カルロス・ゴーン事件が教える組織の腐り方

2018.12.13

(2018年12月13日メルマガより)


まさに平成最後にして、最大の経済事件が起きたといってもいいでしょう。

世界第2位の生産台数を誇るルノー・日産・三菱自動車グループのトップであるカルロス・ゴーン(敬称略)が、日本の東京地検特捜部によって逮捕されました。

逮捕されたのは、2018年11月19日。容疑は、金融商品取引法違反です。

もう少し詳しくいうと、日産自動車の有価証券報告書に、ゴーン会長の報酬を実際より少なく記載していたという疑いです。

有価証券報告書とは、企業が主に年1回、決算の内容などを外部に向けて報告するための書類です。

日産自動車は株式上場していますので、株を購入しようと考える人に向けて、正しい情報を開示する責任があります。

それが間違っていたとすると、購入する人が判断を誤ることにつながります。

だから株式を公開している企業は、正しい情報を提供しなければなりません。いくら自社の内容に関することでも、意図して隠蔽したり、ウソを記載することは罪に問われてしまいます。


業務上横領や特別背任が本丸?


ところが、この事件、けっこう複雑な事情を抱えているようです。

まず、有価証券報告書に正しい報酬額を記載しなかったという件。違反は違反だが、いきなりトップを逮捕するほどの重大な罪だろうか?という声があります。

しかも、有価証券報告書は、ゴーン会長が一人で書くものではありません。当然、日産の複数の取締役や各部署が関わって作成し、それを取締役会が承認しているはずです。

それなのに、外国人トップとその腹心2名だけが逮捕されました。どうやら、その他の関係者は司法取引によって罪を免れたと言われています。

※司法取引とは、罪に問われるべき者が、司法に協力することによって、罪の軽減を得る取引のことです。

その経緯からみて、余罪を本丸とした別件逮捕ではないのか?というのが当然の疑問です。

ゴーン会長は、日産の財産を私的流用していたといわれており、それが本当だとすると、より重罪である業務上横領や特別背任で逮捕される可能性もあるようです。


もともとお金にクリーンな人ではなかった


え?ゴーンってそんなに悪いやつだったの?日産を破綻の危機から救った救世主だったんじゃないの?

って多くの人は驚いたでしょう。呆れたり、落胆したり、裏切られたと怒ったりした人もいたのではないでしょうか。

しかし、そう単純でもなさそうです。

そもそも、カルロス・ゴーンという人が、決してお金にきれいな人ではないことは、かなり前から噂として聞こえていました。

私の耳に入るぐらいだから、日産関係の人には衆知の事実だったのではないでしょうか?

少なくとも叩けばホコリが出るイメージのある人でした。だけど、それでも大きな功績がある人なので、大目に見られていたのだったと思います。

それが、今になって逮捕、というのは穏やかではありません。なぜこの時期なのか?というところが様々な憶測を呼んでいます。


「コストカッター」の異名


カルロス・ゴーンは、1954年、ブラジルで生まれました。父はレバノンからの移民でした。

成績優秀だったゴーンは、フランスの大学を出て、大手タイヤメーカーのミシュランに就職します。

ミシュランで実力を発揮し、各地域の責任者を歴任したゴーンは、フランス最大の自動車メーカールノーにヘッドハンティングされます。

1999年、経営破綻寸前だった日産自動車に、ルノーが資本参加することになりました。

その際、再建役として日産に送り込まれたのが、カルロス・ゴーンでした。

ゴーンは、ミシュランで、いくつもの工場や事業部を立て直した実績を持っています。容赦ない事業再構築の姿勢は「コストカッター」の異名を与えられるほどでした。

その実力が、日産のV字回復において、いかんなく発揮されることになりました。


日産にはびこるセクショナリズム


当時、日産は、1兆3千億円以上の借金を抱える会社でしたが、利益は出たりでなかったり。とても借金を返していけるような状況ではありませんでした。資産を精査すれば、既に破綻している、となっていたかも知れません。それぐらい追い詰められた状況でした。

なぜ、日産ほどの会社がそのようなていたらくとなったのか?当時は、バブル経済崩壊後で、日本全体が厳しかったこともあります。

が、指摘されているのは、日産という組織にはびこるセクショナリズムです。

組織というものは多かれ少なかれ、各セクションがお互いの利益を優先するあまり、全体の利益を損なうようになっていくものです。

営業部と生産部が対立することもありますし、開発部と経理部がいがみあうこともあります。

東京と地方が対立することもあれば、管理職と組合員が激しくやりあうこともあります。

あるいは、社長派と専務派が足を引っ張りあうこともあれば、出身学校で派閥を作っていることもあります。

日産は、どうもそれがひどかったらしい。

大企業といえども人間の集まりですから、それぞれが自分の既得権益を守ろうとし、いつまでも居心地のいい状態を保とうとします。

自分や自分の仲間が楽しく健やかに過ごせるならば、他のセクションや派閥の連中が少々苦しもうと関係ない、と思うものです。

各セクションは、自分だけが使える人員や設備を抱え込もうとするので、全体でみれば無駄が積みあがってしまいます。日産に販売実力以上の工場や生産ラインがあったのは、そういう事情があったからなのでしょう。

しかも、日産の場合、会社のOBが、下請けや関係会社などに出向したり、転職(天下り)したりしていたらしい。

経営陣も、先輩が社長をしている部品供給会社や販売会社に、厳しくは言いにくいものですから、どうしてもなあなあの関係になってしまいます。

日産が昔の官僚機構なみに膨れ上がった内部の非効率を抱え続けたのは、そこで甘い汁を吸っていた大勢の人たちがいたというわけです。


日産をV字回復させた鮮やかな手腕


当時の日産の経営陣も「無駄な資産や関係を断捨離して、利益の出る体質にしなければならない」とわかっていたのですが、しがらみが強すぎて思い切ったことができませんでした。

そこにやってきたのが、ブラジル生まれのレバノン系フランス人という複雑なルーツを持つカルロス・ゴーンでした。

日産の最大の問題が、たこつぼのようになったセクショナリズムだと気づいた彼は、比較的しがらみの薄い若手社員を組織横断的に集めて、自分直轄の「クロスファンクショナルチーム」を結成します。

戦略、マーケティング、購買、財務など、経営の課題ごとに、10人前後のチームを作り、彼らにその問題点と解決策を考えさせました。

これは実に理にかなったやり方です。日産のことは日産の社員にやらせる。しかもしがらみのない若手を抜擢する。自分で立てた解決策だから、自分でやるように促す。

それを短期間で運営し「日産リバイバルプラン」にまとめあげたゴーンのリーダーシップはさすがだというほかありません。

プランを立てただけではなく、もちろんそれを猛烈に実行しました。日産リバイバルプランに示された無駄な資産の整理に取り組み、1年でほぼ完了していまいます。

資産整理のために発生した損失は1999年度にすべて計上してしまったため、ゴーン1年目は、6844億円の盛大な赤字となりました。

しかし、会社に溜まった膿をほとんど吐き出してしまったため、次年度から利益が出るしかない状況が出来上がったのです。

この手法は実に鮮やかです。

当時、会計の専門家が「理論的には可能だと知っていたが、実際にやったということに脱帽した」と言っているのを聞いたことがあります。

専門家でさえ驚く鮮やかな手法は、日本の経済界に驚嘆と称賛を以て迎えられました。その後、ゴーンの示したV字回復の手法が、日本の企業再生のスタンダードになっていくのです。


切り捨てられた者の恨み


もっとも膿とされた方からは怨嗟の声が上がっています。

国内に7つあった工場のうち3つを閉鎖するというどえらいリストラ策に踏み切りました。

下請けの部品工場の系列はズタズタに解体し、安いところから調達するということを徹底しました。

おまけに販売会社も整理してしまい、販売リベートも大幅に削減しました。

いずれも日産OBたちが所属する子会社や系列会社、下請け会社を何の忖度もなしに切り捨ててしまったのだから、それは恨みの声も上がるというものです。

おかげで、それまで脈々と受け継がれてきた下請け系列の技術的な強みや販売力が著しく損なわれてしまったという話も聞こえてきます。

それなのに、当のカルロス・ゴーンは、日産の金で好き放題やっているのだから、ふざけんな!と憤慨する気持ちはわからないでもない。

もっとも、切り捨てられた方の中にも、それまで散々甘い汁を吸ってきた者がいるのでしょうから、100%同情はできないとも言っておきます。


コストカットだけではない再建手法


膿を出し切った後の回復策も鮮やかでした。

ゴーン以前、日産は、売れない大量の車種を開発製造していました。これも、それぞれの派閥が自分たちの車や製造ラインを手放さなかったからだといわれています。

それをゴーンCEOは、少数の売れる車に厳選し、販売力を集中させました。

地域戦略も明確です。トヨタが強い北米に対しては、高級車のみに絞り込み、日産は、中国や南米などに販売拡大していきました。

ランチェスター戦略にてらしても、実に理にかなった方向性を持っていると評価できます。

問題は日本国内市場です。国内を見限り、グローバル展開に舵を切りました。

おかげで以前は日本で2位だった日産がいまや5位です。販売系列会社を整理してしまったのは、日本は重要拠点ではないというサインだったようです。

日本の会社なのに日本国内を見限るというのは心情的には寂しいと思いますが、グローバル市場の状況をみれば、理にかなった選択だといえます。

その他、トヨタが強いハイブリッド車には手を出さず、電気自動車の開発に舵を切りました。

あるいは自動運転車の開発についてはイスラエルの会社と提携しています。

日本軽視という批判はあるものの、グローバルにおいては、さすがゴーンCEOといえるような展開力です。

果たして、日産は2000年より売上利益ともV字回復をみせ、2001年には、有利子負債を4350億円に圧縮するという奇跡のような成果を上げました。

これは、日産リバイバルプランに示された期限を1年前倒しての達成でした。


日産という巨大企業を立て直したカルロス・ゴーンはその手腕を認められ、2005年には、ルノー本体のCEOに就任。

2016年には、三菱自動車の会長も兼任するようになり、ルノー・日産・三菱連合は、実質的にゴーンが統治するものとなりました。

いまやルノー・日産・三菱連合の自動車販売台数は1000万台を超え、トヨタを抜いて世界2位です。(1位はフォルクスワーゲン)

カルロス・ゴーンは、まさに世界の主要産業といえる自動車産業のトップに立つ人物の一人になったのです。


ルノーによる支配を阻止するため?


ところがその大物が、日本で逮捕されたのはなぜなのか?

この件については、様々な憶測や陰謀論が流れてきています。

直接の原因は、日産の資産を私的に流用しているなどとする内部告発があり、社内調査したらその通りだったということだと説明されています。

しかし、先ほども書いたように、ゴーン氏の公私混同癖は、今に始まったことではありません。当然、日産の幹部も知っていたことでしょう。

それなのになぜ今か?ということが注目されています。

有力な一つの説が、ルノーによる日産の完全子会社化を阻止するためだというものがあります。

もともとルノーの大株主である仏政府は、日産の完全支配を望んでいるといわれていました。

自動車産業は、下請け部品会社も含めるとかなり巨大な産業です。それを国内に持っていると、相当の雇用を生み出すことができます。

ルノーがイマイチな仏政府としては、業績好調な巨大企業である日産の工場を仏国内に持ってきたいところです。

ところが、それは得策ではないといって反対していたのが、グループを統率するカルロス・ゴーンでした。

面白くない仏政府は、ゴーンに対して、ルノーのCEOを辞めさせるぞ、と圧力をかけていたといわれます。

さすがのゴーンも圧力に折れてしまって、日産の完全子会社化を約束したのではないかと囁かれていました。


日産は、今でも配当という形でルノーに資金を払い続けています。実にルノーの最終利益の半分が、日産からの配当金だというではないですか。

ルノーは、日産がなければ立ち行かなくなる会社です。資金的な面だけではなく、技術的にも日産に頼り切った状態だといわれています。

ダメダメでも利益が出る状況が続くから、ルノーは立ち直らないのではないかと勘繰りたくなるほどです。

今でも日産におんぶにだっこ。この上、完全子会社なんかにされたら、日産のこれまでの努力や蓄積がいいように扱われてしまうと、日産側が反発するのも無理ないことです。

そこでゴーンCEOが、動き出す前に、逮捕という荒業を使って、阻止したのだというのが、一つの有力な説です。


東京地検特捜部の思惑


いっぽう東京地検特捜部が、大物事件を狙っていたという説があります。

東京地検特捜部は、8年ほど前、証拠を改ざんするというあり得ない失態を犯してしまい権威が地に堕ちてしまいました。

ここで再度権威を復活させるためには、大物事件が必要だったというのです。

そこに持ち込まれたカルロス・ゴーンに関する告発は、これ以上のない大物で、渡りに船です。

誰もが信じたカリスマ経営者の裏の顔を暴き、罪に問うことができれば、東京地検特捜部ここにあり!という存在感を示すことができます。

もっともここにきて「本当に罪に問えるのか?」「勇み足ではないのか?」という疑問の声も出てきていますが、たとえ微罪でも威信にかけて有罪にしようとするでしょうな。

げに恐ろしきは検察です。

その恐ろしい検察権力に乗っかったのが、日産の経営陣だとするとしたたかです。

検察や日産側がリークするゴーン会長の行状は、とても褒められたものではありません。あまりに強欲でセコいイメージの流布は、たとえ無罪になったとしても、復活は難しいのではないかと思えるほどのダメージを与えたことでしょう。


そのほか、西川社長の個人的な保身説や、トランプ米大統領黒幕説、あげくはカルロス・ゴーン自演説まであります。

まるで陰謀論大喜利の状態です。

いちいち論評していられませんが、それだけ皆が驚き、興味を持っている事件だということでしょう。


日産だけを狙った行状


それにしても酷いなぁと思うのが、ゴーンの私的流用疑惑が日産に限られていることです。

報酬を低く見積もったことに関しても「他の自動車会社の経営者はもっと高額報酬をもらっているのだから、自分ももらう」と堂々といえばよかったのに、それができなかったのはなぜか。

日産で理解を得られないことを恐れたというよりも、ルノーを恐れたと言った方がいいように思えます。

実は、仏政府からも「ゴーンCEOの報酬は高すぎる」という批判を浴びていました。

仏政府を怒らせば、ルノーCEOを下ろされるかも知れず、それはやはり怖かったのでしょう。

しかもルノーは、規律に厳しい会社です。ごまかすなんてできなかったようです。

そこで、ゆるゆるな日産だけで好き勝手をやったわけです。日産も舐められたものですよ。

翻せば、日本の企業や社会が舐められていたのではないかとも思えてきます。


成熟した民主主義の国による組織運営


いささか飛躍した意見を言いますが、私はここに、民主主義の成熟度をみてしまいます。

民主主義がただの合議制になってしまうと、危機が迫っている時の判断が間に合いません。

そこでひとりの強力なリーダーに全権委任した方がいい時があります。

独裁も時には必要なのです。

民主主義先進国である欧米の組織や社会には、強いリーダーに潔く任せて、皆で従う、というコンセンサスがあるのだろうと思います。

ところが、独裁者が権力を笠に着て好き放題しだしたら困るので、ブレーキをかける装置も必要になってきます。

ルノーにはその制御装置があらかじめ組み込まれていました。だから全権委任を受けたゴーンといえども、勝手なことはできなかったのです。

対して日産は、セクショナリズムの強い組織でした。たこつぼのようなセクションごとにミニリーダーが現れて、それぞれが権益を主張しあってきました。

そんな戦国時代のような状態では、グルーバル社会を生き抜くための方向性など持ちようがありません。

そこで、カルロス・ゴーンのような理不尽でも有無をいわさぬ外圧が必要になったのです。

しかし日産には独裁者を制御する装置は組み込まれていませんので、好き放題を許してしまいました。

まるで村を救った大魔神がそのまま暴走して村を破壊しているようなものですな。

それで検察の手を借りて、逮捕、などという荒療治が必要になってしまったのです。

聞くところによると、日産には、ミニ権力者が現れては、それが追い落とされることを繰り返してきた歴史があるといいます。

社内で皆が権力争いばかりやっていたら、それは会社も傾くというものです。

それに比べると、強いリーダーに全権委任し、しかも暴走を許さない機能を持つルノーは組織運営として優れています。

そこに、私は、民主主義の先進国である欧州の成熟ぶりをみるわけです。


■どの組織運営が優れているのかは一概には言えない

どの組織運営が優れているのかは一概には言えない


しかし、日産のようなセクショナリズムが強い組織にも利点があります。

各セクションは、自分たちの論理に従って動きますから、技術部はより技術を磨こうとし、生産部はより大量に生産しようとし、開発部はさらに新しい機能を開発しようとし、営業部は顧客との関係を強化しようとします。

それぞれが自セクションの論理や目的を追求するあまり、全体として非効率になっていくきらいはあるものの、各セクションには、知恵やノウハウが蓄積されていきます。

そんな様々なセクションにおいて蓄積されてきた技術や生産、販売などに関する知恵やノウハウが、いま、日産の強みとなっています。

組織運営に優れたルノーが、運営に失敗して破綻しかかった日産の技術力や生産力、販売力がなければ会社を維持できない状態になっている。という実に皮肉な図式です。


だから、これはどちらの組織や運営方法が優れいていると単純には語れないものだと考えます。

日産は、強力なリーダーを受け入れ、かつ制御する体制を持った方がいいと思いますし、ルノーは一見非効率さを組織に抱え、知恵やノウハウの蓄積を普段からしておくべきです。

理想をいえば、平時には日産のような合議制で望み、戦時下では軍事政権を抱く、切り替えができればいい。

が、組織は生き物ですから、そんな簡単に切り替えができるとは思えません。

いまは課題は課題として認識することに努め、自社組織の強み弱みを理解しておくことが最低限必要だと考えます。

組織というのは、時間が経つといずれ硬直化したり腐ったり暴走したりするものだと認識しておかなければなりません。

それが、今回の騒動をみて思ったことです。

参考

「日産・ルノー経営統合説」浮上で問われる重大疑問

日産リバイバルプランがもたらしたもの ゴーン問題の補助線(2)

日産には"カリスマ暴走"を許す土壌がある

ルノー有報、「報酬の決め方」だけで28ページ






(2018年12月13日メルマガより)


まさに平成最後にして、最大の経済事件が起きたといってもいいでしょう。

世界第2位の生産台数を誇るルノー・日産・三菱自動車グループのトップであるカルロス・ゴーン(敬称略)が、日本の東京地検特捜部によって逮捕されました。

逮捕されたのは、2018年11月19日。容疑は、金融商品取引法違反です。

もう少し詳しくいうと、日産自動車の有価証券報告書に、ゴーン会長の報酬を実際より少なく記載していたという疑いです。

有価証券報告書とは、企業が主に年1回、決算の内容などを外部に向けて報告するための書類です。

日産自動車は株式上場していますので、株を購入しようと考える人に向けて、正しい情報を開示する責任があります。

それが間違っていたとすると、購入する人が判断を誤ることにつながります。

だから株式を公開している企業は、正しい情報を提供しなければなりません。いくら自社の内容に関することでも、意図して隠蔽したり、ウソを記載することは罪に問われてしまいます。


業務上横領や特別背任が本丸?


ところが、この事件、けっこう複雑な事情を抱えているようです。

まず、有価証券報告書に正しい報酬額を記載しなかったという件。違反は違反だが、いきなりトップを逮捕するほどの重大な罪だろうか?という声があります。

しかも、有価証券報告書は、ゴーン会長が一人で書くものではありません。当然、日産の複数の取締役や各部署が関わって作成し、それを取締役会が承認しているはずです。

それなのに、外国人トップとその腹心2名だけが逮捕されました。どうやら、その他の関係者は司法取引によって罪を免れたと言われています。

※司法取引とは、罪に問われるべき者が、司法に協力することによって、罪の軽減を得る取引のことです。

その経緯からみて、余罪を本丸とした別件逮捕ではないのか?というのが当然の疑問です。

ゴーン会長は、日産の財産を私的流用していたといわれており、それが本当だとすると、より重罪である業務上横領や特別背任で逮捕される可能性もあるようです。


もともとお金にクリーンな人ではなかった


え?ゴーンってそんなに悪いやつだったの?日産を破綻の危機から救った救世主だったんじゃないの?

って多くの人は驚いたでしょう。呆れたり、落胆したり、裏切られたと怒ったりした人もいたのではないでしょうか。

しかし、そう単純でもなさそうです。

そもそも、カルロス・ゴーンという人が、決してお金にきれいな人ではないことは、かなり前から噂として聞こえていました。

私の耳に入るぐらいだから、日産関係の人には衆知の事実だったのではないでしょうか?

少なくとも叩けばホコリが出るイメージのある人でした。だけど、それでも大きな功績がある人なので、大目に見られていたのだったと思います。

それが、今になって逮捕、というのは穏やかではありません。なぜこの時期なのか?というところが様々な憶測を呼んでいます。


「コストカッター」の異名


カルロス・ゴーンは、1954年、ブラジルで生まれました。父はレバノンからの移民でした。

成績優秀だったゴーンは、フランスの大学を出て、大手タイヤメーカーのミシュランに就職します。

ミシュランで実力を発揮し、各地域の責任者を歴任したゴーンは、フランス最大の自動車メーカールノーにヘッドハンティングされます。

1999年、経営破綻寸前だった日産自動車に、ルノーが資本参加することになりました。

その際、再建役として日産に送り込まれたのが、カルロス・ゴーンでした。

ゴーンは、ミシュランで、いくつもの工場や事業部を立て直した実績を持っています。容赦ない事業再構築の姿勢は「コストカッター」の異名を与えられるほどでした。

その実力が、日産のV字回復において、いかんなく発揮されることになりました。


日産にはびこるセクショナリズム


当時、日産は、1兆3千億円以上の借金を抱える会社でしたが、利益は出たりでなかったり。とても借金を返していけるような状況ではありませんでした。資産を精査すれば、既に破綻している、となっていたかも知れません。それぐらい追い詰められた状況でした。

なぜ、日産ほどの会社がそのようなていたらくとなったのか?当時は、バブル経済崩壊後で、日本全体が厳しかったこともあります。

が、指摘されているのは、日産という組織にはびこるセクショナリズムです。

組織というものは多かれ少なかれ、各セクションがお互いの利益を優先するあまり、全体の利益を損なうようになっていくものです。

営業部と生産部が対立することもありますし、開発部と経理部がいがみあうこともあります。

東京と地方が対立することもあれば、管理職と組合員が激しくやりあうこともあります。

あるいは、社長派と専務派が足を引っ張りあうこともあれば、出身学校で派閥を作っていることもあります。

日産は、どうもそれがひどかったらしい。

大企業といえども人間の集まりですから、それぞれが自分の既得権益を守ろうとし、いつまでも居心地のいい状態を保とうとします。

自分や自分の仲間が楽しく健やかに過ごせるならば、他のセクションや派閥の連中が少々苦しもうと関係ない、と思うものです。

各セクションは、自分だけが使える人員や設備を抱え込もうとするので、全体でみれば無駄が積みあがってしまいます。日産に販売実力以上の工場や生産ラインがあったのは、そういう事情があったからなのでしょう。

しかも、日産の場合、会社のOBが、下請けや関係会社などに出向したり、転職(天下り)したりしていたらしい。

経営陣も、先輩が社長をしている部品供給会社や販売会社に、厳しくは言いにくいものですから、どうしてもなあなあの関係になってしまいます。

日産が昔の官僚機構なみに膨れ上がった内部の非効率を抱え続けたのは、そこで甘い汁を吸っていた大勢の人たちがいたというわけです。


日産をV字回復させた鮮やかな手腕


当時の日産の経営陣も「無駄な資産や関係を断捨離して、利益の出る体質にしなければならない」とわかっていたのですが、しがらみが強すぎて思い切ったことができませんでした。

そこにやってきたのが、ブラジル生まれのレバノン系フランス人という複雑なルーツを持つカルロス・ゴーンでした。

日産の最大の問題が、たこつぼのようになったセクショナリズムだと気づいた彼は、比較的しがらみの薄い若手社員を組織横断的に集めて、自分直轄の「クロスファンクショナルチーム」を結成します。

戦略、マーケティング、購買、財務など、経営の課題ごとに、10人前後のチームを作り、彼らにその問題点と解決策を考えさせました。

これは実に理にかなったやり方です。日産のことは日産の社員にやらせる。しかもしがらみのない若手を抜擢する。自分で立てた解決策だから、自分でやるように促す。

それを短期間で運営し「日産リバイバルプラン」にまとめあげたゴーンのリーダーシップはさすがだというほかありません。

プランを立てただけではなく、もちろんそれを猛烈に実行しました。日産リバイバルプランに示された無駄な資産の整理に取り組み、1年でほぼ完了していまいます。

資産整理のために発生した損失は1999年度にすべて計上してしまったため、ゴーン1年目は、6844億円の盛大な赤字となりました。

しかし、会社に溜まった膿をほとんど吐き出してしまったため、次年度から利益が出るしかない状況が出来上がったのです。

この手法は実に鮮やかです。

当時、会計の専門家が「理論的には可能だと知っていたが、実際にやったということに脱帽した」と言っているのを聞いたことがあります。

専門家でさえ驚く鮮やかな手法は、日本の経済界に驚嘆と称賛を以て迎えられました。その後、ゴーンの示したV字回復の手法が、日本の企業再生のスタンダードになっていくのです。


切り捨てられた者の恨み


もっとも膿とされた方からは怨嗟の声が上がっています。

国内に7つあった工場のうち3つを閉鎖するというどえらいリストラ策に踏み切りました。

下請けの部品工場の系列はズタズタに解体し、安いところから調達するということを徹底しました。

おまけに販売会社も整理してしまい、販売リベートも大幅に削減しました。

いずれも日産OBたちが所属する子会社や系列会社、下請け会社を何の忖度もなしに切り捨ててしまったのだから、それは恨みの声も上がるというものです。

おかげで、それまで脈々と受け継がれてきた下請け系列の技術的な強みや販売力が著しく損なわれてしまったという話も聞こえてきます。

それなのに、当のカルロス・ゴーンは、日産の金で好き放題やっているのだから、ふざけんな!と憤慨する気持ちはわからないでもない。

もっとも、切り捨てられた方の中にも、それまで散々甘い汁を吸ってきた者がいるのでしょうから、100%同情はできないとも言っておきます。


コストカットだけではない再建手法


膿を出し切った後の回復策も鮮やかでした。

ゴーン以前、日産は、売れない大量の車種を開発製造していました。これも、それぞれの派閥が自分たちの車や製造ラインを手放さなかったからだといわれています。

それをゴーンCEOは、少数の売れる車に厳選し、販売力を集中させました。

地域戦略も明確です。トヨタが強い北米に対しては、高級車のみに絞り込み、日産は、中国や南米などに販売拡大していきました。

ランチェスター戦略にてらしても、実に理にかなった方向性を持っていると評価できます。

問題は日本国内市場です。国内を見限り、グローバル展開に舵を切りました。

おかげで以前は日本で2位だった日産がいまや5位です。販売系列会社を整理してしまったのは、日本は重要拠点ではないというサインだったようです。

日本の会社なのに日本国内を見限るというのは心情的には寂しいと思いますが、グローバル市場の状況をみれば、理にかなった選択だといえます。

その他、トヨタが強いハイブリッド車には手を出さず、電気自動車の開発に舵を切りました。

あるいは自動運転車の開発についてはイスラエルの会社と提携しています。

日本軽視という批判はあるものの、グローバルにおいては、さすがゴーンCEOといえるような展開力です。

果たして、日産は2000年より売上利益ともV字回復をみせ、2001年には、有利子負債を4350億円に圧縮するという奇跡のような成果を上げました。

これは、日産リバイバルプランに示された期限を1年前倒しての達成でした。


日産という巨大企業を立て直したカルロス・ゴーンはその手腕を認められ、2005年には、ルノー本体のCEOに就任。

2016年には、三菱自動車の会長も兼任するようになり、ルノー・日産・三菱連合は、実質的にゴーンが統治するものとなりました。

いまやルノー・日産・三菱連合の自動車販売台数は1000万台を超え、トヨタを抜いて世界2位です。(1位はフォルクスワーゲン)

カルロス・ゴーンは、まさに世界の主要産業といえる自動車産業のトップに立つ人物の一人になったのです。


ルノーによる支配を阻止するため?


ところがその大物が、日本で逮捕されたのはなぜなのか?

この件については、様々な憶測や陰謀論が流れてきています。

直接の原因は、日産の資産を私的に流用しているなどとする内部告発があり、社内調査したらその通りだったということだと説明されています。

しかし、先ほども書いたように、ゴーン氏の公私混同癖は、今に始まったことではありません。当然、日産の幹部も知っていたことでしょう。

それなのになぜ今か?ということが注目されています。

有力な一つの説が、ルノーによる日産の完全子会社化を阻止するためだというものがあります。

もともとルノーの大株主である仏政府は、日産の完全支配を望んでいるといわれていました。

自動車産業は、下請け部品会社も含めるとかなり巨大な産業です。それを国内に持っていると、相当の雇用を生み出すことができます。

ルノーがイマイチな仏政府としては、業績好調な巨大企業である日産の工場を仏国内に持ってきたいところです。

ところが、それは得策ではないといって反対していたのが、グループを統率するカルロス・ゴーンでした。

面白くない仏政府は、ゴーンに対して、ルノーのCEOを辞めさせるぞ、と圧力をかけていたといわれます。

さすがのゴーンも圧力に折れてしまって、日産の完全子会社化を約束したのではないかと囁かれていました。


日産は、今でも配当という形でルノーに資金を払い続けています。実にルノーの最終利益の半分が、日産からの配当金だというではないですか。

ルノーは、日産がなければ立ち行かなくなる会社です。資金的な面だけではなく、技術的にも日産に頼り切った状態だといわれています。

ダメダメでも利益が出る状況が続くから、ルノーは立ち直らないのではないかと勘繰りたくなるほどです。

今でも日産におんぶにだっこ。この上、完全子会社なんかにされたら、日産のこれまでの努力や蓄積がいいように扱われてしまうと、日産側が反発するのも無理ないことです。

そこでゴーンCEOが、動き出す前に、逮捕という荒業を使って、阻止したのだというのが、一つの有力な説です。


東京地検特捜部の思惑


いっぽう東京地検特捜部が、大物事件を狙っていたという説があります。

東京地検特捜部は、8年ほど前、証拠を改ざんするというあり得ない失態を犯してしまい権威が地に堕ちてしまいました。

ここで再度権威を復活させるためには、大物事件が必要だったというのです。

そこに持ち込まれたカルロス・ゴーンに関する告発は、これ以上のない大物で、渡りに船です。

誰もが信じたカリスマ経営者の裏の顔を暴き、罪に問うことができれば、東京地検特捜部ここにあり!という存在感を示すことができます。

もっともここにきて「本当に罪に問えるのか?」「勇み足ではないのか?」という疑問の声も出てきていますが、たとえ微罪でも威信にかけて有罪にしようとするでしょうな。

げに恐ろしきは検察です。

その恐ろしい検察権力に乗っかったのが、日産の経営陣だとするとしたたかです。

検察や日産側がリークするゴーン会長の行状は、とても褒められたものではありません。あまりに強欲でセコいイメージの流布は、たとえ無罪になったとしても、復活は難しいのではないかと思えるほどのダメージを与えたことでしょう。


そのほか、西川社長の個人的な保身説や、トランプ米大統領黒幕説、あげくはカルロス・ゴーン自演説まであります。

まるで陰謀論大喜利の状態です。

いちいち論評していられませんが、それだけ皆が驚き、興味を持っている事件だということでしょう。


日産だけを狙った行状


それにしても酷いなぁと思うのが、ゴーンの私的流用疑惑が日産に限られていることです。

報酬を低く見積もったことに関しても「他の自動車会社の経営者はもっと高額報酬をもらっているのだから、自分ももらう」と堂々といえばよかったのに、それができなかったのはなぜか。

日産で理解を得られないことを恐れたというよりも、ルノーを恐れたと言った方がいいように思えます。

実は、仏政府からも「ゴーンCEOの報酬は高すぎる」という批判を浴びていました。

仏政府を怒らせば、ルノーCEOを下ろされるかも知れず、それはやはり怖かったのでしょう。

しかもルノーは、規律に厳しい会社です。ごまかすなんてできなかったようです。

そこで、ゆるゆるな日産だけで好き勝手をやったわけです。日産も舐められたものですよ。

翻せば、日本の企業や社会が舐められていたのではないかとも思えてきます。


成熟した民主主義の国による組織運営


いささか飛躍した意見を言いますが、私はここに、民主主義の成熟度をみてしまいます。

民主主義がただの合議制になってしまうと、危機が迫っている時の判断が間に合いません。

そこでひとりの強力なリーダーに全権委任した方がいい時があります。

独裁も時には必要なのです。

民主主義先進国である欧米の組織や社会には、強いリーダーに潔く任せて、皆で従う、というコンセンサスがあるのだろうと思います。

ところが、独裁者が権力を笠に着て好き放題しだしたら困るので、ブレーキをかける装置も必要になってきます。

ルノーにはその制御装置があらかじめ組み込まれていました。だから全権委任を受けたゴーンといえども、勝手なことはできなかったのです。

対して日産は、セクショナリズムの強い組織でした。たこつぼのようなセクションごとにミニリーダーが現れて、それぞれが権益を主張しあってきました。

そんな戦国時代のような状態では、グルーバル社会を生き抜くための方向性など持ちようがありません。

そこで、カルロス・ゴーンのような理不尽でも有無をいわさぬ外圧が必要になったのです。

しかし日産には独裁者を制御する装置は組み込まれていませんので、好き放題を許してしまいました。

まるで村を救った大魔神がそのまま暴走して村を破壊しているようなものですな。

それで検察の手を借りて、逮捕、などという荒療治が必要になってしまったのです。

聞くところによると、日産には、ミニ権力者が現れては、それが追い落とされることを繰り返してきた歴史があるといいます。

社内で皆が権力争いばかりやっていたら、それは会社も傾くというものです。

それに比べると、強いリーダーに全権委任し、しかも暴走を許さない機能を持つルノーは組織運営として優れています。

そこに、私は、民主主義の先進国である欧州の成熟ぶりをみるわけです。


■どの組織運営が優れているのかは一概には言えない

どの組織運営が優れているのかは一概には言えない


しかし、日産のようなセクショナリズムが強い組織にも利点があります。

各セクションは、自分たちの論理に従って動きますから、技術部はより技術を磨こうとし、生産部はより大量に生産しようとし、開発部はさらに新しい機能を開発しようとし、営業部は顧客との関係を強化しようとします。

それぞれが自セクションの論理や目的を追求するあまり、全体として非効率になっていくきらいはあるものの、各セクションには、知恵やノウハウが蓄積されていきます。

そんな様々なセクションにおいて蓄積されてきた技術や生産、販売などに関する知恵やノウハウが、いま、日産の強みとなっています。

組織運営に優れたルノーが、運営に失敗して破綻しかかった日産の技術力や生産力、販売力がなければ会社を維持できない状態になっている。という実に皮肉な図式です。


だから、これはどちらの組織や運営方法が優れいていると単純には語れないものだと考えます。

日産は、強力なリーダーを受け入れ、かつ制御する体制を持った方がいいと思いますし、ルノーは一見非効率さを組織に抱え、知恵やノウハウの蓄積を普段からしておくべきです。

理想をいえば、平時には日産のような合議制で望み、戦時下では軍事政権を抱く、切り替えができればいい。

が、組織は生き物ですから、そんな簡単に切り替えができるとは思えません。

いまは課題は課題として認識することに努め、自社組織の強み弱みを理解しておくことが最低限必要だと考えます。

組織というのは、時間が経つといずれ硬直化したり腐ったり暴走したりするものだと認識しておかなければなりません。

それが、今回の騒動をみて思ったことです。

参考

「日産・ルノー経営統合説」浮上で問われる重大疑問

日産リバイバルプランがもたらしたもの ゴーン問題の補助線(2)

日産には"カリスマ暴走"を許す土壌がある

ルノー有報、「報酬の決め方」だけで28ページ






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