井上尚弥はボクシングの未来を拓くか

2020.11.12

(2020年11月12日メルマガより)



日本ボクシング界が誇る"モンスター"井上尚弥選手への賞賛が止まりません。

10月31日(現地)ハロウィンの夜、アメリカ・ラスベガスのMGMグランドガーデン内で行われたWBA、IBF世界バンタム級タイトル戦において、挑戦者ジェイソン・マロニー(豪)を7回KOで退けた試合を受けての賞賛です。

「日本史上最強」といわれ、世界のボクシングマニアたちに早くから注目されてきた井上選手ですが、一般的なボクシングファンへの知名度はまだ低いと言わざるを得ません。

ボクシングビジネスの中心はアメリカです。アメリカで人気を博してこそビッグビジネスに参加できます。

その意味で、今回は本格的なアメリカ進出であり、非常に重要な試合でした。


お披露目興行でのインパクト


試合前の評価も、井上が圧倒的で、賭けが成立しないレベルでした。

念のために言っておきますが、相手のジェイソン・マロニーは弱い選手ではありません。この試合までの戦績は、21勝1敗。18KOを誇る強豪です。

防御テクニックに優れ、接近戦を得意とする、井上が苦手とするタイプだといわれていました。

もっともマロニーには一発で相手を倒すパンチ力がないので怖さがありません。怖さがない相手は、今の井上選手の敵ではないというのが大方の予想でした。

井上側の不安材料といえば、コロナ禍による1年間のブランクと、無観客試合という状況です。

いつもと違う勝手が、井上のモチベーション低下やストレスになって実力を発揮できない懸念が指摘されていました。

まあでも、不安はそれぐらい。すべて杞憂でした。

「KOして当然」という事前予測が、いくぶんプレッシャーになったきらいはありましたが、実力差は歴然としていました。

果たして、2ラウンド後半あたりから試合は一方的となり、マロニーは倒されないためだけに戦っている状況となりました。

消極的な相手を倒すのは難しいものです。

そこで井上は5ラウンドあたりからわざと隙を作って相手を誘い出し、カウンターを打ち込む作戦に変更しました。

この作戦が見事にはまり、6ラウンドに左フックでダウンさせ、7ラウンドには右ストレートをドンピシャのタイミングで打ち込み、そのままKOしました。


緻密な試合運びを披露


この試合で井上選手は、非常に高度な技術を披露しました。

序盤、マロニーが得意とする左ジャブに、鋭い右ストレートを合わせていきました。これにより、マロニーは安易にジャブを出せなくなってしまいました。

マロニーが距離を詰めてこようとした際には、大振りのアッパーを合わせていきました。これでは、近づくことができません。

得意な武器を封じられたマロニーは、早々に打つ手がなくなり、井上が作った罠にはまるしかなくなってしまったのです。

従来、井上は、あまり相手を研究せず、試合当日の感覚を重視するタイプだったといわれています。

当日、相手と対峙したときの勘やとっさのアイデアで仕掛けていくので、試合運びが天才的に映ります。

ところが今回はコロナの影響もあり、充分なスパーリングができなかったようです。その分、相手を研究し、武器を封じる作戦を採用していました。

だから6ラウンドの左フックも、7ラウンドの右ストレートも、マロニーの癖を研究し、事前に準備していたものだったといいます。

のびのびとした野性的な試合運びも井上の魅力ですが、今回のような緻密な作戦を実行できるということが、驚きでしたし、評価を高めることとなりました。


あきれるほどの反復練習


敗れたマロニーは井上のことを「恐ろしいパワーを持っている」としながらも、最も驚いたのは、スピードだったといっています。

「とてつもなく速い」「ただただ尋常じゃない。信じられないほど素早い」「パンチが見えなかった」

というのだから、よほどのことだったのでしょう。

ただ客観的にみて、マロニーがそれほど遅いわけではありません。おそらく、物理的なスピードは遜色がないはずです。

では、井上の何がそれほど早く見えたのか?

これも以前から指摘されていることですが、井上は、反応が早い、つまり、考えるより先に体が動いているという状態をいつも作り出しています。

今回も6ラウンド、ダブルのジャブに合わせて左フックを当て、ダウンさせています。

ボクシング識者が「ダブルのジャブにカウンターを合わせるなど見たことがない」と舌を巻いたシーンです。

普通、ジャブをダブルで打つのは、カウンターを封じるためです。ジャブにカウンターを合わせられたときに、二度目のジャブをぶつけるのが、その意図です。

ところが、井上は、1つ目のジャブと2つ目のジャブの間という0コンマ0秒という間に始動し、カウンターを打ち込んでいます。

神業以外のなにものでもない。

いや、そうではありません。

これはマロニーがダブルのジャブを多用することを研究し、準備していた結果です。

すなわち、マロニーが1つ目のジャブを打った瞬間に体が反応するように、練習していたのでしょう。

7ラウンドのフィニッシュシーンも同じです。

ワンツーのワンに合わせて始動し、カウンターの右ストレートを打ち込んでいます。

体が自然に反応したとしか思えないタイミングのカウンターです。

このレベルになるには、相当の練習が必要です。あきれるほどの回数を反復練習していたことがうかがえます。

井上は天才と呼ばれることを嫌がるそうですが、その背景には、膨大な努力をしているという自負があるからなのでしょう。


派手でわかりやすい試合に人気を奪われる


今回の高度な試合運びは、本場アメリカの通なボクシングファンを心をとらえたようです。

ボクシングマスコミや経験者の評価も高く、PFP1位に選出するメディアもあります。

(PFPとは、体重差を考慮せずに、最も強いボクサーをランク付けするものです)

もっとも、一般のボクシングファンの反響はいま一つで、同じ日に行われたガーボンタ・デービス(米)とレオ・サンタ・クルス(メキシコ)のチャンピオン対決の方に、人気を奪われたようです。

この試合、WBAのスーパーフェザー級とライト級の王者同士が、お互いのベルトを賭けて戦うという派手なもので、アメリカ人対メキシコ人という分かりやすい構図も人気を集めました。

実力伯仲する好試合でしたし、フィニッシュも、失神KOという分かりやすさで、一般受けする要素が満載でした。

しかし、正直にいって、試合内容は大味です。チャンピオン同士の戦いといえども、超一流同士ではありません。

メディアも、井上尚弥の試合の方を評価する論調が主流です。

とはいいながら、派手でわかりやすい試合が人気を得るというのは、興行の常ですな。


ボクシング興行の異変


コロナ禍の興行において、派手でわかりやすい試合が求められるのは、仕方ないことでしょうか。

実は、コロナ前から、ボクシング興行の意義が問われる事態が見受けられました。

昨年11月、アメリカとイギリスの人気ユーチューバー同士が、ロサンゼルスの大アリーナに1万人以上の観衆を集めて、ボクシングの試合を行いました。

2000万人以上のフォロワーを持つ人気ユーチューバー同士なので、盛り上がりに盛り上がり、双方、90万ドルの報酬を得たといいます。

しかもこの試合がメインイベントで、前座には、スーパーミドル級とライト級の世界タイトル戦が行われたというから、前代未聞です。

権威あるタイトル戦を前座にして、素人の試合をメインにするなどボクシングを冒とくしている!と批判する声が多く上がりました。

とは言いながら、人気のある試合をメインに持ってくるのは、興行の基本です。

実際、会場には、ふだん見ないような若い観客が多く、ボクシング人気の拡大には意義があったとする声もありました。



それ以前、2017年には、フロイド・メイウェザーと総合格闘家コナー・マクレガーのボクシングマッチもありました。



要するに、ボクシングの人気は権威に比べて低迷しており、総合格闘技やユーチューバーの人気を借りなければならないところまで来ているということです。


ボクシングは苦しいばかりでリターンがない


本場アメリカでもそうですが、日本はもっと深刻です。

日本では、世界タイトル戦でもテレビ放送が組まれないことが多くなってきました。視聴率が稼げないんですな。

興行が振るわないので、ボクサーの収入も低いままです。

2階級で世界チャンピオンとなった元人気ボクサー畑山隆則氏は「苦しいことばかりでリターンがない。自分の子供はボクサーにはさせたくない」と発言しています。

その畑山氏が、ユーチューバーとして活躍しているのが象徴的です。

畑山氏だけではありません。竹原慎二氏、渡嘉敷勝男氏、内山高志氏、八重樫東氏など、日本の元人気世界チャンピオンが続々とユーチューブを始めています。

チャンピオンの知名度を活用したリターン獲得方法の一つなのでしょう。

元チャンピオンばかりではありません。今や、現役チャンピオンでもユーチューブを始めています。

ミニマム級とライトフライ級を無敗で制した京口紘人は、自身のユーチューブチャンネルを持っています。



プロボクサーの試合に人が集まらず、ユーチューバーの試合が大勢を引き付けるのはなぜなのか。

それは、背景にある「ストーリー」の差です。ユーチューブを通して、お互いの背景や戦う理由や気持ちが充分に周知されているから、人々が集まり、盛り上がるのです。

京口チャンピオンは、試合を観てもらう前提となるストーリーを作り、拡散しようとしているわけで、その意図はよくわかります。

ただ、裏を返せば、世界チャンピオンになっても充分に稼げないボクシング界の現実があります。

考えれば危機的状況ですよ。

稼げない職業に人が集まるはずがありません。このままだと、別に収入があって余裕のある人しかボクシングに打ち込めない時代がやってきます。

これからのボクシングジムは、選手にボクシングを教え、練習する環境を与えるだけではなく、ユーチューブ配信のプロデュースをはじめ、稼ぐための支援も行っていかなければならないのかも知れませんね。


年収30億円に届くか?


今回、ラスベガスに進出した井上尚弥のファイトマネーは100万ドル(1億円超)だったと聞きます。

コロナ禍の無観客試合でこの金額は異例です。井上に対する期待を込めた額だったのでしょう。

これから評価の高い試合を重ねるごとに、ファイトマネーは増額されていくはずです。

フロイド・メイウェザーのように1試合で数億ドル(数百億円)稼ぐようになれるかどうかはわかりませんが、数千万ドル(数十億円)には届くかもしれません。

仮に1000万ドルとして、年間3試合で3000万ドル。年収30億円以上です。

実力次第でこれぐらい稼げるとなれば、夢がありますよね。これなら、才能ある若者もボクシング界に集まってきそうです。


じり貧のボクシング業界


ただし、井上尚弥ほどの実力がない選手でもボクシングだけで生活できるようにしなければ、競技人口は広がりません。

競技人口が少なければ、ビジネスとしての市場も広がりませんので、じり貧になってしまいます。

ちなみに、日本の競技者人口は4300人程度と聞きます。いくら何でも、この数字では、盛り上がりません。



ちなみに、プロボクサーとしてアクティブに試合をしている人は1400人ほどとか。(2015年)

アマチュア人口の4300人に比べると、多い気がしますが、プロテスト受験者は年々減っているそうですから、やはりじり貧です。



これはもう、個々のジムがなんとかする話ではなく、ボクシング界全体で何とかすべき事柄です。

いわゆるボクシング機構やコミッショナーといわれる人々が、戦略をもって市場を拡大していかなければなりません。

が、ボクシングの世界は、プロとアマも分断されているそうですし、プロの協会じたいも様々な問題を抱えていて、とても成長戦略を立案できる状態ではないと聞きます。

井上尚弥選手の活躍で一時的には盛り上がるかもしれませんが、一過性で終わってしまいそうです。

ここは、川淵三郎氏にお願いして改革してもらった方が、いいかもしれませんね。



世界から選手を仕入れる米国


本場アメリカのボクシング人気が低迷しているのは、米国出身の人気選手が現れないことに一因があります。

米国も、スポーツビジネスが多様化しており、競技者にとって、ボクシングはキツイわりにはうまみの少ないビジネスととらえられているようです。だから身体能力の高い若者は、アメフトやバスケや他の競技を選ぶらしい。

特にヘビー級の弱体化が顕著です。

マイク・タイソンが活躍していたころに比べて、今のヘビー級の質の低いこと。ヘビー級チャンピオンが一切PFPランキングに出てこないことが、それを表しています。

そこでアメリカのボクシングビジネス関係者は、世界各国の優秀な選手をアメリカに呼び寄せることで、興行を維持しています。

メキシコ、フィリピン、中央アジアなどが大きな仕入れルートです。最近は、ここに日本も入ってきているようで、井上尚弥以外にも、多くの日本人選手が米国で試合をするようになってきました。

日本のボクシング業界に成長戦略がないのだから仕方ありません。ボクサー個人や個々のジムは、米国のビジネスに乗っかって稼ぐ方策を考えなければなりません。

とはいえ、アメリカでも自国の若者が避けるスポーツがこれ以上成長するとは思えません。

ボクシングビジネスは、このまま衰退していくのでしょうか。


アジアでボクシング市場は立ち上がるのか


以前のメルマガで書きましたが、私は、アジアで軽中量級中心のボクシング市場を立ち上げることで、ボクシングビジネスは維持できると考えていました。

カジノが日本に開設されれば、ボクシング興行がつきものです。最初はアメリカの興行主に任せても、いずれはアジア人が中心の興行ができるようになるはずです。



なにしろ、アジアには、GDP2位の中国と3位の日本があります。人口規模の大きな国も多く、インドを含めれば途方もない規模となります。

アジア全体をマーケットととらえれば、何だって成立するはずです。

アジア全体で取り組むことができて、しかもアジアが主導権を握ることができるスポーツは何か?と考えれば、ボクシングはいい線いっているのではないかと思っています。

井上尚弥という逸材がいるうちに、アジア全体を取り込んだのボクシング市場を立ち上げることができれば素晴らしいと思っていました。

が、その前提となるカジノビジネスの雲行きが怪しくなってきています。

何しろ、長期衰退産業である上に、コロナ禍で壊滅的な打撃を受けており、とても日本進出する余裕はなさそうです。

コロナが収まれば、また元通りに動きだすのでしょうか。これは今のところ全く未知数で、何とも言えません。

先行き不透明な結論で申し訳ないですが、コロナが収束し、1、2年経たなければ、ビジョンを描くことができなさそうですな。


(2020年11月12日メルマガより)



日本ボクシング界が誇る"モンスター"井上尚弥選手への賞賛が止まりません。

10月31日(現地)ハロウィンの夜、アメリカ・ラスベガスのMGMグランドガーデン内で行われたWBA、IBF世界バンタム級タイトル戦において、挑戦者ジェイソン・マロニー(豪)を7回KOで退けた試合を受けての賞賛です。

「日本史上最強」といわれ、世界のボクシングマニアたちに早くから注目されてきた井上選手ですが、一般的なボクシングファンへの知名度はまだ低いと言わざるを得ません。

ボクシングビジネスの中心はアメリカです。アメリカで人気を博してこそビッグビジネスに参加できます。

その意味で、今回は本格的なアメリカ進出であり、非常に重要な試合でした。


お披露目興行でのインパクト


試合前の評価も、井上が圧倒的で、賭けが成立しないレベルでした。

念のために言っておきますが、相手のジェイソン・マロニーは弱い選手ではありません。この試合までの戦績は、21勝1敗。18KOを誇る強豪です。

防御テクニックに優れ、接近戦を得意とする、井上が苦手とするタイプだといわれていました。

もっともマロニーには一発で相手を倒すパンチ力がないので怖さがありません。怖さがない相手は、今の井上選手の敵ではないというのが大方の予想でした。

井上側の不安材料といえば、コロナ禍による1年間のブランクと、無観客試合という状況です。

いつもと違う勝手が、井上のモチベーション低下やストレスになって実力を発揮できない懸念が指摘されていました。

まあでも、不安はそれぐらい。すべて杞憂でした。

「KOして当然」という事前予測が、いくぶんプレッシャーになったきらいはありましたが、実力差は歴然としていました。

果たして、2ラウンド後半あたりから試合は一方的となり、マロニーは倒されないためだけに戦っている状況となりました。

消極的な相手を倒すのは難しいものです。

そこで井上は5ラウンドあたりからわざと隙を作って相手を誘い出し、カウンターを打ち込む作戦に変更しました。

この作戦が見事にはまり、6ラウンドに左フックでダウンさせ、7ラウンドには右ストレートをドンピシャのタイミングで打ち込み、そのままKOしました。


緻密な試合運びを披露


この試合で井上選手は、非常に高度な技術を披露しました。

序盤、マロニーが得意とする左ジャブに、鋭い右ストレートを合わせていきました。これにより、マロニーは安易にジャブを出せなくなってしまいました。

マロニーが距離を詰めてこようとした際には、大振りのアッパーを合わせていきました。これでは、近づくことができません。

得意な武器を封じられたマロニーは、早々に打つ手がなくなり、井上が作った罠にはまるしかなくなってしまったのです。

従来、井上は、あまり相手を研究せず、試合当日の感覚を重視するタイプだったといわれています。

当日、相手と対峙したときの勘やとっさのアイデアで仕掛けていくので、試合運びが天才的に映ります。

ところが今回はコロナの影響もあり、充分なスパーリングができなかったようです。その分、相手を研究し、武器を封じる作戦を採用していました。

だから6ラウンドの左フックも、7ラウンドの右ストレートも、マロニーの癖を研究し、事前に準備していたものだったといいます。

のびのびとした野性的な試合運びも井上の魅力ですが、今回のような緻密な作戦を実行できるということが、驚きでしたし、評価を高めることとなりました。


あきれるほどの反復練習


敗れたマロニーは井上のことを「恐ろしいパワーを持っている」としながらも、最も驚いたのは、スピードだったといっています。

「とてつもなく速い」「ただただ尋常じゃない。信じられないほど素早い」「パンチが見えなかった」

というのだから、よほどのことだったのでしょう。

ただ客観的にみて、マロニーがそれほど遅いわけではありません。おそらく、物理的なスピードは遜色がないはずです。

では、井上の何がそれほど早く見えたのか?

これも以前から指摘されていることですが、井上は、反応が早い、つまり、考えるより先に体が動いているという状態をいつも作り出しています。

今回も6ラウンド、ダブルのジャブに合わせて左フックを当て、ダウンさせています。

ボクシング識者が「ダブルのジャブにカウンターを合わせるなど見たことがない」と舌を巻いたシーンです。

普通、ジャブをダブルで打つのは、カウンターを封じるためです。ジャブにカウンターを合わせられたときに、二度目のジャブをぶつけるのが、その意図です。

ところが、井上は、1つ目のジャブと2つ目のジャブの間という0コンマ0秒という間に始動し、カウンターを打ち込んでいます。

神業以外のなにものでもない。

いや、そうではありません。

これはマロニーがダブルのジャブを多用することを研究し、準備していた結果です。

すなわち、マロニーが1つ目のジャブを打った瞬間に体が反応するように、練習していたのでしょう。

7ラウンドのフィニッシュシーンも同じです。

ワンツーのワンに合わせて始動し、カウンターの右ストレートを打ち込んでいます。

体が自然に反応したとしか思えないタイミングのカウンターです。

このレベルになるには、相当の練習が必要です。あきれるほどの回数を反復練習していたことがうかがえます。

井上は天才と呼ばれることを嫌がるそうですが、その背景には、膨大な努力をしているという自負があるからなのでしょう。


派手でわかりやすい試合に人気を奪われる


今回の高度な試合運びは、本場アメリカの通なボクシングファンを心をとらえたようです。

ボクシングマスコミや経験者の評価も高く、PFP1位に選出するメディアもあります。

(PFPとは、体重差を考慮せずに、最も強いボクサーをランク付けするものです)

もっとも、一般のボクシングファンの反響はいま一つで、同じ日に行われたガーボンタ・デービス(米)とレオ・サンタ・クルス(メキシコ)のチャンピオン対決の方に、人気を奪われたようです。

この試合、WBAのスーパーフェザー級とライト級の王者同士が、お互いのベルトを賭けて戦うという派手なもので、アメリカ人対メキシコ人という分かりやすい構図も人気を集めました。

実力伯仲する好試合でしたし、フィニッシュも、失神KOという分かりやすさで、一般受けする要素が満載でした。

しかし、正直にいって、試合内容は大味です。チャンピオン同士の戦いといえども、超一流同士ではありません。

メディアも、井上尚弥の試合の方を評価する論調が主流です。

とはいいながら、派手でわかりやすい試合が人気を得るというのは、興行の常ですな。


ボクシング興行の異変


コロナ禍の興行において、派手でわかりやすい試合が求められるのは、仕方ないことでしょうか。

実は、コロナ前から、ボクシング興行の意義が問われる事態が見受けられました。

昨年11月、アメリカとイギリスの人気ユーチューバー同士が、ロサンゼルスの大アリーナに1万人以上の観衆を集めて、ボクシングの試合を行いました。

2000万人以上のフォロワーを持つ人気ユーチューバー同士なので、盛り上がりに盛り上がり、双方、90万ドルの報酬を得たといいます。

しかもこの試合がメインイベントで、前座には、スーパーミドル級とライト級の世界タイトル戦が行われたというから、前代未聞です。

権威あるタイトル戦を前座にして、素人の試合をメインにするなどボクシングを冒とくしている!と批判する声が多く上がりました。

とは言いながら、人気のある試合をメインに持ってくるのは、興行の基本です。

実際、会場には、ふだん見ないような若い観客が多く、ボクシング人気の拡大には意義があったとする声もありました。



それ以前、2017年には、フロイド・メイウェザーと総合格闘家コナー・マクレガーのボクシングマッチもありました。



要するに、ボクシングの人気は権威に比べて低迷しており、総合格闘技やユーチューバーの人気を借りなければならないところまで来ているということです。


ボクシングは苦しいばかりでリターンがない


本場アメリカでもそうですが、日本はもっと深刻です。

日本では、世界タイトル戦でもテレビ放送が組まれないことが多くなってきました。視聴率が稼げないんですな。

興行が振るわないので、ボクサーの収入も低いままです。

2階級で世界チャンピオンとなった元人気ボクサー畑山隆則氏は「苦しいことばかりでリターンがない。自分の子供はボクサーにはさせたくない」と発言しています。

その畑山氏が、ユーチューバーとして活躍しているのが象徴的です。

畑山氏だけではありません。竹原慎二氏、渡嘉敷勝男氏、内山高志氏、八重樫東氏など、日本の元人気世界チャンピオンが続々とユーチューブを始めています。

チャンピオンの知名度を活用したリターン獲得方法の一つなのでしょう。

元チャンピオンばかりではありません。今や、現役チャンピオンでもユーチューブを始めています。

ミニマム級とライトフライ級を無敗で制した京口紘人は、自身のユーチューブチャンネルを持っています。



プロボクサーの試合に人が集まらず、ユーチューバーの試合が大勢を引き付けるのはなぜなのか。

それは、背景にある「ストーリー」の差です。ユーチューブを通して、お互いの背景や戦う理由や気持ちが充分に周知されているから、人々が集まり、盛り上がるのです。

京口チャンピオンは、試合を観てもらう前提となるストーリーを作り、拡散しようとしているわけで、その意図はよくわかります。

ただ、裏を返せば、世界チャンピオンになっても充分に稼げないボクシング界の現実があります。

考えれば危機的状況ですよ。

稼げない職業に人が集まるはずがありません。このままだと、別に収入があって余裕のある人しかボクシングに打ち込めない時代がやってきます。

これからのボクシングジムは、選手にボクシングを教え、練習する環境を与えるだけではなく、ユーチューブ配信のプロデュースをはじめ、稼ぐための支援も行っていかなければならないのかも知れませんね。


年収30億円に届くか?


今回、ラスベガスに進出した井上尚弥のファイトマネーは100万ドル(1億円超)だったと聞きます。

コロナ禍の無観客試合でこの金額は異例です。井上に対する期待を込めた額だったのでしょう。

これから評価の高い試合を重ねるごとに、ファイトマネーは増額されていくはずです。

フロイド・メイウェザーのように1試合で数億ドル(数百億円)稼ぐようになれるかどうかはわかりませんが、数千万ドル(数十億円)には届くかもしれません。

仮に1000万ドルとして、年間3試合で3000万ドル。年収30億円以上です。

実力次第でこれぐらい稼げるとなれば、夢がありますよね。これなら、才能ある若者もボクシング界に集まってきそうです。


じり貧のボクシング業界


ただし、井上尚弥ほどの実力がない選手でもボクシングだけで生活できるようにしなければ、競技人口は広がりません。

競技人口が少なければ、ビジネスとしての市場も広がりませんので、じり貧になってしまいます。

ちなみに、日本の競技者人口は4300人程度と聞きます。いくら何でも、この数字では、盛り上がりません。



ちなみに、プロボクサーとしてアクティブに試合をしている人は1400人ほどとか。(2015年)

アマチュア人口の4300人に比べると、多い気がしますが、プロテスト受験者は年々減っているそうですから、やはりじり貧です。



これはもう、個々のジムがなんとかする話ではなく、ボクシング界全体で何とかすべき事柄です。

いわゆるボクシング機構やコミッショナーといわれる人々が、戦略をもって市場を拡大していかなければなりません。

が、ボクシングの世界は、プロとアマも分断されているそうですし、プロの協会じたいも様々な問題を抱えていて、とても成長戦略を立案できる状態ではないと聞きます。

井上尚弥選手の活躍で一時的には盛り上がるかもしれませんが、一過性で終わってしまいそうです。

ここは、川淵三郎氏にお願いして改革してもらった方が、いいかもしれませんね。



世界から選手を仕入れる米国


本場アメリカのボクシング人気が低迷しているのは、米国出身の人気選手が現れないことに一因があります。

米国も、スポーツビジネスが多様化しており、競技者にとって、ボクシングはキツイわりにはうまみの少ないビジネスととらえられているようです。だから身体能力の高い若者は、アメフトやバスケや他の競技を選ぶらしい。

特にヘビー級の弱体化が顕著です。

マイク・タイソンが活躍していたころに比べて、今のヘビー級の質の低いこと。ヘビー級チャンピオンが一切PFPランキングに出てこないことが、それを表しています。

そこでアメリカのボクシングビジネス関係者は、世界各国の優秀な選手をアメリカに呼び寄せることで、興行を維持しています。

メキシコ、フィリピン、中央アジアなどが大きな仕入れルートです。最近は、ここに日本も入ってきているようで、井上尚弥以外にも、多くの日本人選手が米国で試合をするようになってきました。

日本のボクシング業界に成長戦略がないのだから仕方ありません。ボクサー個人や個々のジムは、米国のビジネスに乗っかって稼ぐ方策を考えなければなりません。

とはいえ、アメリカでも自国の若者が避けるスポーツがこれ以上成長するとは思えません。

ボクシングビジネスは、このまま衰退していくのでしょうか。


アジアでボクシング市場は立ち上がるのか


以前のメルマガで書きましたが、私は、アジアで軽中量級中心のボクシング市場を立ち上げることで、ボクシングビジネスは維持できると考えていました。

カジノが日本に開設されれば、ボクシング興行がつきものです。最初はアメリカの興行主に任せても、いずれはアジア人が中心の興行ができるようになるはずです。



なにしろ、アジアには、GDP2位の中国と3位の日本があります。人口規模の大きな国も多く、インドを含めれば途方もない規模となります。

アジア全体をマーケットととらえれば、何だって成立するはずです。

アジア全体で取り組むことができて、しかもアジアが主導権を握ることができるスポーツは何か?と考えれば、ボクシングはいい線いっているのではないかと思っています。

井上尚弥という逸材がいるうちに、アジア全体を取り込んだのボクシング市場を立ち上げることができれば素晴らしいと思っていました。

が、その前提となるカジノビジネスの雲行きが怪しくなってきています。

何しろ、長期衰退産業である上に、コロナ禍で壊滅的な打撃を受けており、とても日本進出する余裕はなさそうです。

コロナが収まれば、また元通りに動きだすのでしょうか。これは今のところ全く未知数で、何とも言えません。

先行き不透明な結論で申し訳ないですが、コロナが収束し、1、2年経たなければ、ビジョンを描くことができなさそうですな。


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