井上尚弥がはじめての苦戦から得たもの

2019.11.14

(2019年11月14日メルマガより)

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2019年11月7日、埼玉スーパーアリーナで開催されたWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)バンタム級決勝戦、井上尚弥vsノニト・ドネア戦は、多くの意味で衝撃でした。

井上の早期KO決着という大方の予想に反した12ラウンドの激闘。しかも井上がKO負け寸前まで追いつめられるという想定外の展開です。

戦前の予想を覆したノニト・ドネアの奮闘も素晴らしかったですし、それでも勝ち切った井上尚弥の底力には驚嘆しました。


世界チャンピオン同士の勝ち抜き戦 WBSS


WBSSとは、ボクシング多団体のチャンピオン級同士がトーナメント形式で闘って、チャンピオンの中のチャンピオンを決めようという壮大なイベントです。

いまボクシングの認定団体が乱立しており、それぞれが独自にチャンピオンを認定しています。

日本が認めている主要認定団体は4つ。WBC、WBA、WBO、IBFです。

体重差による階級も昔と比べて細分化されている(17階級)ので、いま世界チャンピオンといわれる人は、単純計算で68人いることになります。

しかも、認定団体ごとに正規チャンピオン、暫定チャンピオン、スーパーチャンピオン、フランチャイズチャンピオンなど独自制度を設けているので、わけがわからなくなっています。

これでは世界チャンピオンになってもいちばん強いという証明にはなりません。

そんなボクシングファンの混乱と不満を解消しようとして企画されたのが、WBSSです。

各団体のチャンピオン級猛者を集めて勝ち抜き戦をやるのだから、ここで勝った者が、真の世界一だということができます。

(それでも怪我したりして欠場した者が、本当はオレが世界一だ!と吠えていますが)


5階級制覇のレジェンド ノニト・ドネア


このWBSSバンタム級トーナメントにおいて、決勝まで勝ち上がってきたのが、日本人の井上尚弥です。

しかも1回戦では、ファン・カルロス・パヤノ(元WBAバンタム級世界スーパーチャンピオン)に1ラウンドKO勝ち。2回戦では、エマヌエル・ロドリゲス(IBFバンタム級世界チャンピオン)に2ランドKO勝ちという日本人史上最強だという実力を遺憾なく発揮しての決勝進出です。


これに対してもう一人の決勝進出者が、フィリピンの閃光という異名を持つノニト・ドネアです。

ドネアは、フライ級、スーパーフライ級、バンタム級、スーパーバンタム級、フェザー級の5階級で世界チャンピオンになったとんでもない実力者です。

一時期は、同じフィリピンの英雄マニー・パッキャオ(6階級制覇、とびとびで制覇していったので、実質の階級差は10階級)の後継者と目されていたものです。

しかし、さすがのドネアも重い階級では体格差に悩まされ、負けが込むようになりました。

5階級制覇のレジェンドも、いまや36歳。かつてのスピードは失われ、一発のパンチ力に頼る戦い方になっています。

このWBSSでも1回戦は相手の負傷によるTKO勝ち。2回戦は直前で相手が怪我で離脱、リザーブ選手相手に6ラウンドKOでしたが、内容はすっきりしたものではありませんでした。

ここまでの経緯をみると、井上の早期KO決着は確実だろうといわれるのも無理ありませんでした。


英国ブックメーカーの掛け率では、井上1.1倍、ドネア5~6倍という一方的なオッズがつけられていたといいます。

試合直前には「ドネアは簡単な相手ではない」「井上の苦戦もありうる」という論調の報道が盛んになされましたが、それは試合を盛り上げようという意図が見え見えで、誰も本気にはしていなかったでしょう。

実は私も、3ラウンドまでに井上がドネアを倒すと予想していました。

それぐらい実力差があると思っていたのです。

ところが、そんな予想は見事に覆されました。

ドネア様、ごめんなさい。ですわ。


井上はなぜここまで苦戦したのか?


なぜドネアは、井上をここまで苦しめることができたのか。

これはもう経験値の差が出てしまったと言わねばなりますまい。

ドネアは、いまの能力でできることに集中しました。ノープランで闘えば勝てないでしょうから、勝てる作戦を立てなければなりません。

その作戦が全てうまくいったのがドネアで、そのため井上は実力を殆ど出せませんでした。

具体的にいいます。ドネアの武器は、井上に勝る体格、一発のパンチ力(特に左フック)、パンチのあてカン、パンチに対する耐久力、世界戦を何度も闘ってきた経験です。

この武器で勝てる闘い方を選択し、実行しました。


試合が始まって1ラウンドは、井上の実力が際立っていました。スピードの違いは歴然で、ドネアのパンチが届く前に、井上のパンチが命中するシーンが何度もありました。

1ラウンドを見る限り、早いラウンドでのKO決着は必至だと思えました。

そこに井上の油断があったのかも知れません。2ラウンド、ドネアの仕掛ける接近戦にやすやすと応じてしまいました。

井上とすればよもやパンチを貰うとは思っていなかったのでしょう。しかし、ドネアは身体を沈めてボディを打つと見せかけ、そのまま肩を縦回転させて井上の顔に左フックをぶち込みてました。

井上が唯一警戒していた左フックが2ラウンドで炸裂してしまったのです。

ここがドネアの老獪さです。1ラウンドを捨てて井上を油断させ、2ラウンドの左フックにつなげていったのです。

もし再戦するなら、こうはいきません。井上はジャブをつき、ドネアを接近させないようにするでしょうから。

これが井上の弱点であった経験値だといえるでしょう。

もしこのパンチがこめかみや顎に当たっていたら、そこで試合は終わっていたかも知れません。幸い、それは井上の顔の中心に当たりました。井上が倒れることはありませんでしたが、その代わり、右眼底骨と鼻骨は破壊され、右目瞼に裂傷を負うことになってしまいました。

この1発のパンチにより、井上はまともに闘えなくなってしまいました。

右目は視界に異常をきたし、距離感をうまくつかめなくなってしまいました。また右瞼の裂傷は、これ以上深くなると試合を止められるレベルでした。

これ以降、井上は瞼を庇いながら闘うことを余技されなくなりました。

すなわち右手は防御のために使うので攻撃が疎かになります。

さらには、距離感がつかめないので、遠く離れて闘わなければなりません。


手負いの状態で12ラウンドの死闘


しかし、井上は冷静でした。この時「左ジャブをついて距離をとる。判定狙いに切り替える」ことを決断します。

残り10ラウンドもあるのですよ。

井上といえばアマチュア時代からエリートで、顔に傷を負ったことはおろか、まともにパンチをもらったことがないボクサーです。

そんな若者が、人生で初めて、右目の視界を失うほどの傷を負いながら、これほど冷静な判断をしていたのです。

いったい、この人のメンタルはどういう構造をしているのでしょうか?

しかも、それをやり切ってしまったのです。目論見通り、判定でドネアを退けたのです。


ドネアの作戦は、ガードを固めて距離をつぶし、接近戦に持ち込むことでした。井上が距離を取り始めてからは、カウンター狙いが中心です。

いかんせんスピード勝負では勝ち目はありません。だから接近するか、相手がパンチを打ってきた時にしか、当てることができません。

いつもの井上なら、ガードの上からでも効かせるパンチ力があるのですが、この日は遠近感がつかめませんから、強いパンチが打ちにくくなっています。

しかも、フェザー級でも闘ってきたドネアは、井上より一回り身体が大きく、パンチへの耐久性があります。急所さえ打たれなければ倒れない強さがありました。

ラウンドを重ねるごとにお互いアジャストしていった両者は、中盤から終盤にかけて激しい応酬を繰り広げるようになりました。

井上が右ストレートでドネアをぐらつかせたと思えば、ドネアも右カウンターで井上をダウン寸前にまで追い込みます。

11ラウンドには井上が左ボディでドネアを倒しますが、立ち上がったドネアは左フックを振り回して追撃を阻みます。

最終12ラウンドも手を休めず、最後の瞬間までパンチを振った両者の闘志はすさまじいもので、年間最高試合の声が上がるのも納得の内容でした。


苦戦を経て井上が証明したもの


この試合、確かに井上は苦戦しました。が、それ以上に多くのことを我々に証明しました。

井上について多くの者が抱いていた疑問。。長いラウンドを戦えるスタミナはあるのか?強いパンチを受けた際の耐久性はどうか?突発的なアクシデントに対応できるのか?技術戦やアウトボクシングにも対応できるのか?に満額回答を示しました。

すなわち、井上尚弥が、技術も、スタミナも、耐久性も、とっさのリカバリーもすべて備えたオールラウンダーであることを証明しました。

井上は以前から「苦戦してみたい」「負けてもいい」と発言していました。

普通のボクサーが言えば、とんでもなく思い上がった発言ですが、井上ならば、苦戦したり負けたりすることで何かを掴みたいという気持ちが素直に感じられたものです。

今回はまさに希望通りの苦戦を経験し、得難い経験からさらに強くなるための課題を多く得らえたはずです。

井上尚弥が、この経験を通して、さらに手の付けられないモンスターになることは、間違いないでしょう。


晒された弱点


しかし、世界のボクシングファンはざわついています。

これまで圧倒的な強さで対戦相手を蹴散らしてきた井上が、初めて負けるかも知れない姿をさらしてしまったのです。

強さの底が見えないのがモンスターたる所以でしたが、今や井上も人の子であることが認知されてしまいました。

確かに、手負いの状態で12ラウンド闘い切り、判定勝ちを得た精神力、タフネス、スタミナ、技術力は驚嘆に値います。

が、それ以前に、決して受けてはいけないドネアの左フックをものの見事に当てられてしまったのは事実です。

これがもっと完成されたボクサー、例えば、ワシル・ロマチェンコや、テレンス・クロフォード、サウル・アルバレスなら、よもや早いラウンドで相手のキラーショットを被弾するなどあり得ないと思わせます。

いま世界的に実力が認められたボクサーの特徴は、防御力の高さにあります。パンチを打たれないし、打たれてもダメージを負わない技術を持っています。

井上の防御技術に疑問を抱く世界のボクシング関係者はこれまでもいました。個人的には、井上の防御技術が低いとは思いませんが、上に挙げた著名ボクサーに比べると、見劣りするのかも知れません。なにより今回の試合で、結果として相当打たれる姿を見せてしまったのです。

これからの対戦相手に付け入る隙を与えてしまいました。


井上にとって不可欠なライバルがやってくる


だが、それだからこそ、井上には大きなチャンスが開けたとも言えます。

今回の試合を経て、井上は、米国大手プロモーターのトップランク社と契約しました。

いま世界で最も有名なプロモート会社であり、スター選手を育てることにかけては実績とノウハウを充分に持っています。

おそらく井上は、トップランク社にとっても看板スター選手に育てたい存在のはずです。

まずはラスベガスで実績を積んでスター選手にして、その後、アジアマーケットを開拓するための目玉にしていこうという意図があるでしょう。

トップランク社のスター選手といえば、ファイトマネーも桁違いです。対戦相手もその恩恵を受けることができます。ビッグマネーを稼ぐのは、世界のボクサーにとって最大のモチベーションです。これまで強すぎるといって対戦相手が見つからなかった井上ですが、もうそこに悩むことはないでしょう。

しかも今回、弱点を晒してしまった井上には、これまで鳴りを潜めていたライバルボクサーたちがいっせいに対戦要求を突き付ける事態となりました。

攻略方法が見えたといって自信をつけた対戦相手と、今回の苦戦を経てさらに強くなった井上の試合が面白くないはずがありません。

これまでも、井上尚弥がスターになるために一番足りないのが、強いライバルの存在だと言われていました。

思えばマニー・パッキャオも、マルコ・アントニオ・バレラ、エリック・モラレス、ファン・マヌエル・マルケスといったメキシコの強豪ボクサーとの熾烈なつぶしあいを経て、世界的スターとなっていきました。

決していつも圧倒的に勝っていたわけではありません。僅差の勝敗を積み重ねながら、実力を蓄えていったものです。

井上にとってもスターになっていく上でライバルの存在は不可欠だと思います。そのライバルが、向こうから名乗りを上げて続々とやってくる状態です。

来年から井上は、アメリカで2試合、日本で1試合を行う予定だといいます。

アメリカの試合は地上波テレビでは見れないでしょうが、それでもかまいません。きっとWOWOWかDAZNが放送してくれるでしょう。

そして日本の試合は、年末恒例となっていくはず。

これからの井上のスター街道を楽しみに見ていこうではないですか。


《参考》




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2019年11月7日、埼玉スーパーアリーナで開催されたWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)バンタム級決勝戦、井上尚弥vsノニト・ドネア戦は、多くの意味で衝撃でした。

井上の早期KO決着という大方の予想に反した12ラウンドの激闘。しかも井上がKO負け寸前まで追いつめられるという想定外の展開です。

戦前の予想を覆したノニト・ドネアの奮闘も素晴らしかったですし、それでも勝ち切った井上尚弥の底力には驚嘆しました。


世界チャンピオン同士の勝ち抜き戦 WBSS


WBSSとは、ボクシング多団体のチャンピオン級同士がトーナメント形式で闘って、チャンピオンの中のチャンピオンを決めようという壮大なイベントです。

いまボクシングの認定団体が乱立しており、それぞれが独自にチャンピオンを認定しています。

日本が認めている主要認定団体は4つ。WBC、WBA、WBO、IBFです。

体重差による階級も昔と比べて細分化されている(17階級)ので、いま世界チャンピオンといわれる人は、単純計算で68人いることになります。

しかも、認定団体ごとに正規チャンピオン、暫定チャンピオン、スーパーチャンピオン、フランチャイズチャンピオンなど独自制度を設けているので、わけがわからなくなっています。

これでは世界チャンピオンになってもいちばん強いという証明にはなりません。

そんなボクシングファンの混乱と不満を解消しようとして企画されたのが、WBSSです。

各団体のチャンピオン級猛者を集めて勝ち抜き戦をやるのだから、ここで勝った者が、真の世界一だということができます。

(それでも怪我したりして欠場した者が、本当はオレが世界一だ!と吠えていますが)


5階級制覇のレジェンド ノニト・ドネア


このWBSSバンタム級トーナメントにおいて、決勝まで勝ち上がってきたのが、日本人の井上尚弥です。

しかも1回戦では、ファン・カルロス・パヤノ(元WBAバンタム級世界スーパーチャンピオン)に1ラウンドKO勝ち。2回戦では、エマヌエル・ロドリゲス(IBFバンタム級世界チャンピオン)に2ランドKO勝ちという日本人史上最強だという実力を遺憾なく発揮しての決勝進出です。


これに対してもう一人の決勝進出者が、フィリピンの閃光という異名を持つノニト・ドネアです。

ドネアは、フライ級、スーパーフライ級、バンタム級、スーパーバンタム級、フェザー級の5階級で世界チャンピオンになったとんでもない実力者です。

一時期は、同じフィリピンの英雄マニー・パッキャオ(6階級制覇、とびとびで制覇していったので、実質の階級差は10階級)の後継者と目されていたものです。

しかし、さすがのドネアも重い階級では体格差に悩まされ、負けが込むようになりました。

5階級制覇のレジェンドも、いまや36歳。かつてのスピードは失われ、一発のパンチ力に頼る戦い方になっています。

このWBSSでも1回戦は相手の負傷によるTKO勝ち。2回戦は直前で相手が怪我で離脱、リザーブ選手相手に6ラウンドKOでしたが、内容はすっきりしたものではありませんでした。

ここまでの経緯をみると、井上の早期KO決着は確実だろうといわれるのも無理ありませんでした。


英国ブックメーカーの掛け率では、井上1.1倍、ドネア5~6倍という一方的なオッズがつけられていたといいます。

試合直前には「ドネアは簡単な相手ではない」「井上の苦戦もありうる」という論調の報道が盛んになされましたが、それは試合を盛り上げようという意図が見え見えで、誰も本気にはしていなかったでしょう。

実は私も、3ラウンドまでに井上がドネアを倒すと予想していました。

それぐらい実力差があると思っていたのです。

ところが、そんな予想は見事に覆されました。

ドネア様、ごめんなさい。ですわ。


井上はなぜここまで苦戦したのか?


なぜドネアは、井上をここまで苦しめることができたのか。

これはもう経験値の差が出てしまったと言わねばなりますまい。

ドネアは、いまの能力でできることに集中しました。ノープランで闘えば勝てないでしょうから、勝てる作戦を立てなければなりません。

その作戦が全てうまくいったのがドネアで、そのため井上は実力を殆ど出せませんでした。

具体的にいいます。ドネアの武器は、井上に勝る体格、一発のパンチ力(特に左フック)、パンチのあてカン、パンチに対する耐久力、世界戦を何度も闘ってきた経験です。

この武器で勝てる闘い方を選択し、実行しました。


試合が始まって1ラウンドは、井上の実力が際立っていました。スピードの違いは歴然で、ドネアのパンチが届く前に、井上のパンチが命中するシーンが何度もありました。

1ラウンドを見る限り、早いラウンドでのKO決着は必至だと思えました。

そこに井上の油断があったのかも知れません。2ラウンド、ドネアの仕掛ける接近戦にやすやすと応じてしまいました。

井上とすればよもやパンチを貰うとは思っていなかったのでしょう。しかし、ドネアは身体を沈めてボディを打つと見せかけ、そのまま肩を縦回転させて井上の顔に左フックをぶち込みてました。

井上が唯一警戒していた左フックが2ラウンドで炸裂してしまったのです。

ここがドネアの老獪さです。1ラウンドを捨てて井上を油断させ、2ラウンドの左フックにつなげていったのです。

もし再戦するなら、こうはいきません。井上はジャブをつき、ドネアを接近させないようにするでしょうから。

これが井上の弱点であった経験値だといえるでしょう。

もしこのパンチがこめかみや顎に当たっていたら、そこで試合は終わっていたかも知れません。幸い、それは井上の顔の中心に当たりました。井上が倒れることはありませんでしたが、その代わり、右眼底骨と鼻骨は破壊され、右目瞼に裂傷を負うことになってしまいました。

この1発のパンチにより、井上はまともに闘えなくなってしまいました。

右目は視界に異常をきたし、距離感をうまくつかめなくなってしまいました。また右瞼の裂傷は、これ以上深くなると試合を止められるレベルでした。

これ以降、井上は瞼を庇いながら闘うことを余技されなくなりました。

すなわち右手は防御のために使うので攻撃が疎かになります。

さらには、距離感がつかめないので、遠く離れて闘わなければなりません。


手負いの状態で12ラウンドの死闘


しかし、井上は冷静でした。この時「左ジャブをついて距離をとる。判定狙いに切り替える」ことを決断します。

残り10ラウンドもあるのですよ。

井上といえばアマチュア時代からエリートで、顔に傷を負ったことはおろか、まともにパンチをもらったことがないボクサーです。

そんな若者が、人生で初めて、右目の視界を失うほどの傷を負いながら、これほど冷静な判断をしていたのです。

いったい、この人のメンタルはどういう構造をしているのでしょうか?

しかも、それをやり切ってしまったのです。目論見通り、判定でドネアを退けたのです。


ドネアの作戦は、ガードを固めて距離をつぶし、接近戦に持ち込むことでした。井上が距離を取り始めてからは、カウンター狙いが中心です。

いかんせんスピード勝負では勝ち目はありません。だから接近するか、相手がパンチを打ってきた時にしか、当てることができません。

いつもの井上なら、ガードの上からでも効かせるパンチ力があるのですが、この日は遠近感がつかめませんから、強いパンチが打ちにくくなっています。

しかも、フェザー級でも闘ってきたドネアは、井上より一回り身体が大きく、パンチへの耐久性があります。急所さえ打たれなければ倒れない強さがありました。

ラウンドを重ねるごとにお互いアジャストしていった両者は、中盤から終盤にかけて激しい応酬を繰り広げるようになりました。

井上が右ストレートでドネアをぐらつかせたと思えば、ドネアも右カウンターで井上をダウン寸前にまで追い込みます。

11ラウンドには井上が左ボディでドネアを倒しますが、立ち上がったドネアは左フックを振り回して追撃を阻みます。

最終12ラウンドも手を休めず、最後の瞬間までパンチを振った両者の闘志はすさまじいもので、年間最高試合の声が上がるのも納得の内容でした。


苦戦を経て井上が証明したもの


この試合、確かに井上は苦戦しました。が、それ以上に多くのことを我々に証明しました。

井上について多くの者が抱いていた疑問。。長いラウンドを戦えるスタミナはあるのか?強いパンチを受けた際の耐久性はどうか?突発的なアクシデントに対応できるのか?技術戦やアウトボクシングにも対応できるのか?に満額回答を示しました。

すなわち、井上尚弥が、技術も、スタミナも、耐久性も、とっさのリカバリーもすべて備えたオールラウンダーであることを証明しました。

井上は以前から「苦戦してみたい」「負けてもいい」と発言していました。

普通のボクサーが言えば、とんでもなく思い上がった発言ですが、井上ならば、苦戦したり負けたりすることで何かを掴みたいという気持ちが素直に感じられたものです。

今回はまさに希望通りの苦戦を経験し、得難い経験からさらに強くなるための課題を多く得らえたはずです。

井上尚弥が、この経験を通して、さらに手の付けられないモンスターになることは、間違いないでしょう。


晒された弱点


しかし、世界のボクシングファンはざわついています。

これまで圧倒的な強さで対戦相手を蹴散らしてきた井上が、初めて負けるかも知れない姿をさらしてしまったのです。

強さの底が見えないのがモンスターたる所以でしたが、今や井上も人の子であることが認知されてしまいました。

確かに、手負いの状態で12ラウンド闘い切り、判定勝ちを得た精神力、タフネス、スタミナ、技術力は驚嘆に値います。

が、それ以前に、決して受けてはいけないドネアの左フックをものの見事に当てられてしまったのは事実です。

これがもっと完成されたボクサー、例えば、ワシル・ロマチェンコや、テレンス・クロフォード、サウル・アルバレスなら、よもや早いラウンドで相手のキラーショットを被弾するなどあり得ないと思わせます。

いま世界的に実力が認められたボクサーの特徴は、防御力の高さにあります。パンチを打たれないし、打たれてもダメージを負わない技術を持っています。

井上の防御技術に疑問を抱く世界のボクシング関係者はこれまでもいました。個人的には、井上の防御技術が低いとは思いませんが、上に挙げた著名ボクサーに比べると、見劣りするのかも知れません。なにより今回の試合で、結果として相当打たれる姿を見せてしまったのです。

これからの対戦相手に付け入る隙を与えてしまいました。


井上にとって不可欠なライバルがやってくる


だが、それだからこそ、井上には大きなチャンスが開けたとも言えます。

今回の試合を経て、井上は、米国大手プロモーターのトップランク社と契約しました。

いま世界で最も有名なプロモート会社であり、スター選手を育てることにかけては実績とノウハウを充分に持っています。

おそらく井上は、トップランク社にとっても看板スター選手に育てたい存在のはずです。

まずはラスベガスで実績を積んでスター選手にして、その後、アジアマーケットを開拓するための目玉にしていこうという意図があるでしょう。

トップランク社のスター選手といえば、ファイトマネーも桁違いです。対戦相手もその恩恵を受けることができます。ビッグマネーを稼ぐのは、世界のボクサーにとって最大のモチベーションです。これまで強すぎるといって対戦相手が見つからなかった井上ですが、もうそこに悩むことはないでしょう。

しかも今回、弱点を晒してしまった井上には、これまで鳴りを潜めていたライバルボクサーたちがいっせいに対戦要求を突き付ける事態となりました。

攻略方法が見えたといって自信をつけた対戦相手と、今回の苦戦を経てさらに強くなった井上の試合が面白くないはずがありません。

これまでも、井上尚弥がスターになるために一番足りないのが、強いライバルの存在だと言われていました。

思えばマニー・パッキャオも、マルコ・アントニオ・バレラ、エリック・モラレス、ファン・マヌエル・マルケスといったメキシコの強豪ボクサーとの熾烈なつぶしあいを経て、世界的スターとなっていきました。

決していつも圧倒的に勝っていたわけではありません。僅差の勝敗を積み重ねながら、実力を蓄えていったものです。

井上にとってもスターになっていく上でライバルの存在は不可欠だと思います。そのライバルが、向こうから名乗りを上げて続々とやってくる状態です。

来年から井上は、アメリカで2試合、日本で1試合を行う予定だといいます。

アメリカの試合は地上波テレビでは見れないでしょうが、それでもかまいません。きっとWOWOWかDAZNが放送してくれるでしょう。

そして日本の試合は、年末恒例となっていくはず。

これからの井上のスター街道を楽しみに見ていこうではないですか。


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