世界王者が世界に挑戦!

2012.10.18

(2012年10月18日メルマガより)


■先週の日曜日、「日本ボクシング史上、最高のビッグマッチ」と称される試合が行われ
ました。

場所は、アメリカのカリフォルニア。

世界ボクシング評議会(WBC)世界スーパーバンタム級名誉王者の西岡利晃と世界ボク
シング機構(WBO)同級王座のノニト・ドネア(フィリピン)による王座統一戦です。

世界チャンピオンvs世界チャンピオン。

これが盛り上がらなくてどうするというのでしょうか。

■もっともこの試合が日本で注目されていたのは、王者同士の戦いという図式で捉えられ
たからではありません。

ひとえに、日本最強のボクサーである西岡利晃が、世界のスーパースターであるノニト・
ドネアにどこまで通用するのか、という興味と期待からでした。

結果はご存じの通り、西岡の9回TKO負け。

残念ながら、日本最強の王者は、世界的強豪には敵いませんでした。

■それにしても、衝撃でした。

西岡は知名度では劣るものの実力は高い王者です。少なくとも、そう私は感じていました。

その西岡が、ドネアには、まるで歯が立たなかったのです。

9回TKOという結果は仕方ないとしても、そのプロセスにおいて、西岡は一度も見せ場
を作れず、手も足も出ないという状況でした。

まさかこれほどの実力差があろうとは。

世界トップレベルの実力をまざまざと見せつけられた試合でした。

■西岡利晃(36歳)は、兵庫県出身。サウスポー。通称は「スピードキング」です。

若い頃から豊かな才能を期待されていたものの当時バンタム級には名王者ウィラポン・ナ
コンルアンプロモーション(タイ)が君臨しており、4度挑戦するも失敗。

その後、スーパーバンタム級に階級を上げた5度目の挑戦で、世界王者となります。

チャンピオンになってからの活躍が華々しく、特にメキシコに乗り込んで行った2度目の
防衛戦では、同地の英雄ジョニー・ゴンザレスを左ストレート一発でKOし、現地ファン
の度胆を抜きました。現地アナウンサーは、この強烈な一撃を「モンスターレフト」と呼
んでいます。

7度目の防衛戦は、ボクシングの聖地ともいえるラスベガスで行い、2階級制覇の強豪ラ
ファエル・マルケス(メキシコ)を判定で下します。

この試合の後、WBCから名誉王者に認定されます。これは、高い実績を残した特別なボ
クサーに与えられる終身タイトルであり、文字通り大変な名誉です。日本人として初めて
の認定でした。

西岡の特徴は、積極的に海外に出向いて試合を行ったことです。このため世界的な知名度
が高まります。今回、ノニト・ドネアとの対戦が実現したのは、その知名度の賜物でした。

■ノニト・ドネア(29歳)は、フライ級からスーパーバンタム級まで4階級を制した軽
量級最強のボクサーです。通称「フィリピーノ・フラッシュ」。同じフィリピンの怪物
マニー・パッキャオ(6階級制覇)の後継者だと目されています。

代役でつかんだ王座挑戦をモノにしたのが24歳の時。フライ級最強といわれたビック・
ダルチニアン(オーストラリア)をあっさりとKOし、世界に衝撃を与えます。

その後、マヌエル・バルガス(メキシコ)やウラジミール・シドレンコ(ウクライナ)、
オマール・ナルバエス(アルゼンチン)といった世界的強豪を次々と撃破し、スーパース
ターとなっていきます。

印象的なのは、長谷川穂積を倒したことで日本でも有名なフェルナンド・モンティエル
(メキシコ)の持つバンタム級王座に挑戦した試合です。試合巧者モンティエルの技巧を
ものともせず、強烈な左フックをカウンターで決めてKO。倒れたモンティエルの両足が
痙攣するという凄まじい一撃でした。

ドネアは早くからアメリカで活躍するボクサーであり、実力も知名度も一級品です。ビッ
グマネーを稼ぐスーパースターですから、対戦相手にも、それなりの知名度を求めます。

いくら実力があるボクサーでも、客を呼べない相手とは試合できないので、彼と対戦でき
るのは、日本では西岡ぐらいのものだったのです。

■それにしても、認定団体が違えども、同じ世界チャンピオンだというのに、これほど実
力差があったのは何故なのでしょうか。

これには恐らく、過去に比べて、階級が細分化されている上に、認定団体も多く、世界
チャンピオンの人数が多くなっているという事情もあるでしょう。

「あしたのジョー」の時代は、フライ級、バンタム級、フェザー級、ライト級、ウェルター級、
ミドル級、ライトヘビー級、ヘビー級の8階級、1団体でした。

世界チャンピオンは、世界に8名しかいなかったのです。

ところが現在は、17階級に細分化され、認定団体もメジャーなもので4団体あります。
(日本は2団体しか認めていませんが)

単純に考えて、今、世界チャンピオンと呼べる者は、68名いることになります。その上、
暫定王者とか入れると、さらに増えてしまいます。

つまり、1970年代の基準で考えると、ランキングの1位~8位までが全て世界チャン
ピオンに認定されているような状況なのです。

これでは、王者同士の実力に差があっても仕様がありません。

■チャンピオンベルトの価値が相対的に下がっているので、今は、2階級、3階級に渡っ
て制覇しなければ本当に強い王者とは認められない風潮さえあります。

その典型が、フィリピン生まれの怪物マニー・パッキャオでしょう。

彼は、フライ級制覇を皮切りに、スーパーバンタム級、スーパーフェザー級、ライト級、
ウェルター級、スーパーウェルター級の世界チャンピオンとなりました。

一回りも二回りも大きな相手に対して臆することなく、ぐいぐい踏み込んで打ち合う好戦
的なスタイルで、実にスリリングな試合を演出します。

ただしパッキャオは、必ずしもベルト獲得にこだわっていません。

ビッグマネーを稼げる相手を選んで試合をしていった結果として、6階級制覇に至ったと
いうのが実情です。

まさに真の実力者のみに出来るキャリアプランです。

もし彼がベルトを狙いにいっていたならば11階級制覇していたといわれている、もはや
伝説的な存在です。

■そのパッキャオの後継者と目されているのが、ノニト・ドネアです。

ドネアは、パッキャオほど好戦的なファイトスタイルではないものの、攻守のバランスが
よく、手堅い試合運びをしながら相手を仕留める実力を持っています。

ドネアは、相手の攻撃を無難にかわしながら徐々に体力を奪っていき最後にとどめを刺す
というまるで闘牛士のような試合運びをします。

ここ最近は、派手なKOを意識して大振りが目立つ雑な試合が続いたものの、西岡との一
戦では、相手に付け入る隙を与えない完璧な試合をしました。

ドネアが真剣に戦えば、西岡ほどの者でも、手も足も出ないのだということを見せつけら
れた一戦でした。

■データが手元にあるわけではありませんが、フィリピンやメキシコは、競技人口の多い
ボクシング大国と言われています。

競技人口が多い場所から強い選手が現われるのは自明のことですから、同国から世界的な
強豪選手が出てくるのは理に適っています。

しかも、パッキャオは、1試合に20億円ほどのファイトマネーを得ていると言われてい
ます。

この金額を見せられたら、腕に覚えのあるフィリピンの若者が、ボクサーを目指したくな
るのもうなづけます。

日本では、国内チャンピオンクラスでも、バイトを辞められないといいますし、世界チャ
ンピオンになったとしても、「億」を稼ぐ人は滅多にいません。

日本には他に稼げるスポーツがいっぱいあるわけですから、ボクシングという命をすり減
らすような危険な競技に身を投じることは、あまりにも経済合理性を欠いた行為であると
言わなければなりませんね。

■なぜパッキャオが1試合20億円稼げて、日本のチャンピオンがバイトを辞められない
のか。

それは、パッキャオが、フィリピン国内ではなく、アメリカで活躍しているからです。

要するに、日本とアメリカのボクシングビジネスの仕組みの違いがあります。

日本の場合、ボクシング興行収入の主なものは、ライブの入場料、ライブにおける広告料、
後はテレビの放映権料です。

この放映権料が大きかったわけですが、視聴率が稼げなければ、放映権料も低くなってし
まいます。

最近では、世界戦でさえ地上波放送がない場合もあるのですから、高い興行収入も望めず、
したがってファイトマネーも高くはなりえません。

これに対して、アメリカの興行収入は、ペイパービューに頼っています。これは、無料の
地上波放送ではなく、1試合3千円とか5千円でチケットを買って観る有料放送です。

どうやら、1980年代、マイク・タイソンやシュガー・レイ・レナードなどの人気ボク
サーが活躍していた頃に広まったシステムのようです。

これなら興行収入とボクサーの人気との因果関係が分かりやすいわけですから、人気ボク
サーが高いファイトマネーを得る理由となります。

実をいうと、アメリカでも、ボクシング人気の低迷が問題となっているらしい。必ずしも、
アメリカのボクサーすべてが高いファイトマネーを得ているわけではありません。

ところが、パッキャオやメイウェザーといった一部の人気ボクサーは、ペイパービューを
稼げるので、ファイトマネーも高騰します。

プロモーターも稼ぐためには、観客受けする選手を確保して、面白くなりそうな試合を組
むことに注力します。

■観客(消費者)が求めるものに価値がある。

なんとも合理的なシステムではないですか。

私はアメリカのビジネスの強さは、このシンプルさにあると見ています。

ハリウッド映画しかり、メジャーリーグしかり、スーパーボウルしかり。

作り手や仲介者など関係者の思惑よりも、観客が何を求めているかをシンプルに追及する
ことが優先され、それが結局はコンテンツの強さになっていっているわけです。

時に行き過ぎた大衆化がコンテンツを幼稚化させることもあるでしょうが、それを差し
引いても、合理的な仕組みだと考えています。

■だからアメリカで人気ボクサーになるためには、分かりやすいファイトスタイルと技術
と知名度が必要になります。

弱いのは問題外ですが、強いだけでも稼げません。強くかつ(観客にとって)分かりやす
いことが必要なのす。

逆に言えば、人気さえあれば、アメリカ人であろうと、フィリピン人であろうと、ロシア
人であろうと関係ありません。

稼げる者は偉いというシステムですから。

■日本でそのシステムが作れないものか。

きっと作ることは可能でしょう。ユーザーに直結する優れた仕組みがあれば、日本のボク
シングビジネスも変わっていくことでしょう。

ペイパービューという視聴形態はまだ日本には馴染みませんが、ニコニコ動画やユースト
リームなどのインターネット動画配信システムは、テスト的にその方式を採用しています。

それが一般的になれば、テレビという仲介者の思惑に振り回されることなく、ニーズを読
み取り、プロモーションを組み立てることが可能になり、マーケティングの考え方に忠実
な方策をとることができます。

もし、ペイパービューがこれ以上普及しなかったとしても、ユーザーを起点に売り方を考
える原則は変えてはなりません。

すなわち、顧客はあくまで最終視聴者です。テレビ局は利害関係者の1つに過ぎません。
テレビ局の意向に振り回されないようにするためには、視聴者に支持されるコンテンツを
持つことが最も大事です。

どうもテレビ局側はこのあたりの事情を甘く見ているのではないか?ボクシング中継にお
ける派手なプロモーション映像や煽り演出、過剰なキャラクター表現などを見ていると、
アメリカの表面的な部分だけを真似しているように思えます。

まさか「ガチンコ・ファイトクラブ」の手法を世界戦クラスでもやろうとしたわけではな
いでしょうが、中身の伴わないコンテンツをいくら派手に装飾しても、見透かされてしま
います。

十分に分かっていることでしょうが、ボクシング業界は、テレビ依存のビジネスから脱却
することが、急務となっています。

新しいシステムは、ユーザー直結のものであるべきで、それを確立することを急がなけれ
ばなりません。

■その前に、アメリカのシステムに乗っかることはできないか。

これもきっとできると思います。こちらの方は、システムを作るよりもよほどハードルは
低くなります。

ただし、日本人ボクサーがこのシステムに乗り遅れているのは、日本にある程度の需要が
あるからです。

世界チャンピオンになればまあまあ食える。指導者への道がある。タレントもできるかも。

これが、世界へ出ていくチャレンジへの足かせとなっているのではないか。

ということは、ボクシングだけではなく、日本のあらゆるビジネスが抱える問題と似通っ
ていることがわかります。

成長期から成熟期にかけて成り立っていた多くのビジネスが、衰退期に入ろうとする市場
の中で、モデルチェンジを迫られているのが、今の日本です。

縮小する市場の中で、耐え忍んでいるうちに、グローバル市場をいち早く押さえる機会を
逃してしまったのではないか。

テレビしかり。携帯電話しかり。音楽プレーヤーしかり。

あらゆる業界で疑ってみるべき課題ですね。

■だから日本人ボクサーおよび、日本のボクシング業界は、積極的に海外に進出すべきです。

傲慢に聞こえるでしょうが、私たちが見たいのは、本物の世界レベルのボクシングです。

白井義男やファイティング原田の時代と違って、今の日本人世界チャンピオンが、実は
日本国内での世界チャンピオンであることは、皆が薄々気づいていることなのです。

パッキャオやメイウェザーと戦える日本人が現れてはじめて、ボクシングは昔日の栄光を
取り戻すはずです。

今、サッカー日本代表がブラジル代表に勝てなくても、誰も文句は言いません。むしろ
立ち位置を明確にしてくれた方が、感情移入できます。

本田圭祐や香川真司や長友祐都の活躍が輝くのは、我々が、世界と日本の実力差を知って
いるからです。

日本のボクシング業界は、歴史もあり、選手育成のシステムやアマチュアとの連携、引退
後の受け皿など組織を維持するシステムはあるわけすから、あとはそれを拡大する方法に
注力できます。

業界の慣習や利権構造があってややこしい話なのでしょうが、まずは海外進出を活発化さ
せることが、日本ボクシングビジネス発展の鍵になると考えます。

■海外市場へは行ってみなければわからないことがたくさんあるはずです。

だから行ってみなければはじまりません。

今回、西岡の試合プランを見ていて思ったのは、彼は勝つことを最大目標にしていたとい
うことです。

西岡は、最初から防御を意識したスタイルでした。消極的になりすぎて、ブーイングを浴
びたほどです。

もしそれで勝つことが出来たとしても、ペイパービューで観ていたユーザーたちが、次回
も西岡の試合にお金を払おうとするだろうか?

つまり西岡は、チャンピオンベルトを獲得する、防御することが最大の目標である日本ス
タイルをそのまま貫いたわけです。

この試合で引退するといわれていた西岡なら関係ないでしょうが、これからアメリカで成
功しようという者は、目標設定を変えなければなりません。

対して、アメリカで揉まれているドネアは、本来ガチガチの防御スタイルは得意とすると
ころでしょうが、それは志向していません。彼なりの、防御しながらKOするという
「魅せる」スタイルを作り上げています。

ドネアにとってもはやチャンピオンベルトを獲得することは副次的な要素に過ぎず、ユー
ザーの人気を獲得することを最大目標にしているからです。

このように、志向するファイトスタイル一つとっても、世界と日本は異質であったという
ことですから、海外には行ってみなければならない所以です。

■試合後、西岡の挑戦を意義あるものとして讃える論調の記事が目立ちました。

それは確かにその通りだと思います。

西岡の挑戦がなければ、わからなかったことがいっぱいありましたから。

世界トップクラスの実力がいかほどのものだったか。また彼らはどういう考え方で試合に
臨んでいるのか。

それがわかっただけでも意義あるものだったと思います。

今の日本人選手に足りないものが、実力だけではないことが明確になったでしょうから。

ただし、今回の内容では、しばらく日本人にチャンスは来ないかも知れませんが...

今回の試合を観て「おれならドネアを倒せる」と思った日本人はどれほどいたのでしょうか。

ぜひ現われてほしいものですね。

そうじゃないと、西岡の挑戦が本当に意味あるものだったというこにはなりませんから。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■男には、直接殴りあって、どちらが強いか確かめたいという原初的な欲求があるようです。

だから、ボクシングをはじめとする格闘技には、興味が尽きませんし、その道の強者には
尊敬の念を隠すことができません。

たとえお金にならなくても、拳闘は、男のロマンなんですね。

だからこそ、もっと興隆してほしいものだと思います。

今回の西岡の挑戦が、10年後、20年後の未来につながりますように。

(2012年10月18日メルマガより)


■先週の日曜日、「日本ボクシング史上、最高のビッグマッチ」と称される試合が行われ
ました。

場所は、アメリカのカリフォルニア。

世界ボクシング評議会(WBC)世界スーパーバンタム級名誉王者の西岡利晃と世界ボク
シング機構(WBO)同級王座のノニト・ドネア(フィリピン)による王座統一戦です。

世界チャンピオンvs世界チャンピオン。

これが盛り上がらなくてどうするというのでしょうか。

■もっともこの試合が日本で注目されていたのは、王者同士の戦いという図式で捉えられ
たからではありません。

ひとえに、日本最強のボクサーである西岡利晃が、世界のスーパースターであるノニト・
ドネアにどこまで通用するのか、という興味と期待からでした。

結果はご存じの通り、西岡の9回TKO負け。

残念ながら、日本最強の王者は、世界的強豪には敵いませんでした。

■それにしても、衝撃でした。

西岡は知名度では劣るものの実力は高い王者です。少なくとも、そう私は感じていました。

その西岡が、ドネアには、まるで歯が立たなかったのです。

9回TKOという結果は仕方ないとしても、そのプロセスにおいて、西岡は一度も見せ場
を作れず、手も足も出ないという状況でした。

まさかこれほどの実力差があろうとは。

世界トップレベルの実力をまざまざと見せつけられた試合でした。

■西岡利晃(36歳)は、兵庫県出身。サウスポー。通称は「スピードキング」です。

若い頃から豊かな才能を期待されていたものの当時バンタム級には名王者ウィラポン・ナ
コンルアンプロモーション(タイ)が君臨しており、4度挑戦するも失敗。

その後、スーパーバンタム級に階級を上げた5度目の挑戦で、世界王者となります。

チャンピオンになってからの活躍が華々しく、特にメキシコに乗り込んで行った2度目の
防衛戦では、同地の英雄ジョニー・ゴンザレスを左ストレート一発でKOし、現地ファン
の度胆を抜きました。現地アナウンサーは、この強烈な一撃を「モンスターレフト」と呼
んでいます。

7度目の防衛戦は、ボクシングの聖地ともいえるラスベガスで行い、2階級制覇の強豪ラ
ファエル・マルケス(メキシコ)を判定で下します。

この試合の後、WBCから名誉王者に認定されます。これは、高い実績を残した特別なボ
クサーに与えられる終身タイトルであり、文字通り大変な名誉です。日本人として初めて
の認定でした。

西岡の特徴は、積極的に海外に出向いて試合を行ったことです。このため世界的な知名度
が高まります。今回、ノニト・ドネアとの対戦が実現したのは、その知名度の賜物でした。

■ノニト・ドネア(29歳)は、フライ級からスーパーバンタム級まで4階級を制した軽
量級最強のボクサーです。通称「フィリピーノ・フラッシュ」。同じフィリピンの怪物
マニー・パッキャオ(6階級制覇)の後継者だと目されています。

代役でつかんだ王座挑戦をモノにしたのが24歳の時。フライ級最強といわれたビック・
ダルチニアン(オーストラリア)をあっさりとKOし、世界に衝撃を与えます。

その後、マヌエル・バルガス(メキシコ)やウラジミール・シドレンコ(ウクライナ)、
オマール・ナルバエス(アルゼンチン)といった世界的強豪を次々と撃破し、スーパース
ターとなっていきます。

印象的なのは、長谷川穂積を倒したことで日本でも有名なフェルナンド・モンティエル
(メキシコ)の持つバンタム級王座に挑戦した試合です。試合巧者モンティエルの技巧を
ものともせず、強烈な左フックをカウンターで決めてKO。倒れたモンティエルの両足が
痙攣するという凄まじい一撃でした。

ドネアは早くからアメリカで活躍するボクサーであり、実力も知名度も一級品です。ビッ
グマネーを稼ぐスーパースターですから、対戦相手にも、それなりの知名度を求めます。

いくら実力があるボクサーでも、客を呼べない相手とは試合できないので、彼と対戦でき
るのは、日本では西岡ぐらいのものだったのです。

■それにしても、認定団体が違えども、同じ世界チャンピオンだというのに、これほど実
力差があったのは何故なのでしょうか。

これには恐らく、過去に比べて、階級が細分化されている上に、認定団体も多く、世界
チャンピオンの人数が多くなっているという事情もあるでしょう。

「あしたのジョー」の時代は、フライ級、バンタム級、フェザー級、ライト級、ウェルター級、
ミドル級、ライトヘビー級、ヘビー級の8階級、1団体でした。

世界チャンピオンは、世界に8名しかいなかったのです。

ところが現在は、17階級に細分化され、認定団体もメジャーなもので4団体あります。
(日本は2団体しか認めていませんが)

単純に考えて、今、世界チャンピオンと呼べる者は、68名いることになります。その上、
暫定王者とか入れると、さらに増えてしまいます。

つまり、1970年代の基準で考えると、ランキングの1位~8位までが全て世界チャン
ピオンに認定されているような状況なのです。

これでは、王者同士の実力に差があっても仕様がありません。

■チャンピオンベルトの価値が相対的に下がっているので、今は、2階級、3階級に渡っ
て制覇しなければ本当に強い王者とは認められない風潮さえあります。

その典型が、フィリピン生まれの怪物マニー・パッキャオでしょう。

彼は、フライ級制覇を皮切りに、スーパーバンタム級、スーパーフェザー級、ライト級、
ウェルター級、スーパーウェルター級の世界チャンピオンとなりました。

一回りも二回りも大きな相手に対して臆することなく、ぐいぐい踏み込んで打ち合う好戦
的なスタイルで、実にスリリングな試合を演出します。

ただしパッキャオは、必ずしもベルト獲得にこだわっていません。

ビッグマネーを稼げる相手を選んで試合をしていった結果として、6階級制覇に至ったと
いうのが実情です。

まさに真の実力者のみに出来るキャリアプランです。

もし彼がベルトを狙いにいっていたならば11階級制覇していたといわれている、もはや
伝説的な存在です。

■そのパッキャオの後継者と目されているのが、ノニト・ドネアです。

ドネアは、パッキャオほど好戦的なファイトスタイルではないものの、攻守のバランスが
よく、手堅い試合運びをしながら相手を仕留める実力を持っています。

ドネアは、相手の攻撃を無難にかわしながら徐々に体力を奪っていき最後にとどめを刺す
というまるで闘牛士のような試合運びをします。

ここ最近は、派手なKOを意識して大振りが目立つ雑な試合が続いたものの、西岡との一
戦では、相手に付け入る隙を与えない完璧な試合をしました。

ドネアが真剣に戦えば、西岡ほどの者でも、手も足も出ないのだということを見せつけら
れた一戦でした。

■データが手元にあるわけではありませんが、フィリピンやメキシコは、競技人口の多い
ボクシング大国と言われています。

競技人口が多い場所から強い選手が現われるのは自明のことですから、同国から世界的な
強豪選手が出てくるのは理に適っています。

しかも、パッキャオは、1試合に20億円ほどのファイトマネーを得ていると言われてい
ます。

この金額を見せられたら、腕に覚えのあるフィリピンの若者が、ボクサーを目指したくな
るのもうなづけます。

日本では、国内チャンピオンクラスでも、バイトを辞められないといいますし、世界チャ
ンピオンになったとしても、「億」を稼ぐ人は滅多にいません。

日本には他に稼げるスポーツがいっぱいあるわけですから、ボクシングという命をすり減
らすような危険な競技に身を投じることは、あまりにも経済合理性を欠いた行為であると
言わなければなりませんね。

■なぜパッキャオが1試合20億円稼げて、日本のチャンピオンがバイトを辞められない
のか。

それは、パッキャオが、フィリピン国内ではなく、アメリカで活躍しているからです。

要するに、日本とアメリカのボクシングビジネスの仕組みの違いがあります。

日本の場合、ボクシング興行収入の主なものは、ライブの入場料、ライブにおける広告料、
後はテレビの放映権料です。

この放映権料が大きかったわけですが、視聴率が稼げなければ、放映権料も低くなってし
まいます。

最近では、世界戦でさえ地上波放送がない場合もあるのですから、高い興行収入も望めず、
したがってファイトマネーも高くはなりえません。

これに対して、アメリカの興行収入は、ペイパービューに頼っています。これは、無料の
地上波放送ではなく、1試合3千円とか5千円でチケットを買って観る有料放送です。

どうやら、1980年代、マイク・タイソンやシュガー・レイ・レナードなどの人気ボク
サーが活躍していた頃に広まったシステムのようです。

これなら興行収入とボクサーの人気との因果関係が分かりやすいわけですから、人気ボク
サーが高いファイトマネーを得る理由となります。

実をいうと、アメリカでも、ボクシング人気の低迷が問題となっているらしい。必ずしも、
アメリカのボクサーすべてが高いファイトマネーを得ているわけではありません。

ところが、パッキャオやメイウェザーといった一部の人気ボクサーは、ペイパービューを
稼げるので、ファイトマネーも高騰します。

プロモーターも稼ぐためには、観客受けする選手を確保して、面白くなりそうな試合を組
むことに注力します。

■観客(消費者)が求めるものに価値がある。

なんとも合理的なシステムではないですか。

私はアメリカのビジネスの強さは、このシンプルさにあると見ています。

ハリウッド映画しかり、メジャーリーグしかり、スーパーボウルしかり。

作り手や仲介者など関係者の思惑よりも、観客が何を求めているかをシンプルに追及する
ことが優先され、それが結局はコンテンツの強さになっていっているわけです。

時に行き過ぎた大衆化がコンテンツを幼稚化させることもあるでしょうが、それを差し
引いても、合理的な仕組みだと考えています。

■だからアメリカで人気ボクサーになるためには、分かりやすいファイトスタイルと技術
と知名度が必要になります。

弱いのは問題外ですが、強いだけでも稼げません。強くかつ(観客にとって)分かりやす
いことが必要なのす。

逆に言えば、人気さえあれば、アメリカ人であろうと、フィリピン人であろうと、ロシア
人であろうと関係ありません。

稼げる者は偉いというシステムですから。

■日本でそのシステムが作れないものか。

きっと作ることは可能でしょう。ユーザーに直結する優れた仕組みがあれば、日本のボク
シングビジネスも変わっていくことでしょう。

ペイパービューという視聴形態はまだ日本には馴染みませんが、ニコニコ動画やユースト
リームなどのインターネット動画配信システムは、テスト的にその方式を採用しています。

それが一般的になれば、テレビという仲介者の思惑に振り回されることなく、ニーズを読
み取り、プロモーションを組み立てることが可能になり、マーケティングの考え方に忠実
な方策をとることができます。

もし、ペイパービューがこれ以上普及しなかったとしても、ユーザーを起点に売り方を考
える原則は変えてはなりません。

すなわち、顧客はあくまで最終視聴者です。テレビ局は利害関係者の1つに過ぎません。
テレビ局の意向に振り回されないようにするためには、視聴者に支持されるコンテンツを
持つことが最も大事です。

どうもテレビ局側はこのあたりの事情を甘く見ているのではないか?ボクシング中継にお
ける派手なプロモーション映像や煽り演出、過剰なキャラクター表現などを見ていると、
アメリカの表面的な部分だけを真似しているように思えます。

まさか「ガチンコ・ファイトクラブ」の手法を世界戦クラスでもやろうとしたわけではな
いでしょうが、中身の伴わないコンテンツをいくら派手に装飾しても、見透かされてしま
います。

十分に分かっていることでしょうが、ボクシング業界は、テレビ依存のビジネスから脱却
することが、急務となっています。

新しいシステムは、ユーザー直結のものであるべきで、それを確立することを急がなけれ
ばなりません。

■その前に、アメリカのシステムに乗っかることはできないか。

これもきっとできると思います。こちらの方は、システムを作るよりもよほどハードルは
低くなります。

ただし、日本人ボクサーがこのシステムに乗り遅れているのは、日本にある程度の需要が
あるからです。

世界チャンピオンになればまあまあ食える。指導者への道がある。タレントもできるかも。

これが、世界へ出ていくチャレンジへの足かせとなっているのではないか。

ということは、ボクシングだけではなく、日本のあらゆるビジネスが抱える問題と似通っ
ていることがわかります。

成長期から成熟期にかけて成り立っていた多くのビジネスが、衰退期に入ろうとする市場
の中で、モデルチェンジを迫られているのが、今の日本です。

縮小する市場の中で、耐え忍んでいるうちに、グローバル市場をいち早く押さえる機会を
逃してしまったのではないか。

テレビしかり。携帯電話しかり。音楽プレーヤーしかり。

あらゆる業界で疑ってみるべき課題ですね。

■だから日本人ボクサーおよび、日本のボクシング業界は、積極的に海外に進出すべきです。

傲慢に聞こえるでしょうが、私たちが見たいのは、本物の世界レベルのボクシングです。

白井義男やファイティング原田の時代と違って、今の日本人世界チャンピオンが、実は
日本国内での世界チャンピオンであることは、皆が薄々気づいていることなのです。

パッキャオやメイウェザーと戦える日本人が現れてはじめて、ボクシングは昔日の栄光を
取り戻すはずです。

今、サッカー日本代表がブラジル代表に勝てなくても、誰も文句は言いません。むしろ
立ち位置を明確にしてくれた方が、感情移入できます。

本田圭祐や香川真司や長友祐都の活躍が輝くのは、我々が、世界と日本の実力差を知って
いるからです。

日本のボクシング業界は、歴史もあり、選手育成のシステムやアマチュアとの連携、引退
後の受け皿など組織を維持するシステムはあるわけすから、あとはそれを拡大する方法に
注力できます。

業界の慣習や利権構造があってややこしい話なのでしょうが、まずは海外進出を活発化さ
せることが、日本ボクシングビジネス発展の鍵になると考えます。

■海外市場へは行ってみなければわからないことがたくさんあるはずです。

だから行ってみなければはじまりません。

今回、西岡の試合プランを見ていて思ったのは、彼は勝つことを最大目標にしていたとい
うことです。

西岡は、最初から防御を意識したスタイルでした。消極的になりすぎて、ブーイングを浴
びたほどです。

もしそれで勝つことが出来たとしても、ペイパービューで観ていたユーザーたちが、次回
も西岡の試合にお金を払おうとするだろうか?

つまり西岡は、チャンピオンベルトを獲得する、防御することが最大の目標である日本ス
タイルをそのまま貫いたわけです。

この試合で引退するといわれていた西岡なら関係ないでしょうが、これからアメリカで成
功しようという者は、目標設定を変えなければなりません。

対して、アメリカで揉まれているドネアは、本来ガチガチの防御スタイルは得意とすると
ころでしょうが、それは志向していません。彼なりの、防御しながらKOするという
「魅せる」スタイルを作り上げています。

ドネアにとってもはやチャンピオンベルトを獲得することは副次的な要素に過ぎず、ユー
ザーの人気を獲得することを最大目標にしているからです。

このように、志向するファイトスタイル一つとっても、世界と日本は異質であったという
ことですから、海外には行ってみなければならない所以です。

■試合後、西岡の挑戦を意義あるものとして讃える論調の記事が目立ちました。

それは確かにその通りだと思います。

西岡の挑戦がなければ、わからなかったことがいっぱいありましたから。

世界トップクラスの実力がいかほどのものだったか。また彼らはどういう考え方で試合に
臨んでいるのか。

それがわかっただけでも意義あるものだったと思います。

今の日本人選手に足りないものが、実力だけではないことが明確になったでしょうから。

ただし、今回の内容では、しばらく日本人にチャンスは来ないかも知れませんが...

今回の試合を観て「おれならドネアを倒せる」と思った日本人はどれほどいたのでしょうか。

ぜひ現われてほしいものですね。

そうじゃないと、西岡の挑戦が本当に意味あるものだったというこにはなりませんから。

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■男には、直接殴りあって、どちらが強いか確かめたいという原初的な欲求があるようです。

だから、ボクシングをはじめとする格闘技には、興味が尽きませんし、その道の強者には
尊敬の念を隠すことができません。

たとえお金にならなくても、拳闘は、男のロマンなんですね。

だからこそ、もっと興隆してほしいものだと思います。

今回の西岡の挑戦が、10年後、20年後の未来につながりますように。

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