島田紳助の研究

2007.07.19

(2007年7月19日メルマガより)

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■よく本格派の作家やアーティストが苦節○○年で売れ出した時「時代が彼
に追いついた」という言い方をします。

かっこいいコピーですね。一度、言われてみたいもんです^^

時代が追いつく前、彼らは、コツコツと自分の世界観やスキルを磨いていた
わけです。積み上げの時期が長い分だけ、内容も深くなっていることでしょ
う。本格派の売れ方は、だから息の長いものとなります。

ビジネスでも同じですね。コツコツ積み上げるタイプの事業者は、爆発的な
業績アップはないもののリピート需要をつかむことで、長いビジネス展開を
行うことができます。コツコツ派は、それを狙うしかありません。

■しかし、もし時代が彼らに追いつかなかったら、どうなっていたのでしょ
うか?

考えたくありませんが、多分、そういう人やビジネスはいっぱいあるのでは
ないでしょうか。

「実力は充分だが運がなかった」「いいビジネスだが10年早すぎた」と言わ
れて、慰めにしていきますか。死後○○年に評価されることを祈って耐えて
いきますか。

そう考えると、本格派も色物も「売れる」ということは偶然や運によるもの
ではないかと疑いたくなります。

■島田紳助なら、そういう実力頼みの本格派を冷ややかに見ているのかも知
れません。

最近発売されたDVD「紳竜の研究」を観て、そう思いました。

これはスゴイDVDです。紳助竜介の漫才のグラフティのつもりで見たので
すが、見事に裏切られました。まさに題名の通り「研究」です。

漫才を見て素直に笑うよりも、この漫才はどういう構造でできているのか、
どういう変遷を経て衰退していったのかを分析するための資料のようです。
ここまで丸裸にしていいもんでしょうか?

■この中に、NSC(吉本総合芸能学院)で行われた、紳助の一度だけの講
義が収録されています。1時間半ほどの収録ですが、それがまたスゴイ。

類稀な成功者である島田紳助の「成功哲学」が存分に述べられています。そ
の内容は、著書「ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する―絶対
に失敗しないビジネス経営哲学
」などでも述べられていることなのですが、
本人の口から聞くと、より説得力があります。

■「むやみに努力してもあかんよ!」と紳助は言います。

紳助は漫才をやると決めた時、自分の能力と漫才というジャンルを徹底して
研究したそうです。彼は、その行動を「XY理論」に基づくものだと称して
います。

Xとは「自分ができること、人に勝てること」、Yとは「時代の流れ」。X
とYがクロスした時に「売れる」という成果につながるという考え方です。

これは経営理論で言うと「SWOT分析」を徹底するということです。その
上で、強み(S)と機会(O)がクロスするところにターゲットを定めるわ
けです。

理に適った行動です。
まずは漫才の歴史を俯瞰し、時代時代で主要な漫才のビデオやテープを聞く。
さらに自分が面白いと思う現在の漫才のビデオやテープを聞く。
それらを膨大な時間をかけて紙に書き写し、どこが面白いと評価されたのか、
また自分がどこを面白いと感じるのかを細かく分析したそうです。
(間のとり方、オチのパターン、リズムなどを掴んだと言っています)
こうして、現在の漫才の流れとこれから売れる漫才を予測します。

次に、自分の能力を冷静に分析します。
ここで紳助の分析は恐ろしく慎重です。いや、臆病です。島田紳助という人
物を語る時、怜悧な頭脳と同時に、極端な臆病さも外すことはできません。
私はこの臆病さ小心さは成功者の特徴のひとつだと考えているのですがいか
がでしょうか。

同期に明石屋さんまとオール巨人という才能がいたことが紳助の方向性を規
定します。
さんまのような華があるピン芸人にはなれない。オール巨人のような本格派
漫才では勝てない。
そこで、ツナギでリーゼントのツッパリ漫才が出来上がりました。

「それが決まってからはじめて努力しよう!」というわけです。だから、決
して努力を否定しているわけではありません。努力の方向性を間違わないで
おこうという教えです。

■もっとも漫才の内容そのものは島田洋七に言わせると「ほとんどがパクリ」
だそうです。紳助もそれは否定していません。ただし、ネタをパクるわけで
はなく「システム」をパクったんだと言います。

双方の役割。喋る分量。テンポと間の取り方。ネタのパターン。これらは確
かにB&Bの漫才によく似ています。ただ、それらを紳助竜介のキャラクタ
ーに置き換えて身近なネタを題材にアレンジしなおしているわけです。漫才
というジャンルを研究し分析しつくしたからこそできる芸当です。

「差別化」の使い方を考える上で、非常に参考になる事例ではないでしょう
か。

「B&Bになら勝てると思った」と紳助の攻撃目標にされた洋七にすればい
い迷惑だったでしょう。(講義ではB&Bに勝てると思った理由も述べられ
ていますが、ここでは言わないでおきます...)

■紳助の方法は「時代に沿う」というやり方です。今売れているもの、これ
から売れそうなものに自分を合わせる。ここには「時代が彼に追いついた」
という偶然が入る余地がありません。

紳助は「一発屋」のことを「偶然、時代と事故を起こした人」と表現してい
ました。偶然なので鮮烈です。一時的にムチャクチャな売れ方をします。時
代を代表する大物になる可能性もあります。ただし、時代がズレはじめた時
に対処のしようがありません。

しかし、理に適った売れ方は、持続が可能です。方法論があるので、対処が
できるのです。

■もっともこの方法では時代の波に乗ることはできても「時代を創る」よう
な巨大な波を起こすことはできません。

紳助もそれを望んでいるわけではなさそうです。

紳助はまさに「売れること」を目標に設定し、そのための戦略を実行してい
ったわけです。

ここは意外と重要です。目標を明確にすることが成功の条件の一つですが、
多くは「売れること」「楽しむこと」「名前を残すこと」「納得する仕事を
すること」など複数の目標を何となく持ってしまい戦略にズレを生じさせて
しまうものです。「売れること」1つにに焦点を合わせるというのは、でき
そうでできないことなんですね。

ただ、紳助竜介には「売れること」に青春のエネルギーをすべてぶつけると
いう迫力がありました。それがクレイジーな勢いを生んでいたのだと私は思
っています。彼らの漫才の題名はいつも「青春の叫び」という異例なもので
した。

■紳助は「負けるぐらいなら戦わない」と言います。若手の頃、何度か舞台
に穴を開けたことがあったそうですが、それも「今日は勝てない」と感じる
時には行けなかったんだそうです。

引退を決意したくだりも有名です。デビュー2年目のダウンタウンの漫才を
舞台の袖から見て「こいつらと比べられたら俺は終わる」「負けるぐらいな
ら辞める。それやったら引き分けで済む」と考え、引退を決めたというスト
ーリーです。

いかにも臆病で卑怯な所作に思えるでしょうか。

ダウンタウンの松本も「本当は紳竜とまともに勝負をしたかった」と漏らし
ています。本音でしょう。

しかし「勝ちやすきに勝て」という原則にてらすまでもなく、人生には負け
たら終わりという事柄があります。玉砕すれば気分は晴れるかも知れません
が、それは蛮勇というものです。安易に投げ出す愚は避けなければなりませ
ん。紳助の次の展開を考えた時、この姿勢は全く正当だと思います。

(ただし、紳助は、このエピソードを自身の価値を高めるために散々利用し
ていますので素直には受取れませんがね^^)

■紳助が竜介に言ったこと。それは「漫才を長い間続けるつもりはない」と
いうことでした。

紳竜の漫才はいわば一発屋を演出するというやり方です。
ターゲットは寄席に来る客ではなく、追っかけのファンでもなく、普段漫才
を見ないような感性の鋭い若い世代でした。
彼らに向けて「針の先のような」尖った鋭い笑いを提供し、絶大な支持を得
たのです。(by島田洋七)
ただし、この方法は長続きしません。何しろ、ターゲットはテレビの向こう
にいてこちらから見えないのです。感性が微妙にズレただけでも、そっぽを
向かれてしまい修正は困難です。
紳助はそれを分かっていたし、竜介も覚悟していたようです。

最後の方の漫才は痛々しさを感じます。「今日の漫才はおもろないで」「紳
竜はもう落ち目やから」自虐ネタが寄席の客には受けてはいますが、彼らの
危機感が前面に出ており、もうプラスのエネルギーは感じられません。悲痛
です。

しかし紳助のもともとの目標は「売れること」でしたから、既に達成してい
ます。次の目標である「生き残ること」を目指すためにはスタイルを変える
必要があります。

(この当時、紳助は、しきりに自分の戦略を周囲に訴えています。この頃か
ら、紳助は頭がいい、将来を考えている、という評判が立ち始めました)

周知の通り、その後、紳助はピン芸人として「司会業」を選択し、さらなる
飛躍を遂げます。

そこに竜介の居場所はありませんでした。

竜介が死んだ時「あいつも俺と組まんかったら売れてなかったやろうし、違
う人生があったんやろうな」と呟いていました(;_;)

ただ、生き残るために必死なのですから、相方の人生まで見る余裕はなかっ
たでしょう。誰も彼を責めることはできません。

■「売れた」後に何があったのでしょうか。

戦略を立て、その通りやってきたから売れた。すべて順調だった。まさに絵
に描いたような成功者です。

びっくりするぐらい儲かった。考えられないぐらいいい女とも知り合った。
だけどそんなことで満たされるわけではないようです。

紳助は今でも「売れたのは偶然じゃないだろうか」という疑念に苛まれるそ
うです。自分では計画通りやってきたつもりでも、結局は運が良かっただけ
ではないか。たまたまじゃないと言えるのか。

だから、紳助は不動産ビジネスや物販業、飲食店ビジネスの立ち上げを繰り
返しています。すべて自分の成功法則が通用するかどうかを確認するためな
んだそうです。だから成功した時点で止めてしまう。まるでゲームです。

これはもう「成功依存症」ですな。

■芸能界においては"ポストみのもんた"とも言われる紳助ですが、そのポ
ジションに情熱を傾けることができるでしょうか。

芸能界ではない異分野への挑戦を計画しているのではないかと私は考えてい
ます。根拠はありませんが。

いずれにしろ紳助の行動は比較的分かりやすいので、いろいろな分野にチャ
レンジして我々に研究のネタを提供してほしいものです。

興味深い参考対象として注目しております。


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に追いついた」という言い方をします。

かっこいいコピーですね。一度、言われてみたいもんです^^

時代が追いつく前、彼らは、コツコツと自分の世界観やスキルを磨いていた
わけです。積み上げの時期が長い分だけ、内容も深くなっていることでしょ
う。本格派の売れ方は、だから息の長いものとなります。

ビジネスでも同じですね。コツコツ積み上げるタイプの事業者は、爆発的な
業績アップはないもののリピート需要をつかむことで、長いビジネス展開を
行うことができます。コツコツ派は、それを狙うしかありません。

■しかし、もし時代が彼らに追いつかなかったら、どうなっていたのでしょ
うか?

考えたくありませんが、多分、そういう人やビジネスはいっぱいあるのでは
ないでしょうか。

「実力は充分だが運がなかった」「いいビジネスだが10年早すぎた」と言わ
れて、慰めにしていきますか。死後○○年に評価されることを祈って耐えて
いきますか。

そう考えると、本格派も色物も「売れる」ということは偶然や運によるもの
ではないかと疑いたくなります。

■島田紳助なら、そういう実力頼みの本格派を冷ややかに見ているのかも知
れません。

最近発売されたDVD「紳竜の研究」を観て、そう思いました。

これはスゴイDVDです。紳助竜介の漫才のグラフティのつもりで見たので
すが、見事に裏切られました。まさに題名の通り「研究」です。

漫才を見て素直に笑うよりも、この漫才はどういう構造でできているのか、
どういう変遷を経て衰退していったのかを分析するための資料のようです。
ここまで丸裸にしていいもんでしょうか?

■この中に、NSC(吉本総合芸能学院)で行われた、紳助の一度だけの講
義が収録されています。1時間半ほどの収録ですが、それがまたスゴイ。

類稀な成功者である島田紳助の「成功哲学」が存分に述べられています。そ
の内容は、著書「ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する―絶対
に失敗しないビジネス経営哲学
」などでも述べられていることなのですが、
本人の口から聞くと、より説得力があります。

■「むやみに努力してもあかんよ!」と紳助は言います。

紳助は漫才をやると決めた時、自分の能力と漫才というジャンルを徹底して
研究したそうです。彼は、その行動を「XY理論」に基づくものだと称して
います。

Xとは「自分ができること、人に勝てること」、Yとは「時代の流れ」。X
とYがクロスした時に「売れる」という成果につながるという考え方です。

これは経営理論で言うと「SWOT分析」を徹底するということです。その
上で、強み(S)と機会(O)がクロスするところにターゲットを定めるわ
けです。

理に適った行動です。
まずは漫才の歴史を俯瞰し、時代時代で主要な漫才のビデオやテープを聞く。
さらに自分が面白いと思う現在の漫才のビデオやテープを聞く。
それらを膨大な時間をかけて紙に書き写し、どこが面白いと評価されたのか、
また自分がどこを面白いと感じるのかを細かく分析したそうです。
(間のとり方、オチのパターン、リズムなどを掴んだと言っています)
こうして、現在の漫才の流れとこれから売れる漫才を予測します。

次に、自分の能力を冷静に分析します。
ここで紳助の分析は恐ろしく慎重です。いや、臆病です。島田紳助という人
物を語る時、怜悧な頭脳と同時に、極端な臆病さも外すことはできません。
私はこの臆病さ小心さは成功者の特徴のひとつだと考えているのですがいか
がでしょうか。

同期に明石屋さんまとオール巨人という才能がいたことが紳助の方向性を規
定します。
さんまのような華があるピン芸人にはなれない。オール巨人のような本格派
漫才では勝てない。
そこで、ツナギでリーゼントのツッパリ漫才が出来上がりました。

「それが決まってからはじめて努力しよう!」というわけです。だから、決
して努力を否定しているわけではありません。努力の方向性を間違わないで
おこうという教えです。

■もっとも漫才の内容そのものは島田洋七に言わせると「ほとんどがパクリ」
だそうです。紳助もそれは否定していません。ただし、ネタをパクるわけで
はなく「システム」をパクったんだと言います。

双方の役割。喋る分量。テンポと間の取り方。ネタのパターン。これらは確
かにB&Bの漫才によく似ています。ただ、それらを紳助竜介のキャラクタ
ーに置き換えて身近なネタを題材にアレンジしなおしているわけです。漫才
というジャンルを研究し分析しつくしたからこそできる芸当です。

「差別化」の使い方を考える上で、非常に参考になる事例ではないでしょう
か。

「B&Bになら勝てると思った」と紳助の攻撃目標にされた洋七にすればい
い迷惑だったでしょう。(講義ではB&Bに勝てると思った理由も述べられ
ていますが、ここでは言わないでおきます...)

■紳助の方法は「時代に沿う」というやり方です。今売れているもの、これ
から売れそうなものに自分を合わせる。ここには「時代が彼に追いついた」
という偶然が入る余地がありません。

紳助は「一発屋」のことを「偶然、時代と事故を起こした人」と表現してい
ました。偶然なので鮮烈です。一時的にムチャクチャな売れ方をします。時
代を代表する大物になる可能性もあります。ただし、時代がズレはじめた時
に対処のしようがありません。

しかし、理に適った売れ方は、持続が可能です。方法論があるので、対処が
できるのです。

■もっともこの方法では時代の波に乗ることはできても「時代を創る」よう
な巨大な波を起こすことはできません。

紳助もそれを望んでいるわけではなさそうです。

紳助はまさに「売れること」を目標に設定し、そのための戦略を実行してい
ったわけです。

ここは意外と重要です。目標を明確にすることが成功の条件の一つですが、
多くは「売れること」「楽しむこと」「名前を残すこと」「納得する仕事を
すること」など複数の目標を何となく持ってしまい戦略にズレを生じさせて
しまうものです。「売れること」1つにに焦点を合わせるというのは、でき
そうでできないことなんですね。

ただ、紳助竜介には「売れること」に青春のエネルギーをすべてぶつけると
いう迫力がありました。それがクレイジーな勢いを生んでいたのだと私は思
っています。彼らの漫才の題名はいつも「青春の叫び」という異例なもので
した。

■紳助は「負けるぐらいなら戦わない」と言います。若手の頃、何度か舞台
に穴を開けたことがあったそうですが、それも「今日は勝てない」と感じる
時には行けなかったんだそうです。

引退を決意したくだりも有名です。デビュー2年目のダウンタウンの漫才を
舞台の袖から見て「こいつらと比べられたら俺は終わる」「負けるぐらいな
ら辞める。それやったら引き分けで済む」と考え、引退を決めたというスト
ーリーです。

いかにも臆病で卑怯な所作に思えるでしょうか。

ダウンタウンの松本も「本当は紳竜とまともに勝負をしたかった」と漏らし
ています。本音でしょう。

しかし「勝ちやすきに勝て」という原則にてらすまでもなく、人生には負け
たら終わりという事柄があります。玉砕すれば気分は晴れるかも知れません
が、それは蛮勇というものです。安易に投げ出す愚は避けなければなりませ
ん。紳助の次の展開を考えた時、この姿勢は全く正当だと思います。

(ただし、紳助は、このエピソードを自身の価値を高めるために散々利用し
ていますので素直には受取れませんがね^^)

■紳助が竜介に言ったこと。それは「漫才を長い間続けるつもりはない」と
いうことでした。

紳竜の漫才はいわば一発屋を演出するというやり方です。
ターゲットは寄席に来る客ではなく、追っかけのファンでもなく、普段漫才
を見ないような感性の鋭い若い世代でした。
彼らに向けて「針の先のような」尖った鋭い笑いを提供し、絶大な支持を得
たのです。(by島田洋七)
ただし、この方法は長続きしません。何しろ、ターゲットはテレビの向こう
にいてこちらから見えないのです。感性が微妙にズレただけでも、そっぽを
向かれてしまい修正は困難です。
紳助はそれを分かっていたし、竜介も覚悟していたようです。

最後の方の漫才は痛々しさを感じます。「今日の漫才はおもろないで」「紳
竜はもう落ち目やから」自虐ネタが寄席の客には受けてはいますが、彼らの
危機感が前面に出ており、もうプラスのエネルギーは感じられません。悲痛
です。

しかし紳助のもともとの目標は「売れること」でしたから、既に達成してい
ます。次の目標である「生き残ること」を目指すためにはスタイルを変える
必要があります。

(この当時、紳助は、しきりに自分の戦略を周囲に訴えています。この頃か
ら、紳助は頭がいい、将来を考えている、という評判が立ち始めました)

周知の通り、その後、紳助はピン芸人として「司会業」を選択し、さらなる
飛躍を遂げます。

そこに竜介の居場所はありませんでした。

竜介が死んだ時「あいつも俺と組まんかったら売れてなかったやろうし、違
う人生があったんやろうな」と呟いていました(;_;)

ただ、生き残るために必死なのですから、相方の人生まで見る余裕はなかっ
たでしょう。誰も彼を責めることはできません。

■「売れた」後に何があったのでしょうか。

戦略を立て、その通りやってきたから売れた。すべて順調だった。まさに絵
に描いたような成功者です。

びっくりするぐらい儲かった。考えられないぐらいいい女とも知り合った。
だけどそんなことで満たされるわけではないようです。

紳助は今でも「売れたのは偶然じゃないだろうか」という疑念に苛まれるそ
うです。自分では計画通りやってきたつもりでも、結局は運が良かっただけ
ではないか。たまたまじゃないと言えるのか。

だから、紳助は不動産ビジネスや物販業、飲食店ビジネスの立ち上げを繰り
返しています。すべて自分の成功法則が通用するかどうかを確認するためな
んだそうです。だから成功した時点で止めてしまう。まるでゲームです。

これはもう「成功依存症」ですな。

■芸能界においては"ポストみのもんた"とも言われる紳助ですが、そのポ
ジションに情熱を傾けることができるでしょうか。

芸能界ではない異分野への挑戦を計画しているのではないかと私は考えてい
ます。根拠はありませんが。

いずれにしろ紳助の行動は比較的分かりやすいので、いろいろな分野にチャ
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