創業以来の危機に陥ったアシックスは復活できるのか?

2019.11.28

(2019年11月28日メルマガより)

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2年前、テレビで「陸王」というドラマが放送されました。「半沢直樹」と同じ池井戸潤原作の熱い企業ドラマです。

倒産寸前の老舗足袋メーカーが、マラソンシューズの開発に活路を見出し、業績を回復させていくという内容でした。

足袋の形状をそのまま使った軽量薄型のシューズが有望選手に採用され、大手メーカーのシューズを履いたライバル選手を打ち負かします。それとともに足袋メーカーも、スポーツシューズメーカーとして復活するという話になっていました。

物語のキーとなるのが、足袋のような形状の薄底シューズです。普通のマラソンシューズに慣れた身からすると何とも新鮮で、ストーリーも面白かったのですが、シューズのインパクトが絶大でした。

確かにマラソンという競技の性質上、シューズは軽量である方が有利なはずです。足袋ならば、最も裸足に近いと思えます。現在放送中のNHK大河ドラマ「いだてん」でも、主人公のマラソンランナーは、足袋を改良したシューズで走っており、なるほど理にかなっているのだろうなと思えました。


「陸王」というドラマの中で、ライバルとなるのが大手シューズメーカーです。有望選手を囲い込み、豊富な資金を投入して、シューズ開発に取り組んでいる様子が描かれます。

しかもその大企業、怪我をした選手は見込がないと切り捨て、怪我が癒えるとまたすり寄ってくるという節操のなさで、選手の気持ちを踏みにじる傲慢な悪役として露骨にイメージづけされていました。

そんな強力な大企業に対して、小さな足袋メーカーが、特殊技術を使って渡り合う姿が痛快だったものです。

が、現実の世界は、様相が違うようですよ。


マラソン界を席巻するナイキ製シューズ


いま世界のマラソン界は、記録ラッシュに沸いています。

特に今年後半から開催されたレースにおいて、男女とも好記録が連続しています。

その極めつけが、今年10月、ケニアのエリウド・キプチョゲ選手が記録したフルマラソン1時間59分40秒という驚異的なタイムです。

もっともこれは、ペースメーカーがレースを引っ張る記録ありきの大会なので非公式記録とされています。

それでも人類史上はじめての2時間切りは、世界を駆け巡りました。

オリンピックを来年にひかえ、世界のマラソン界は、突如として高速レースに舵を切ったようです。


が、ここにきて、好記録ラッシュに懸念を示す声も出てきています。

なぜなら、好記録を出す選手のほとんどが、ナイキの特殊なシューズを履いていたからです。

2018年のメジャー大会(東京、ボストン、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨーク)において、男女優勝者12人のうち、8人がナイキのシューズを履いていました。

3位までに広げると、36人のうち25人がナイキです。


厚底シューズが規制される可能性も


そうなんですね。

近年、マラソン大会での上位入賞者のほとんどがナイキのシューズを履いているのです。これでは、シューズそのものに記録を縮める要素があると思われても仕方ありません。

競技者は、1分1秒を縮めるために身を削る努力をしている人たちです。シューズでタイムが縮まるのなら、これを履かない選択肢はありません。

いまやマラソン界は、ナイキのひとり勝ちです。

トップランナーたちが我先にとナイキのシューズを採用する状態となっています。


ナイキのシューズは、反発力のあるカーボンファイバープレートを靴底に使っていることが特徴です。

これを航空宇宙産業で使う特殊フォームで挟んでいるので、靴底が厚くなったものの軽量のままです。

反発力があるというのは、さながらバネをシューズに仕込んでいるようなものではないですか。

マラソンに必要な反発力(推進力)が得られると同時に、足へのダメージが軽減されるという画期的なシューズです。

これを履いたランナーは有利なはずですよ。

特定のテクノロジーが記録に影響するというのはいかがなものか、と思いますよね。


これで思い出すのは、一時期水泳界を席巻した特殊水着(レーザー・レーザー)の件です。好記録を連発する特殊水着をトップ選手たちがこぞって採用する状況でしたが、国際水連が禁止するに至りました。

いま国際陸連も、厚底シューズの特異性に気づいて「やりすぎなテクノロジーはいかん」と警告するに至っていますから、禁止される日も近いのかもしれません。




唯一の強みを奪われたアシックス


このあおりを一番受けているのが、日本最大のスポーツ用品メーカーであるアシックスではないでしょうか。

アシックスは、総合スポーツ用品メーカーですが、近年、祖業であるシューズにウェイトを置いてきました。

特にマラソンやジョギングです。

かつて、裸足でフルマラソンを走り切り、オリンピックで金メダルを獲得した英雄アベベにシューズを提供し、「アベベにシューズを履かせた男」として話題になったのが、アシックスの創業者鬼塚喜八郎氏でした。

マラソンシューズに掛ける熱情は人一倍で、近年では、高橋尚子や野口みずきら、オリンピック金メダリストに絶大な信頼を得ていました。

2004年のアテネオリンピックで優勝した野口みずきが、ゴールした際に、シューズにキスをした感動的なシーンを覚えている方も多いと思います。

あの時のシューズがアシックス製でした。

トップアスリートが履いているシューズを一般ユーザーも履きたいと思うのは自然なことです。

特にマラソンやジョギングは、誰でもできるスポーツですから裾野が広い。

だからこの当時のアシックスは、マラソンやジョギングシューズの王者として、世界を席巻していたものでした。

それがいまや、ナイキの特殊テクノロジーに完敗している状況です。

たとえ競技時に厚底靴が規制されたとしても、一般ユーザーにとって、足への負担が少ないシューズはありがたい存在です。

今年になってアシックスも厚底シューズを発売しましたが、遅きに失した感は否めません。

マラソン、ジョギングシューズの分野で、ナイキの優位性が揺らぐことはしばらくないと思われます。


「ナイキのマーケティングの負けた」


アシックスは、売上高3800憶円を超える日本最大のスポーツ用品メーカーです。

前進は鬼塚商会。戦地から帰還した鬼塚喜八郎氏が「裸足で過ごす貧しい子供たちにまともな靴を与えたい」という思いをもって創業したと聞きます。

靴の作り方も知らなかった鬼塚氏は、神戸長田の靴工場に修行に出て技術を習得しました。

当初、バスケットシューズ専業メーカーとして出発したのは、ニッチな分野で地位を確立すれば大手企業にもつぶされないという「弱者の戦略」を考慮してのことだったそうです。

バスケットシューズの世界で地位を確立すると、順々に競技分野を増やしていき、のちに靴全般、さらには総合スポーツ用品メーカーとなっていきました。

若い頃のフィル・ナイトが、鬼塚の靴にほれ込んで、卸売りを始めたのが、ナイキ創業のきっかけになったというのは有名な話です。

SHOE DOG(シュードッグ)
フィル・ナイト
東洋経済新報社
2017-10-27



ところがそのナイキが、いまや売上高4兆3000億円を超えるダントツの世界トップ企業です。

世界2位のアディダスが、売上高2兆8000億円超。

アシックスは世界9位で、ナイキとは、11倍以上の差が開いています。

なぜこれほど差が開いたのか?

いろいろ要素はあるでしょうが、その最も大きなものが、ナイキのマーケティング戦略です。

同社が広告宣伝にかける費用は半端ではありません。その一つが、各分野のトップアスリートを抱え込み、ナイキの商品を使用させるというイメージ戦略を徹底させたことです。

その戦略に賭ける意気込みはすさまじく、ゴルフのタイガー・ウッズ選手が出てきた時は、ナイキの利益の4分の1を契約金にあてて専属契約を結んだといいます。

それぐらいマーケティング関連投資には、糸目をつけませんでした。

ナイキほどグローバル販売の時代にマーケティング戦略をうまく使いこなした企業はないといえるでしょう。

いまナイキの広告宣伝支出は年間4163憶円です。アシックスの売上高を遥かに超えています。(アシックスの広告宣伝支出は331憶円)とても追いつける額ではありません。

かつて鬼塚氏が「われわれは、ナイキのマーケティングに負けた」と発言していたのが思い出されます。


創業以来の危機を自覚せよ


それでもアシックスが有望だと思われていたのが、マラソンやジョギングシューズの分野での地位が高かったからです。

2000年頃からは、広がった戦線を縮めるがごとくランニング関連分野に注力していきました。

アシックスは、海外売上比率が高く、グローバル化が進んでいる企業です。それはやはり、ランニング分野における知名度が高いからだと考えられます。

しかし、その虎の子ともいえる分野において、ナイキの攻勢を受けて、よもや占拠されてしまったわけです。

これはまさに、企業としての存在意義そのものを失ってしまうような事態です。

そのため売上利益とも急激に落ち込み、特に利益においては20年ぶりの最終赤字となりました。

これを創業以来の危機だと言わずして何を言おうというのでしょうか。


ランニング分野の奪還が至上命題


なかなかに厳しい状況です。

なにしろランニング分野に特化していたために、カジュアル商品に弱いという特徴があります。

確かにカジュアル分野は市場が大きいですが、ライバルも多く強力です。いまさらどうしようというのでしょうか。


それよりも、やはりアシックスがやるべきは、長年拠り所となっていたランニング分野を取り返すことでしょう。

幸いナイキの技術の進化は急激で、世界の流通を押さえきるところまでいってはいません。いまなら巻き返すことはできると考えます。

国際陸連の規制が入るかどうかはわかりませんが、トップアスリートの意見をよく吸い上げた上で、反発力が高く、負担の小さなシューズの開発を進めるべきです。

特にアスリートの足のダメージを軽減する方向に注力すべきです。それならば一般ユーザーにとっても利益の大きな開発となるからです。

これまで培ったランニング分野の技術の蓄積を総動員して、何としてもアシックスらしいランニングシューズの方向性を作ること。

これなくしては、アシックスの復活はあり得ないでしょう。


東南アジアに勝機を見出す


もうひとつ、アシックスは東南アジアで一定の知名度があります。

残念ながら、最大の消費地である中国で遅れをとっているようですが、東南アジア諸国では、鬼塚タイガーのブランドがある程度知られています。

だから、同社がまず注力すべきは、東南アジアです。

日本人アスリートを支援すると同じか、それ以上に、タイやベトナムやインドネシアのアスリートを支援すべきです。

もちろんランニング分野が第一です。これなくしては、アシックスはあり得ません。

それを前提とした上で、私なら、ナイキやアディダスが手掛けないアジアのマイナー競技に進出します。

できれば駅伝など、ランニング競技が望ましいですが、それに限りません。

かつて鬼塚商会は、バスケットシューズを皮切りに、多くの競技を開拓していきました。いまからナイキとまっこう勝負するのは無謀ですが、ナイキが手掛けない競技なら勝ち目もあります。

この競技だ!といま指摘するわけにはいきませんが、マイナーな中でも競技人口があり成長の見込めるものを見出してほしいと思います。


「弱者の戦略」を駆使した過去を思い出せ


ドラマなら小さな会社の持つ特殊な技術が大手企業の侵攻を食い止める働きを持たらすのですが、現実のビジネスではそうはいかないようですね。

現実のビジネスでは、販売力があり、資金力を得た企業が小さな会社を飲み込んでいくものです。

小さな会社が生き残るためには、弱者の戦略をとらなければなりません。

ランチェスター戦略の最も基本的な教えを思い出してください。

「勝てる局面で戦う」

ビジネスに強い者は、いつも勝ち戦しかしない者です。

そのために、市場を選び、差別化し、集中するのです。

「オニツカ錐もみ商法」といわれた弱者の戦略の使い手だった鬼塚商会のDNAを持つアシックスならば、必ずやこの苦難を乗り切ると信じています。

同じ戦略を志向する者として、復活を大いに期待しております。




(2019年11月28日メルマガより)

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2年前、テレビで「陸王」というドラマが放送されました。「半沢直樹」と同じ池井戸潤原作の熱い企業ドラマです。

倒産寸前の老舗足袋メーカーが、マラソンシューズの開発に活路を見出し、業績を回復させていくという内容でした。

足袋の形状をそのまま使った軽量薄型のシューズが有望選手に採用され、大手メーカーのシューズを履いたライバル選手を打ち負かします。それとともに足袋メーカーも、スポーツシューズメーカーとして復活するという話になっていました。

物語のキーとなるのが、足袋のような形状の薄底シューズです。普通のマラソンシューズに慣れた身からすると何とも新鮮で、ストーリーも面白かったのですが、シューズのインパクトが絶大でした。

確かにマラソンという競技の性質上、シューズは軽量である方が有利なはずです。足袋ならば、最も裸足に近いと思えます。現在放送中のNHK大河ドラマ「いだてん」でも、主人公のマラソンランナーは、足袋を改良したシューズで走っており、なるほど理にかなっているのだろうなと思えました。


「陸王」というドラマの中で、ライバルとなるのが大手シューズメーカーです。有望選手を囲い込み、豊富な資金を投入して、シューズ開発に取り組んでいる様子が描かれます。

しかもその大企業、怪我をした選手は見込がないと切り捨て、怪我が癒えるとまたすり寄ってくるという節操のなさで、選手の気持ちを踏みにじる傲慢な悪役として露骨にイメージづけされていました。

そんな強力な大企業に対して、小さな足袋メーカーが、特殊技術を使って渡り合う姿が痛快だったものです。

が、現実の世界は、様相が違うようですよ。


マラソン界を席巻するナイキ製シューズ


いま世界のマラソン界は、記録ラッシュに沸いています。

特に今年後半から開催されたレースにおいて、男女とも好記録が連続しています。

その極めつけが、今年10月、ケニアのエリウド・キプチョゲ選手が記録したフルマラソン1時間59分40秒という驚異的なタイムです。

もっともこれは、ペースメーカーがレースを引っ張る記録ありきの大会なので非公式記録とされています。

それでも人類史上はじめての2時間切りは、世界を駆け巡りました。

オリンピックを来年にひかえ、世界のマラソン界は、突如として高速レースに舵を切ったようです。


が、ここにきて、好記録ラッシュに懸念を示す声も出てきています。

なぜなら、好記録を出す選手のほとんどが、ナイキの特殊なシューズを履いていたからです。

2018年のメジャー大会(東京、ボストン、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨーク)において、男女優勝者12人のうち、8人がナイキのシューズを履いていました。

3位までに広げると、36人のうち25人がナイキです。


厚底シューズが規制される可能性も


そうなんですね。

近年、マラソン大会での上位入賞者のほとんどがナイキのシューズを履いているのです。これでは、シューズそのものに記録を縮める要素があると思われても仕方ありません。

競技者は、1分1秒を縮めるために身を削る努力をしている人たちです。シューズでタイムが縮まるのなら、これを履かない選択肢はありません。

いまやマラソン界は、ナイキのひとり勝ちです。

トップランナーたちが我先にとナイキのシューズを採用する状態となっています。


ナイキのシューズは、反発力のあるカーボンファイバープレートを靴底に使っていることが特徴です。

これを航空宇宙産業で使う特殊フォームで挟んでいるので、靴底が厚くなったものの軽量のままです。

反発力があるというのは、さながらバネをシューズに仕込んでいるようなものではないですか。

マラソンに必要な反発力(推進力)が得られると同時に、足へのダメージが軽減されるという画期的なシューズです。

これを履いたランナーは有利なはずですよ。

特定のテクノロジーが記録に影響するというのはいかがなものか、と思いますよね。


これで思い出すのは、一時期水泳界を席巻した特殊水着(レーザー・レーザー)の件です。好記録を連発する特殊水着をトップ選手たちがこぞって採用する状況でしたが、国際水連が禁止するに至りました。

いま国際陸連も、厚底シューズの特異性に気づいて「やりすぎなテクノロジーはいかん」と警告するに至っていますから、禁止される日も近いのかもしれません。




唯一の強みを奪われたアシックス


このあおりを一番受けているのが、日本最大のスポーツ用品メーカーであるアシックスではないでしょうか。

アシックスは、総合スポーツ用品メーカーですが、近年、祖業であるシューズにウェイトを置いてきました。

特にマラソンやジョギングです。

かつて、裸足でフルマラソンを走り切り、オリンピックで金メダルを獲得した英雄アベベにシューズを提供し、「アベベにシューズを履かせた男」として話題になったのが、アシックスの創業者鬼塚喜八郎氏でした。

マラソンシューズに掛ける熱情は人一倍で、近年では、高橋尚子や野口みずきら、オリンピック金メダリストに絶大な信頼を得ていました。

2004年のアテネオリンピックで優勝した野口みずきが、ゴールした際に、シューズにキスをした感動的なシーンを覚えている方も多いと思います。

あの時のシューズがアシックス製でした。

トップアスリートが履いているシューズを一般ユーザーも履きたいと思うのは自然なことです。

特にマラソンやジョギングは、誰でもできるスポーツですから裾野が広い。

だからこの当時のアシックスは、マラソンやジョギングシューズの王者として、世界を席巻していたものでした。

それがいまや、ナイキの特殊テクノロジーに完敗している状況です。

たとえ競技時に厚底靴が規制されたとしても、一般ユーザーにとって、足への負担が少ないシューズはありがたい存在です。

今年になってアシックスも厚底シューズを発売しましたが、遅きに失した感は否めません。

マラソン、ジョギングシューズの分野で、ナイキの優位性が揺らぐことはしばらくないと思われます。


「ナイキのマーケティングの負けた」


アシックスは、売上高3800憶円を超える日本最大のスポーツ用品メーカーです。

前進は鬼塚商会。戦地から帰還した鬼塚喜八郎氏が「裸足で過ごす貧しい子供たちにまともな靴を与えたい」という思いをもって創業したと聞きます。

靴の作り方も知らなかった鬼塚氏は、神戸長田の靴工場に修行に出て技術を習得しました。

当初、バスケットシューズ専業メーカーとして出発したのは、ニッチな分野で地位を確立すれば大手企業にもつぶされないという「弱者の戦略」を考慮してのことだったそうです。

バスケットシューズの世界で地位を確立すると、順々に競技分野を増やしていき、のちに靴全般、さらには総合スポーツ用品メーカーとなっていきました。

若い頃のフィル・ナイトが、鬼塚の靴にほれ込んで、卸売りを始めたのが、ナイキ創業のきっかけになったというのは有名な話です。

SHOE DOG(シュードッグ)
フィル・ナイト
東洋経済新報社
2017-10-27



ところがそのナイキが、いまや売上高4兆3000億円を超えるダントツの世界トップ企業です。

世界2位のアディダスが、売上高2兆8000億円超。

アシックスは世界9位で、ナイキとは、11倍以上の差が開いています。

なぜこれほど差が開いたのか?

いろいろ要素はあるでしょうが、その最も大きなものが、ナイキのマーケティング戦略です。

同社が広告宣伝にかける費用は半端ではありません。その一つが、各分野のトップアスリートを抱え込み、ナイキの商品を使用させるというイメージ戦略を徹底させたことです。

その戦略に賭ける意気込みはすさまじく、ゴルフのタイガー・ウッズ選手が出てきた時は、ナイキの利益の4分の1を契約金にあてて専属契約を結んだといいます。

それぐらいマーケティング関連投資には、糸目をつけませんでした。

ナイキほどグローバル販売の時代にマーケティング戦略をうまく使いこなした企業はないといえるでしょう。

いまナイキの広告宣伝支出は年間4163憶円です。アシックスの売上高を遥かに超えています。(アシックスの広告宣伝支出は331憶円)とても追いつける額ではありません。

かつて鬼塚氏が「われわれは、ナイキのマーケティングに負けた」と発言していたのが思い出されます。


創業以来の危機を自覚せよ


それでもアシックスが有望だと思われていたのが、マラソンやジョギングシューズの分野での地位が高かったからです。

2000年頃からは、広がった戦線を縮めるがごとくランニング関連分野に注力していきました。

アシックスは、海外売上比率が高く、グローバル化が進んでいる企業です。それはやはり、ランニング分野における知名度が高いからだと考えられます。

しかし、その虎の子ともいえる分野において、ナイキの攻勢を受けて、よもや占拠されてしまったわけです。

これはまさに、企業としての存在意義そのものを失ってしまうような事態です。

そのため売上利益とも急激に落ち込み、特に利益においては20年ぶりの最終赤字となりました。

これを創業以来の危機だと言わずして何を言おうというのでしょうか。


ランニング分野の奪還が至上命題


なかなかに厳しい状況です。

なにしろランニング分野に特化していたために、カジュアル商品に弱いという特徴があります。

確かにカジュアル分野は市場が大きいですが、ライバルも多く強力です。いまさらどうしようというのでしょうか。


それよりも、やはりアシックスがやるべきは、長年拠り所となっていたランニング分野を取り返すことでしょう。

幸いナイキの技術の進化は急激で、世界の流通を押さえきるところまでいってはいません。いまなら巻き返すことはできると考えます。

国際陸連の規制が入るかどうかはわかりませんが、トップアスリートの意見をよく吸い上げた上で、反発力が高く、負担の小さなシューズの開発を進めるべきです。

特にアスリートの足のダメージを軽減する方向に注力すべきです。それならば一般ユーザーにとっても利益の大きな開発となるからです。

これまで培ったランニング分野の技術の蓄積を総動員して、何としてもアシックスらしいランニングシューズの方向性を作ること。

これなくしては、アシックスの復活はあり得ないでしょう。


東南アジアに勝機を見出す


もうひとつ、アシックスは東南アジアで一定の知名度があります。

残念ながら、最大の消費地である中国で遅れをとっているようですが、東南アジア諸国では、鬼塚タイガーのブランドがある程度知られています。

だから、同社がまず注力すべきは、東南アジアです。

日本人アスリートを支援すると同じか、それ以上に、タイやベトナムやインドネシアのアスリートを支援すべきです。

もちろんランニング分野が第一です。これなくしては、アシックスはあり得ません。

それを前提とした上で、私なら、ナイキやアディダスが手掛けないアジアのマイナー競技に進出します。

できれば駅伝など、ランニング競技が望ましいですが、それに限りません。

かつて鬼塚商会は、バスケットシューズを皮切りに、多くの競技を開拓していきました。いまからナイキとまっこう勝負するのは無謀ですが、ナイキが手掛けない競技なら勝ち目もあります。

この競技だ!といま指摘するわけにはいきませんが、マイナーな中でも競技人口があり成長の見込めるものを見出してほしいと思います。


「弱者の戦略」を駆使した過去を思い出せ


ドラマなら小さな会社の持つ特殊な技術が大手企業の侵攻を食い止める働きを持たらすのですが、現実のビジネスではそうはいかないようですね。

現実のビジネスでは、販売力があり、資金力を得た企業が小さな会社を飲み込んでいくものです。

小さな会社が生き残るためには、弱者の戦略をとらなければなりません。

ランチェスター戦略の最も基本的な教えを思い出してください。

「勝てる局面で戦う」

ビジネスに強い者は、いつも勝ち戦しかしない者です。

そのために、市場を選び、差別化し、集中するのです。

「オニツカ錐もみ商法」といわれた弱者の戦略の使い手だった鬼塚商会のDNAを持つアシックスならば、必ずやこの苦難を乗り切ると信じています。

同じ戦略を志向する者として、復活を大いに期待しております。




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