあり、その原作となった書籍の題名です。

これは、メジャーリーグの弱小球団オークランド・アスレチックスのGMだったビリー・ビーンが、統計分析の専門家の助けを借りて作り上げた独自の指標で選手を一元管理し、金をかけずに強力なチームを作り上げた実例をもとにしたノンフィクション・ストーリーです。

例えば、野手であれば、出塁率、長打率、被四球率など。投手であれば、与四球率、奪三振率、被本塁打率など。

つまり、得点や失点と相関関係の高い指標を独自に集計し、一見凡庸でも必要な選手を集めることで、勝てるチームを安い資金で作ることができるわけです。

それまで多くのチームのスカウトは、プロとしての眼力や経験でいい選手を見つけていました。誰がみてもいい選手はいい選手です。競争が激しく、資金がかかります。

ところが、アスレチックスは、誰も目につけていない選手を高く評価するものですから、容易に獲ることができます。

少ない資金で勝てるチームを作るには、不可欠なシステムです。

野崎氏と吉村氏は、日本で初めて、BOSを導入することに成功しました。

ところが、これは殆ど運用されず、幻のシステムとなってしまったようです。

このシステムの鍵となるのが一元管理です。

スカウト個人が「いい選手です」と評価するだけではなく、それを細かな指標に分解して集計し、統計的に評価できるようにしなければなりません。

また監督やコーチも、指標を細かに見て、チーム編成や采配を考えなければなりません。

スカウト、育成、采配の三者が同じ指標で運用するからチームと裏方全体が同じ観点で考え、指導することができるのです。

ところが、現場のスカウトは、細かな指標を入力することなど面倒がって、使いませんでしたし、監督やコーチも参照することはありませんでした。

1リーグ騒動で忙しかった野崎氏は、現場での運用を徹底させることができなかったようです。

結局、吉村氏は、日本ハムファイターズにヘッドハンティングされて、移籍していきます。

日本ハムは、吉村氏を重用し、BOSは完全な形で運用されました。

現在、日本ハムファイターズが、年俸の高い選手を定期的に放出しながらも、若い選手をうまく育成し、3年に1度の優勝という目標を達成しているのは、BOSが機能しているからだといわれています。

常勝ソフトバンクホークスも、今はBOSを活用しているそうで、阪神タイガースの撒いた種は、パ・リーグで着実に花咲いているようですな。


阪神タイガースは変われるのか


2004年、獲得を目指す学生に裏金を渡していたという問題が表面化し、読売巨人渡邊恒雄会長、阪神タイガースの久万オーナーともに辞任に追い込まれます。

同時に、野崎球団社長も責任をとって辞任、翌年には退社します。

野崎氏の退社とともに、改革は潰えてしまったのでしょうか。

2006年の村上ファンドによる乗っ取り騒ぎをみていると、阪神グループのぬるま湯体質は相変わらずだったのだなあと思わずにはいられません。

今年はコロナ禍の中、なんとか3位につけていますが、三度にわたって感染騒動や、規律違反を指摘される始末です。

また矢野監督を退任させて幕引きにするとすれば、体質は何も変わっていないといわざるを得ませんな。

要するに、阪神タイガースの問題は、責任の所在がはっきりしないために、責任をとらなくてよい事なかれ主義のフロントです。

フロントが与しやすいから、かつて野村克也監督が指摘したように、OBやタニマチ、番記者たちが選手や球団を都合のいいようにしてしまいます。

その裏には、球団なんてどうでもいいとうそぶくオーナーがいました。こんなオーナーだから玩具にされてしまうのです。

球団はファンのためにある。とくに阪神タイガースは全国区ですから、責任は大きいはずです。そう思えるオーナーでないなら、代わってもらいたい。

そして、球団を一元管理できるような球団社長やGMを置いて、BOSを運用させることです。OBやタニマチに有無を言わせないような運用をすればよろしい。

常勝とはいいません。せめて、時々、優勝するチームでいてほしい。

日本ハムのように3年に1度の優勝なら万々歳です。

いや、6年に1度でもいい。セ・リーグは6球団しかないので、それなら平凡な目標じゃないですか。それでもいいんです。


(2020年10月15日メルマガより)

■今日は本を紹介します。

「サラリーマン球団社長」清武英利氏の著作です。

サラリーマン球団社長 (文春e-book)
清武 英利
文藝春秋
2020-08-26


これ面白い!おススメです。

阪神タイガースと広島カープという老舗球団改革に取り組んだ二人の球団社長の話です。

老舗の人気球団といえども、資金力のない弱小球団であるこの2チーム。

チーム成績も低迷しているため、球団としての収益も振るいませんでした。

そんな中、球団社長になった野球経験のないサラリーマンが、旧態依然とした老舗球団を改革していきます。

球団の運営は、現場の監督の能力だけに頼るものではありません。

球団の経営、スカウトや育成をふくめた編成、そして現場の選手や監督が充実してこそ成果がでるというものです。

ソフトバンクホークスや楽天イーグルス、DeNAベイスターズなど新規球団はそのあたりのことが理解されているので、比較的うまい運営がなされており、黒字経営です。

ところが、阪神タイガースや広島カープのような老舗球団は、歴史がある分だけ負の遺産も抱えています。

いわゆる既得権益を持つ守旧派が改革を邪魔しようとします。

改革派の球団社長は、そんな抵抗勢力と戦わなければなりません。さぞ苦しい戦いだったことでしょう。

その甲斐あって、阪神タイガースは、2003年、2005年の優勝。広島カープは、2016年から2018年までの三連覇というわかりやすい結果で実を結びます。

サラリーマンでもやればできる!ということを感じさせてくれる本です。


■もう一つ。これは告発の本でもあります。

阪神タイガースが、これほどの人気球団でありながら、低迷し続けているのはなぜなのか。

2005年の優勝以来、14年も遠ざかっているのはなぜなのか。

それをわかりやすく見せてくれます。

ある意味、オーナーの個人的友人であり、強力なバックアップがあった広島カープの球団社長はやりやすかったかも知れません。

しかし、オーナー自身に問題があると描かれている阪神タイガースの改革はより大変だったはずです。

しかも、阪神球団の社長は、球団の不利益になることでも、プロ野球全体の利益になることなら推し進めようとする人でした。

守旧派だけではなく、オーナーと対立することさえあったようです。

この社長の退団後、阪神タイガースに守旧派の揺り戻しが来たことが残念でなりません。

今年も、コロナ騒動で三度も球界を騒がせた阪神タイガースとは何なのか。

これはもう阪急タイガースになった方がマシなのではないかと思ってしまいます。

今回のメルマガでは、この本の中から、阪神タイガースの問題に絞って、書かせていただきます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2000頃から日本のプロ野球に改革の波が押し寄せました。

日本全体の人口減少、スポーツエンターテイメントの多様化、テレビ離れなどの要因で、テレビ放映料をあてにした経営が立ちいかなくなり、ビジネスモデルの変更が求められたからです。

変革の時代を象徴する出来事が、2004年の近鉄球団の消滅と、そこに端を発するセ・リーグとパ・リーグ2リーグ制の廃止議論です。

セ・リーグでも苦しいのに、このままではパ・リーグの存立さえ危うくなると考えた一部の球団オーナーと読売巨人オーナーが賛同して、8球団1リーグ制にしようという構想が、一時は実現寸前でした。

もっとも縮小均衡は、長期低迷を助長しこそすれ、反転につながることは殆どありません。

プロ野球選手会と読売を除くセ・リーグ5球団は、1リーグ構想に敢然と異を唱え、2リーグ制維持を勝ち取りました。

その後、楽天球団が新規参入し、そのほかのパ・リーグ球団とともに、地域密着経営を掲げて、成果を上げているのは、周知のとおりです。

1リーグ制に移行していれば、どうなっていたことだろうと、胸をなでおろしている関係者も多いのではないでしょうか。

あの1リーグ制構想にまっこうから反対した急先鋒が、阪神タイガース球団社長の野崎勝義氏でした。

先進的な考えの持ち主だった野崎氏は、それぞれの球団が経営改革を行ったうえ、戦力均衡する仕組みを作れば、プロ野球は発展できると考えていたようです。

自球団の利益を優先するオーナーと対立してまでも、全体的長期的ビジョンに立った信念を貫いた野崎氏のような人がいたからこそ、今日のプロ野球があるのだと思わずにはいられません。


サラリーマン社長の奮闘


そんな野崎氏の奮闘を描いているのが、清武英利氏によるノンフィクション「サラリーマン球団社長」です。
サラリーマン球団社長 (文春e-book)
清武 英利
文藝春秋
2020-08-26



清武氏といえば、いまではすっかり売れっ子ノンフィクション作家として有名ですが、かつては読売巨人のサラリーマン球団社長として、球団改革に取り組んだ人です。

かつて他チームのエースと4番を獲りまくって批判を浴びていた巨人が、いまではすっかり生え抜き選手が活躍する育成上手な球団になったのは、清武氏の改革があったからだと目されています。

もっとも、サラリーマンゆえの悲哀があったのか、絶対権力者である渡邊恒雄氏の行状を告発して解雇されてしまいました。

そんな清武氏の著作ですから、野崎氏の奮闘苦闘の描き方にも熱がこもっています。

面白いので、ぜひ読んでください。


ケチ電鉄の下で何もできないダメ虎


野崎氏は、阪神電鉄旅行部(阪神航空)の優秀な営業マンでした。

優秀であるが上司に逆らっても自説を曲げないところがあり、煙たがられたのかも知れません。54歳の時に、阪神タイガースに営業担当として出向となりました。

阪神タイガースは、関西屈指の人気球団であり、全国にもファンが大勢います。阪神電鉄は知られなくても、タイガースの名は知れ渡っています。

ところが、そんな人気球団も、電鉄にとっては、子会社の一つにすぎません。

1985年、バース、掛布、岡田を擁する阪神タイガースは、打ちまくって優勝し、日本一にもなりました。大ブームが沸き起こり、経営的にも大きな収益をもたらしました。

が、球団職員全員に臨時ボーナスを配ったことが電鉄の逆鱗に触れてしまったといいます。子会社が勝手なことをするな!というわけです。

以降、阪神電鉄は、球団が儲けたお金を吸い上げるようになり、球団は何をするにも電鉄にお伺いを立てなければ資金を捻出できなくなってしまったということです。

人気球団で儲かっているにも関わらず、ケチな電鉄の下で手足を縛られたような運営を強いられるのは、そういう事情があります。

しかも、野崎氏が出向したのは、ダメ虎暗黒時代の真っただ中です。

「これ以上悪くならない」というのがポジティブに聞こえるほど最悪の状態です。

そんな中、野崎氏は、営業担当者として、テレビ局との放送契約の見直し、観客動員の向上、チケット販売の電子化、グッズ販売の向上、ファンクラブの整備などを手掛けていきました。


「球団なんて大したことない」


当時、球団のオーナーは、阪神電鉄会長の久万俊二郎氏です。バブル経済崩壊にも電鉄を守り抜いた手堅い手腕が評価される経営者であり、球界においては、東のナベツネ、西のクマと称された名物オーナーでした。

久万氏は、一筋縄でいかない複雑な人物であり、野崎氏をバックアップしたかと思えば、梯子を外して苦しめます。2000年代のタイガースの興亡を招いたのは、まさにオーナーの功罪であったと言えそうです。

外様監督として招かれた野村克也氏や星野仙一氏はいずれも「阪神の長期低迷を招いたのはオーナーの責任」と本人に向けて発言したといわれています。

実は久万氏には、電鉄の経営者としてのプライドがあったのか、タイガースのオーナーとして持ち上げられることを善しとしなかったきらいがあるようです。

「球団なんて大したことない。たいして儲からんから、強い弱いとかどうでもええ」と野崎氏に言ったとされています。

それが本音だとすれば、オーナーとして、とんでもない見識の低さであり、タイガースというソフトの価値を何もわかっていないということです。

全国的には、阪神電鉄よりもタイガースの方が有名です。タイガースファンは、全国に多く、経済波及効果がしばしば話題になるほどです。

ところが当のオーナーが「電鉄の方が偉いんや。野球なんてどうでもいい」と勝手な自尊心を振りかざしているのだとすれば、確かに低迷の責任はオーナーにあります。

もし今のオーナーも同じように考えているとすれば、即刻、阪急さんに介入していただきたいと思う次第です。


野村、星野両監督による改革


ただ久万氏が複雑なのは、このままでは球団はダメだということを理解し、独断で野村克也氏、星野仙一氏という大物監督を招聘するというアンビバレントな行動をとったことです。

大物OBやタニマチに気を遣うOB監督と違って、野村氏、星野氏は、球団の問題にずけずけと切り込んでいきました。

野村監督は、球団の中心は編成部だと看過し、スカウトや育成体制の変革を求めました。スカウトはOBたちの既得権益であり、聖域ですから反発します。

野村監督が、OBの味方をする当時の球団社長と対立したため、久万オーナーは球団社長を更迭しました。

その後任となったのが、野崎氏です。

編成部の改革の必要性を感じていた野崎氏とすれば、渡りに船の球団社長就任でした。

野崎氏は、守旧派の抵抗にあいながらも、スカウト陣を刷新するなどの改革を進めていきます。

野村監督の後を継いだ星野監督はさらにしたたかでした。

星野監督は、GM(ゼネラルマネージャー)のような動きで、就任2年目には、24人の選手を入れ替えるという大リストラを断行します。(支配下登録枠70人)

ぬるま湯に慣れた選手に対する強烈なカンフル剤でもあり、自身の影響力拡大の意味もあったでしょう。

同時に、人心掌握術に優れた星野監督は、選手の家族や裏方スタッフ、報道陣にも気配りを欠かさず、影響力を深めていきました。

星野監督が、健康不安があって辞任した際、野崎氏は、球団社長を譲ってもいいから球団に残ってほしいと懇願したとされています。

ところが、久万オーナーがそれを許しませんでした。

久万オーナーは、星野氏の剛腕を警戒しており、阪神に影響力が残ることを善しとしていませんでした。常々「星野はおれが斬る」と言っていたそうですから。

結局、星野監督は、SD(シニア・ディレクター)という訳のわからない肩書で球団に残りますが、権限は制限され、そのうち楽天球団に移籍していきました。

やはり、守旧派の壁は高かったようです。


パ・リーグ球団に奪われた果実


野崎氏のもう一つの功績は、吉村浩氏を日本球界に招いたことでしょう。

吉村氏は、スポーツ新聞の記者、パ・リーグ職員を経て、メジャーのデトロイト・タイガースGM補佐を務めていた人物です。

2002年、野崎氏は、吉村氏を阪神タイガースに採用しました。期待したのは、スカウト部門の改革でした。

吉村氏は、BOS(ベースボール・オペレーション・システム)いわゆるマネーボール理論を日本に導入することを目指しました。

マネーボールとは、ブラッド・ピット主演で映画化されたハリウッド映画の題名でもあり、その原作となった書籍の題名です。

これは、メジャーリーグの弱小球団オークランド・アスレチックスのGMだったビリー・ビーンが、統計分析の専門家の助けを借りて作り上げた独自の指標で選手を一元管理し、金をかけずに強力なチームを作り上げた実例をもとにしたノンフィクション・ストーリーです。

例えば、野手であれば、出塁率、長打率、被四球率など。投手であれば、与四球率、奪三振率、被本塁打率など。

つまり、得点や失点と相関関係の高い指標を独自に集計し、一見凡庸でも必要な選手を集めることで、勝てるチームを安い資金で作ることができるわけです。

それまで多くのチームのスカウトは、プロとしての眼力や経験でいい選手を見つけていました。誰がみてもいい選手はいい選手です。競争が激しく、資金がかかります。

ところが、アスレチックスは、誰も目につけていない選手を高く評価するものですから、容易に獲ることができます。

少ない資金で勝てるチームを作るには、不可欠なシステムです。

野崎氏と吉村氏は、日本で初めて、BOSを導入することに成功しました。

ところが、これは殆ど運用されず、幻のシステムとなってしまったようです。

このシステムの鍵となるのが一元管理です。

スカウト個人が「いい選手です」と評価するだけではなく、それを細かな指標に分解して集計し、統計的に評価できるようにしなければなりません。

また監督やコーチも、指標を細かに見て、チーム編成や采配を考えなければなりません。

スカウト、育成、采配の三者が同じ指標で運用するからチームと裏方全体が同じ観点で考え、指導することができるのです。

ところが、現場のスカウトは、細かな指標を入力することなど面倒がって、使いませんでしたし、監督やコーチも参照することはありませんでした。

1リーグ騒動で忙しかった野崎氏は、現場での運用を徹底させることができなかったようです。

結局、吉村氏は、日本ハムファイターズにヘッドハンティングされて、移籍していきます。

日本ハムは、吉村氏を重用し、BOSは完全な形で運用されました。

現在、日本ハムファイターズが、年俸の高い選手を定期的に放出しながらも、若い選手をうまく育成し、3年に1度の優勝という目標を達成しているのは、BOSが機能しているからだといわれています。

常勝ソフトバンクホークスも、今はBOSを活用しているそうで、阪神タイガースの撒いた種は、パ・リーグで着実に花咲いているようですな。


阪神タイガースは変われるのか


2004年、獲得を目指す学生に裏金を渡していたという問題が表面化し、読売巨人渡邊恒雄会長、阪神タイガースの久万オーナーともに辞任に追い込まれます。

同時に、野崎球団社長も責任をとって辞任、翌年には退社します。

野崎氏の退社とともに、改革は潰えてしまったのでしょうか。

2006年の村上ファンドによる乗っ取り騒ぎをみていると、阪神グループのぬるま湯体質は相変わらずだったのだなあと思わずにはいられません。

今年はコロナ禍の中、なんとか3位につけていますが、三度にわたって感染騒動や、規律違反を指摘される始末です。

また矢野監督を退任させて幕引きにするとすれば、体質は何も変わっていないといわざるを得ませんな。

要するに、阪神タイガースの問題は、責任の所在がはっきりしないために、責任をとらなくてよい事なかれ主義のフロントです。

フロントが与しやすいから、かつて野村克也監督が指摘したように、OBやタニマチ、番記者たちが選手や球団を都合のいいようにしてしまいます。

その裏には、球団なんてどうでもいいとうそぶくオーナーがいました。こんなオーナーだから玩具にされてしまうのです。

球団はファンのためにある。とくに阪神タイガースは全国区ですから、責任は大きいはずです。そう思えるオーナーでないなら、代わってもらいたい。

そして、球団を一元管理できるような球団社長やGMを置いて、BOSを運用させることです。OBやタニマチに有無を言わせないような運用をすればよろしい。

常勝とはいいません。せめて、時々、優勝するチームでいてほしい。

日本ハムのように3年に1度の優勝なら万々歳です。

いや、6年に1度でもいい。セ・リーグは6球団しかないので、それなら平凡な目標じゃないですか。それでもいいんです。


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