孫子、ポーター、ランチェスター

2011.06.02

(2011年6月2日メルマガより)


■今月号の「ハーバード・ビジネス・レビュー」は、マイケル・ポーターの
特集を組んでいます。
http://amazon.co.jp/o/ASIN/B004X1WNQG/lanchesterkan-22/ref=nosim

これがなかなかイケています。読み応えありますよ。

マイケル・ポーターといえば、いわずもがな、ハーバード大学の看板教授で
あり、競争戦略論の大家です。

その理論は、もはや古典の域に達していますね。

■私はランチェスター戦略を学んだり、教えたりしておりますので、時折、
ポーターの理論との違いを聞かれます。

ポーターの基本戦略の中に、差別化や集中という言葉が出てくるので、ラン
チェスター戦略と似ているように思えるのかも知れません。

まあ、同じ競争戦略理論ですから、似ている部分があるのは間違いないでし
ょう。

権威好きな人からは「ランチェスター戦略なんて、ポーターの競争戦略の焼
き直しじゃないか」などと言われたりもしましたが、それは間違いです^^;

ポーターが「競争の戦略」を発表したのが1979年。

田岡信夫の「ランチェスター販売戦略」発表の17年後のことです。

まあ、でも、そういうことはどうでもいい。

■田岡信夫のランチェスター戦略と、ポーターの競争戦略論が似ていると言
われるもう一つの理由があります。

これはあまり知られていない裏理由ですね。証拠を出せない怪情報なんです
が^^;

実は、お二人とも、中国の兵法書「孫子」の精読者で、理論を体系化する際
に、それを大いに参考にしたと言われています。

だから、ポーターがランチェスター戦略を意識したかどうかは分りませんが
少なくとも、「孫子」を通じては、二つの理論は気脈を通じているわけです。

■と思っていたら、タイミングよく「別冊プレジデント」が孫子の特集をし
ていました。
http://amazon.co.jp/o/ASIN/B004Y0AIZE/lanchesterkan-22/ref=nosim

これもイケていますよ^^

いい機会でしたので、久しぶりにじっくりと「孫子」を読ませていただきま
した。

■「孫子」は、いわずもがな、2500年以上前に書かれた中国の兵法書で
す。(十三篇から成り立っています)

中国のみならず、世界中の軍略家、為政者などに必読書として親しまれ、現
在でも、多くの経営者が戦略立案の参考にしていることで知られています。

日本の戦国武将も、孫子は生き残りのための必須科目であったようです。

武田信玄などは孫子に精通していることで有名であり、その中の言葉「風林
火山」を自軍の旗印に採用したほどです。

ソフトバンクの孫正義さんも、「孫子」と「ランチェスター戦略」をもとに、
自身の戦略「孫の二乗の法則」を組み立てたと発言されています。

要するに、長い年月を経て、古びない真実がその中にこめられています。

参考「孫子」浅野裕一著 (講談社学術文庫)
http://amazon.co.jp/o/ASIN/4061592831/lanchesterkan-22/ref=nosim

■先ほどの「別冊プレジデント」には大前研一氏が寄稿されており、孫子の
魅力を語っておられます。

孫子は、2500年以上も、世界のリーダーたちから参考にされてきました。

それは、強固な体系性を持つわりに、簡潔な漢語で書かれているために、後
世の我々が様々な解釈や肉付けをする余地があるところです。要するに、フ
レキシビリティも非常に高い。

戦争から政治へ。さらに経営へ。様々に解釈を置き換えても、揺るがない柔
軟さと強固さを兼ね備えています。

2500年も生きながらえてきたのは、伊達ではありません。

■「孫子」の作者であるとされる孫武の生きた時代は、中国でも戦乱の絶え
ない時期でした。

できれば戦争なんかなければよい、と誰もが思ったことでしょう。

だから「孫子」には、厭戦的な気分が色濃く表れています。

例えば、「謀攻篇」にある「百戦百勝善の善なるに非ざる者なり」(百回戦
って、百回勝ったとしても、それはベストではない)という有名な言葉にそ
れが表れています。

あるいは「火攻編」には、「死んだ者は生き返らないのだから、軽々しく戦
争を起こしてはならない」といった意味のことも書かれています。

■ただし、「孫子」が、平和な世の中を夢見るだけの理想論に終始している
と思えば大間違いです。

「孫子」のもう一人の作者とも言われる孫ビンは、武力なしに平和な世の中
を実現しようと考える当時の王の理想主義を痛烈な皮肉で戒めています。

「孫子」の思想は、「戦争は無い方がいい。しかし、現実には、相手国があ
る限り、戦争は無くならない。では、なるべくなら戦争が起こらないように、
謀略で相手国をやりこめよう。戦争は最後の手段だが、やるからには、必ず
勝つようにやらなければならない」というものです。

リアルかつシリアス。しかもロジカル。

「勝負は時の運」などと言われていた時代に「戦争は準備段階で勝敗が決ま
っている」と言ってのけたのですから、それは衝撃だったでしょう。

■準備段階で勝敗を決めるためには、どうすればいいのか。

「謀攻篇」には、5つの要点が書かれています。

1.戦うべきと戦うべからざるとを知る者は勝つ。(戦ってよい場合と戦っ
てはならない場合とを分別している者は勝つ。)

2.衆寡の用を識る者は勝つ。(大兵力と小兵力それぞれの運用法に精通し
ている者は勝つ。)

3.上下の欲を同じうする者は勝つ。(上下の意思統一に成功している者は
勝つ。)

4.虞を以て不虞を待つ者は勝つ。(計略を仕組んで、それに気づかずにや
ってくる敵を待ち受ける者は勝つ。)

5.将の能にして君の御せざる者は勝つ。(将軍が有能で君主が余計な干渉
をしない者は勝つ。)

私は、この5つの要点こそ、「孫子」の核心だと考えます。

■まず1。

戦ってよい場合、戦ってはならない場合とはどういうことか?

要するに、相手が自分より強いと思われる場合は、戦ってはならない。弱い
場合は、戦ってもよいということです。

例えば、自分より多数の敵とは戦ってはならない。これは当然です。

ただし、自分より多数であると思えても、陣形が広がりすぎて隙だらけの敵
もあります。

これは戦ってよい。

つまり「勝ちやすきに勝て」とは、相手をよく見ろ、かつ、タイミングを見
計らえという教えです。

だから、「孫子」は情報を集めることを非常に重視しています。

戦う前には必ず相手をリサーチせよ。

そのリサーチのポイントも、五事七計という12個にまとめられています。
(ここでは割愛しますが)

その上で、勝てると計算できたならば、戦ってよい。計算が立たないなら、
戦ってはならない。至極当然にそう書いてあります。

■リサーチを重視する「孫子」ですから「用間(スパイ)」を重用すること
を必須としています。

スパイは、単に情報を集めるだけではありません。

相手に偽の情報を流し、かく乱し、陥れるための役割も担います。

相手が偽の情報に惑わされて、無駄な動きをしてくれれば、付け入る隙も生
まれるというものです。これぞ、弱者の戦法です。

そもそも「孫子」は、謀略で敵国を奪うことを最上としていますので、スパ
イの役割はこの上なく大きいと言えます。

■その2。

大兵力と小兵力それぞれの運用法とは何か。

戦争においては数が多い方が有利であることは間違いありませんが、実際に
は、多い兵隊を自在に操る難しさ、少ない兵隊なりの機動力といった利点も
あります。

つまりどちらの兵力も、メリット、デメリットがあります。それをよく理解
した上で、運用しなければ、強みを活かしきることができません。

要するに、これは「弱者の戦略、強者の戦略」を理解して戦えという教えだ
と私は解釈します。

「勢篇」には「凡そ戦いは、正を以って合い、奇を以って勝つ」と書かれて
います。

正攻法をきちんと行った上で向かい合い、状況に応じた奇策で勝つ、という
意味でしょう。

いずれにしろ、ここには、実際の戦争における様々な作戦行動の粋が体系づ
けられるはずです。

■その3。

上下の意思統一。

「計篇」には、君主のビジョンが十分に浸透し、内政的に充実していること。
および、将軍の下す命令がきちんと伝わり守られていること。(守られなか
った時の処罰も)が、ポイントであると書かれています。

それがまず前提です。

「勢篇」では、兵隊を動かす秘訣は「勢い」であると書かれています。

個人の頑張りに頼るのではなく、勢いがついて、動かざるを得ないように仕
向けることが肝要であると。

思うにこれは、勝ち癖がついて全体の流れの中で戦うモチベーションが上が
っている状態か、あるいは罰則が怖くて働かざるをえない状態か、その双方
を表しているのでしょう。

「地形篇」には、兵隊を追い詰めて逃げ場をなくして必死に戦わせる方法な
ども書かれています。

ここには、組織のリーダーシップとマネジメントの鍵が埋め込まれているの
だと考えます。

■その4。

計略を仕組んで、それに気づかずにやってくる敵を待ち受ける。

「形篇」には「守備は攻撃よりも強い」ということが書かれています。

戦場に先について、守備を固めておくとそれだけ有利になるということです。

だから、先手必勝を銘じておかなければならない。

戦場に先に着けば、地形の利を取り入れた作戦を活用できます。

「計篇」には、「天の利、地の利を活かした者が勝つ」と書かれていますが、
そのためには、先手をとることが必要です。

また「孫子」では、様々な地形のタイプごとの戦い方や、移動する際の注意
点なども詳細に書かれています。

■その5。

将軍が有能で君主が余計な干渉をしない。

君主は、将軍を任命したならば、後は任せておけばよい。

この考えは、何度か繰り返されます。君主が余計な干渉をしないというのは、
東洋的な考え方で、西洋人には異質に写るらしい。(と大前研一氏が書いて
います)

でも「孫子」は、現場を預かる者の権限を大幅に認めようとしています。

「地形篇」では、君主の命令に背いてでも、現場の状況に応じて勝利を得た
(損害を食い止めた)将軍は、国家の財宝だとまで書かれています。

要するに、絶対に勝てるという算段の上で戦争を始めても、実際の勝敗は現
場で決まるので、現場への権限委譲は大切だという教えです。

そのためには、将軍は有能な者でなければならない。「孫子」では、どのよ
うな将軍が優秀であるかを詳細に書いています。

■おわかりでしょうが、この5つの考え方は、現在の企業経営にそのまま当
てはまるはずです。

1.経営環境の変化に敏感になり、常に負けない方法を考えておくこと。

2.自社の置かれた状況に応じた戦略を立てること。

3.会社の方針が即座に浸透するようにリーダーシップとマネジメント体制
を機能させること。

4.全体戦略(方向性)を現場に落とし込み、現場ごとの機能戦略を立てる
こと。地形(や市場ニーズ)に応じた現場戦略であること。

5.現場の責任者は、状況に応じて臨機応変に行動すること。方向性に合う
ならば、自由に行動してよい。経営層は、有能なマネージャーを採用した後
は、余計な口出しをしない。

いかがでしょうか。

ここに「財務会計」と「人材育成」の視点が加われば、そのまま私のコンサ
ルティング内容になります。

■マイケル・ポーターは、「地形」の部分に「業界」という概念を当てはめ
ました。

企業の業績や利益は、まずは「業界」に規定される。だから、業界全体の利
益構造を理解しよう。

ということで、有名な「ファイブ・フォース・モデル」というフレームワー
クが提唱されました。

さらに、その業界内で競争優位を得るためには、3つの方法があると、ポー
ターは主張します。

「コストを低減する」か「コスト以外で差別化する」か「さらに小さな領域
に集中する」か。

特にコスト低減と差別化は相容れないので、どちらか一方に戦略を決めるべ
きだと言っています。(集中戦略はどちらとも相容れます)

確かに、何となく安売りしようか、差別化しようか、と迷っていた企業にと
って、業界という枠組みをきっちりと示し、その中で、コスト低減か、差別
化か、どちらかに決めよ、と言われることは新鮮だったに違いありません。

戦略がシンプルなだけに活用しやすく、効果が高いと思います。

■これに対して、ランチェスター戦略は、「地形」の部分に、「市場シェア」
という概念を持ち込みました。

すなわち、市場シェアの差によって、強者なのか、弱者なのか、ナンバーワ
ンなのかを規定する。(強者は1位。弱者はそれ以外。ナンバーワンとは2
位以下に√3倍以上の差をつけたダントツ1位のこと)

そして、それぞれの立場によって、とるべき戦略を変える。これが有名な
「弱者の戦略、強者の戦略」です。

弱者なら差別化。強者ならミート(まね)するというのが基本戦略となります。

強者が強いのは守りに徹することができるからです。

だから、弱者と言われる企業は、強者になることを目指します。

強者になるためには、ある範囲の中で、市場シェアを1位にしなければなら
ない。

そのための具体的なノウハウが、ランチェスター戦略の最大の特徴です。

「孫子」も地形によってどのように戦うのかを詳細に書いていますが、ラン
チェスターも、どうすれば市場シェア1位になれるのかを詳細にノウハウ化
しています。

■要するに、市場シェアというものを理論の重要事項としているのがランチ
ェスター戦略。業界という枠組みでざっくりと捉えるのがポーターです。

もちろん、ランチェスター戦略も、市場シェアを比較する対象は、同じ業界
の企業となりますから、ポーターのような視点がないわけではありません。

ただし、ポーターは精緻な業界分析を得意としていますが、ランチェスター
戦略の場合は、市場シェアを上げるための方法論に重きを置いています。

田岡信夫先生自体が、コンサルタントであったということもありますが、よ
り実践的に組み立てられています。

ちなみに、私はランチェスター戦略の専門家だからかも知れませんが、どう
も、ポーターは概念的な印象があるんですね。。。

もっとも、ポーターの専門家からすれば、それはお前が理解していないだけ
だ、と言うのでしょうけど^^;

たぶんそうでしょうね。私はポーターの理論の使い方が分っていません。

■それにしても。

今回「孫子」という書をじっくりと読み返してみましたが、凄まじいもので
した。

リアル、シリアス、ロジカル。しかも体系的。

そうはいいながら、昔の書物なので、ところどころ抜けていたり、意味が通
らなかったり、重複していたり、混乱しているので、厄介なんですな^^;

でも、体系があるというのは、後世の我々が肉付けできる広がりを抱えてい
るということです。

多くの経営者やリーダーがこの書に惹きつけられるのが分りました

またさらにいうと、この書を換骨奪胎して、さらに具体的かつ現代的な体系
を作り上げた田岡信夫先生は偉大な人だったんですね。

改めてそう思いました。



(2011年6月2日メルマガより)


■今月号の「ハーバード・ビジネス・レビュー」は、マイケル・ポーターの
特集を組んでいます。
http://amazon.co.jp/o/ASIN/B004X1WNQG/lanchesterkan-22/ref=nosim

これがなかなかイケています。読み応えありますよ。

マイケル・ポーターといえば、いわずもがな、ハーバード大学の看板教授で
あり、競争戦略論の大家です。

その理論は、もはや古典の域に達していますね。

■私はランチェスター戦略を学んだり、教えたりしておりますので、時折、
ポーターの理論との違いを聞かれます。

ポーターの基本戦略の中に、差別化や集中という言葉が出てくるので、ラン
チェスター戦略と似ているように思えるのかも知れません。

まあ、同じ競争戦略理論ですから、似ている部分があるのは間違いないでし
ょう。

権威好きな人からは「ランチェスター戦略なんて、ポーターの競争戦略の焼
き直しじゃないか」などと言われたりもしましたが、それは間違いです^^;

ポーターが「競争の戦略」を発表したのが1979年。

田岡信夫の「ランチェスター販売戦略」発表の17年後のことです。

まあ、でも、そういうことはどうでもいい。

■田岡信夫のランチェスター戦略と、ポーターの競争戦略論が似ていると言
われるもう一つの理由があります。

これはあまり知られていない裏理由ですね。証拠を出せない怪情報なんです
が^^;

実は、お二人とも、中国の兵法書「孫子」の精読者で、理論を体系化する際
に、それを大いに参考にしたと言われています。

だから、ポーターがランチェスター戦略を意識したかどうかは分りませんが
少なくとも、「孫子」を通じては、二つの理論は気脈を通じているわけです。

■と思っていたら、タイミングよく「別冊プレジデント」が孫子の特集をし
ていました。
http://amazon.co.jp/o/ASIN/B004Y0AIZE/lanchesterkan-22/ref=nosim

これもイケていますよ^^

いい機会でしたので、久しぶりにじっくりと「孫子」を読ませていただきま
した。

■「孫子」は、いわずもがな、2500年以上前に書かれた中国の兵法書で
す。(十三篇から成り立っています)

中国のみならず、世界中の軍略家、為政者などに必読書として親しまれ、現
在でも、多くの経営者が戦略立案の参考にしていることで知られています。

日本の戦国武将も、孫子は生き残りのための必須科目であったようです。

武田信玄などは孫子に精通していることで有名であり、その中の言葉「風林
火山」を自軍の旗印に採用したほどです。

ソフトバンクの孫正義さんも、「孫子」と「ランチェスター戦略」をもとに、
自身の戦略「孫の二乗の法則」を組み立てたと発言されています。

要するに、長い年月を経て、古びない真実がその中にこめられています。

参考「孫子」浅野裕一著 (講談社学術文庫)
http://amazon.co.jp/o/ASIN/4061592831/lanchesterkan-22/ref=nosim

■先ほどの「別冊プレジデント」には大前研一氏が寄稿されており、孫子の
魅力を語っておられます。

孫子は、2500年以上も、世界のリーダーたちから参考にされてきました。

それは、強固な体系性を持つわりに、簡潔な漢語で書かれているために、後
世の我々が様々な解釈や肉付けをする余地があるところです。要するに、フ
レキシビリティも非常に高い。

戦争から政治へ。さらに経営へ。様々に解釈を置き換えても、揺るがない柔
軟さと強固さを兼ね備えています。

2500年も生きながらえてきたのは、伊達ではありません。

■「孫子」の作者であるとされる孫武の生きた時代は、中国でも戦乱の絶え
ない時期でした。

できれば戦争なんかなければよい、と誰もが思ったことでしょう。

だから「孫子」には、厭戦的な気分が色濃く表れています。

例えば、「謀攻篇」にある「百戦百勝善の善なるに非ざる者なり」(百回戦
って、百回勝ったとしても、それはベストではない)という有名な言葉にそ
れが表れています。

あるいは「火攻編」には、「死んだ者は生き返らないのだから、軽々しく戦
争を起こしてはならない」といった意味のことも書かれています。

■ただし、「孫子」が、平和な世の中を夢見るだけの理想論に終始している
と思えば大間違いです。

「孫子」のもう一人の作者とも言われる孫ビンは、武力なしに平和な世の中
を実現しようと考える当時の王の理想主義を痛烈な皮肉で戒めています。

「孫子」の思想は、「戦争は無い方がいい。しかし、現実には、相手国があ
る限り、戦争は無くならない。では、なるべくなら戦争が起こらないように、
謀略で相手国をやりこめよう。戦争は最後の手段だが、やるからには、必ず
勝つようにやらなければならない」というものです。

リアルかつシリアス。しかもロジカル。

「勝負は時の運」などと言われていた時代に「戦争は準備段階で勝敗が決ま
っている」と言ってのけたのですから、それは衝撃だったでしょう。

■準備段階で勝敗を決めるためには、どうすればいいのか。

「謀攻篇」には、5つの要点が書かれています。

1.戦うべきと戦うべからざるとを知る者は勝つ。(戦ってよい場合と戦っ
てはならない場合とを分別している者は勝つ。)

2.衆寡の用を識る者は勝つ。(大兵力と小兵力それぞれの運用法に精通し
ている者は勝つ。)

3.上下の欲を同じうする者は勝つ。(上下の意思統一に成功している者は
勝つ。)

4.虞を以て不虞を待つ者は勝つ。(計略を仕組んで、それに気づかずにや
ってくる敵を待ち受ける者は勝つ。)

5.将の能にして君の御せざる者は勝つ。(将軍が有能で君主が余計な干渉
をしない者は勝つ。)

私は、この5つの要点こそ、「孫子」の核心だと考えます。

■まず1。

戦ってよい場合、戦ってはならない場合とはどういうことか?

要するに、相手が自分より強いと思われる場合は、戦ってはならない。弱い
場合は、戦ってもよいということです。

例えば、自分より多数の敵とは戦ってはならない。これは当然です。

ただし、自分より多数であると思えても、陣形が広がりすぎて隙だらけの敵
もあります。

これは戦ってよい。

つまり「勝ちやすきに勝て」とは、相手をよく見ろ、かつ、タイミングを見
計らえという教えです。

だから、「孫子」は情報を集めることを非常に重視しています。

戦う前には必ず相手をリサーチせよ。

そのリサーチのポイントも、五事七計という12個にまとめられています。
(ここでは割愛しますが)

その上で、勝てると計算できたならば、戦ってよい。計算が立たないなら、
戦ってはならない。至極当然にそう書いてあります。

■リサーチを重視する「孫子」ですから「用間(スパイ)」を重用すること
を必須としています。

スパイは、単に情報を集めるだけではありません。

相手に偽の情報を流し、かく乱し、陥れるための役割も担います。

相手が偽の情報に惑わされて、無駄な動きをしてくれれば、付け入る隙も生
まれるというものです。これぞ、弱者の戦法です。

そもそも「孫子」は、謀略で敵国を奪うことを最上としていますので、スパ
イの役割はこの上なく大きいと言えます。

■その2。

大兵力と小兵力それぞれの運用法とは何か。

戦争においては数が多い方が有利であることは間違いありませんが、実際に
は、多い兵隊を自在に操る難しさ、少ない兵隊なりの機動力といった利点も
あります。

つまりどちらの兵力も、メリット、デメリットがあります。それをよく理解
した上で、運用しなければ、強みを活かしきることができません。

要するに、これは「弱者の戦略、強者の戦略」を理解して戦えという教えだ
と私は解釈します。

「勢篇」には「凡そ戦いは、正を以って合い、奇を以って勝つ」と書かれて
います。

正攻法をきちんと行った上で向かい合い、状況に応じた奇策で勝つ、という
意味でしょう。

いずれにしろ、ここには、実際の戦争における様々な作戦行動の粋が体系づ
けられるはずです。

■その3。

上下の意思統一。

「計篇」には、君主のビジョンが十分に浸透し、内政的に充実していること。
および、将軍の下す命令がきちんと伝わり守られていること。(守られなか
った時の処罰も)が、ポイントであると書かれています。

それがまず前提です。

「勢篇」では、兵隊を動かす秘訣は「勢い」であると書かれています。

個人の頑張りに頼るのではなく、勢いがついて、動かざるを得ないように仕
向けることが肝要であると。

思うにこれは、勝ち癖がついて全体の流れの中で戦うモチベーションが上が
っている状態か、あるいは罰則が怖くて働かざるをえない状態か、その双方
を表しているのでしょう。

「地形篇」には、兵隊を追い詰めて逃げ場をなくして必死に戦わせる方法な
ども書かれています。

ここには、組織のリーダーシップとマネジメントの鍵が埋め込まれているの
だと考えます。

■その4。

計略を仕組んで、それに気づかずにやってくる敵を待ち受ける。

「形篇」には「守備は攻撃よりも強い」ということが書かれています。

戦場に先について、守備を固めておくとそれだけ有利になるということです。

だから、先手必勝を銘じておかなければならない。

戦場に先に着けば、地形の利を取り入れた作戦を活用できます。

「計篇」には、「天の利、地の利を活かした者が勝つ」と書かれていますが、
そのためには、先手をとることが必要です。

また「孫子」では、様々な地形のタイプごとの戦い方や、移動する際の注意
点なども詳細に書かれています。

■その5。

将軍が有能で君主が余計な干渉をしない。

君主は、将軍を任命したならば、後は任せておけばよい。

この考えは、何度か繰り返されます。君主が余計な干渉をしないというのは、
東洋的な考え方で、西洋人には異質に写るらしい。(と大前研一氏が書いて
います)

でも「孫子」は、現場を預かる者の権限を大幅に認めようとしています。

「地形篇」では、君主の命令に背いてでも、現場の状況に応じて勝利を得た
(損害を食い止めた)将軍は、国家の財宝だとまで書かれています。

要するに、絶対に勝てるという算段の上で戦争を始めても、実際の勝敗は現
場で決まるので、現場への権限委譲は大切だという教えです。

そのためには、将軍は有能な者でなければならない。「孫子」では、どのよ
うな将軍が優秀であるかを詳細に書いています。

■おわかりでしょうが、この5つの考え方は、現在の企業経営にそのまま当
てはまるはずです。

1.経営環境の変化に敏感になり、常に負けない方法を考えておくこと。

2.自社の置かれた状況に応じた戦略を立てること。

3.会社の方針が即座に浸透するようにリーダーシップとマネジメント体制
を機能させること。

4.全体戦略(方向性)を現場に落とし込み、現場ごとの機能戦略を立てる
こと。地形(や市場ニーズ)に応じた現場戦略であること。

5.現場の責任者は、状況に応じて臨機応変に行動すること。方向性に合う
ならば、自由に行動してよい。経営層は、有能なマネージャーを採用した後
は、余計な口出しをしない。

いかがでしょうか。

ここに「財務会計」と「人材育成」の視点が加われば、そのまま私のコンサ
ルティング内容になります。

■マイケル・ポーターは、「地形」の部分に「業界」という概念を当てはめ
ました。

企業の業績や利益は、まずは「業界」に規定される。だから、業界全体の利
益構造を理解しよう。

ということで、有名な「ファイブ・フォース・モデル」というフレームワー
クが提唱されました。

さらに、その業界内で競争優位を得るためには、3つの方法があると、ポー
ターは主張します。

「コストを低減する」か「コスト以外で差別化する」か「さらに小さな領域
に集中する」か。

特にコスト低減と差別化は相容れないので、どちらか一方に戦略を決めるべ
きだと言っています。(集中戦略はどちらとも相容れます)

確かに、何となく安売りしようか、差別化しようか、と迷っていた企業にと
って、業界という枠組みをきっちりと示し、その中で、コスト低減か、差別
化か、どちらかに決めよ、と言われることは新鮮だったに違いありません。

戦略がシンプルなだけに活用しやすく、効果が高いと思います。

■これに対して、ランチェスター戦略は、「地形」の部分に、「市場シェア」
という概念を持ち込みました。

すなわち、市場シェアの差によって、強者なのか、弱者なのか、ナンバーワ
ンなのかを規定する。(強者は1位。弱者はそれ以外。ナンバーワンとは2
位以下に√3倍以上の差をつけたダントツ1位のこと)

そして、それぞれの立場によって、とるべき戦略を変える。これが有名な
「弱者の戦略、強者の戦略」です。

弱者なら差別化。強者ならミート(まね)するというのが基本戦略となります。

強者が強いのは守りに徹することができるからです。

だから、弱者と言われる企業は、強者になることを目指します。

強者になるためには、ある範囲の中で、市場シェアを1位にしなければなら
ない。

そのための具体的なノウハウが、ランチェスター戦略の最大の特徴です。

「孫子」も地形によってどのように戦うのかを詳細に書いていますが、ラン
チェスターも、どうすれば市場シェア1位になれるのかを詳細にノウハウ化
しています。

■要するに、市場シェアというものを理論の重要事項としているのがランチ
ェスター戦略。業界という枠組みでざっくりと捉えるのがポーターです。

もちろん、ランチェスター戦略も、市場シェアを比較する対象は、同じ業界
の企業となりますから、ポーターのような視点がないわけではありません。

ただし、ポーターは精緻な業界分析を得意としていますが、ランチェスター
戦略の場合は、市場シェアを上げるための方法論に重きを置いています。

田岡信夫先生自体が、コンサルタントであったということもありますが、よ
り実践的に組み立てられています。

ちなみに、私はランチェスター戦略の専門家だからかも知れませんが、どう
も、ポーターは概念的な印象があるんですね。。。

もっとも、ポーターの専門家からすれば、それはお前が理解していないだけ
だ、と言うのでしょうけど^^;

たぶんそうでしょうね。私はポーターの理論の使い方が分っていません。

■それにしても。

今回「孫子」という書をじっくりと読み返してみましたが、凄まじいもので
した。

リアル、シリアス、ロジカル。しかも体系的。

そうはいいながら、昔の書物なので、ところどころ抜けていたり、意味が通
らなかったり、重複していたり、混乱しているので、厄介なんですな^^;

でも、体系があるというのは、後世の我々が肉付けできる広がりを抱えてい
るということです。

多くの経営者やリーダーがこの書に惹きつけられるのが分りました

またさらにいうと、この書を換骨奪胎して、さらに具体的かつ現代的な体系
を作り上げた田岡信夫先生は偉大な人だったんですね。

改めてそう思いました。



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