オニツカ錐もみ商法とは(前編)

2005.02.17


(2005年2月17日メルマガより)

■最近、「ランチェスター戦略を使っているよ!」という企業さんからメー
ルをいただくことがあります。

詳細は申し上げられないのですが、ランチェスター戦略のエッセンスを自分
なりに応用して、見事に実践されているようです。

あるいは、入門セミナーに来ていただいた方から、「早速実行してみます」
という声もいただきます。

やはりランチェスター戦略の普及活動をしていてよかったなと思えるときで
す。

いくらランチェスター戦略が優れていても、実行に移さないと、それはただ
の机上論となります。

戦略については、なるべく分かりやすくお伝えすることを心がけています。
少しでも多くの企業や起業家がランチェスター戦略を使って成功されること
を願っております。

■実際、多くの企業が、ランチェスター戦略の考えを取り入れて、成功して
きました。

比較的最近では、HISやイー・アクセスがランチェスター戦略のエッセン
スを取り入れた戦略構築をしていました。

古くは、アサヒビールやソニー、ブリジストン、フジキン、フジッコなど名
だたる大企業が田岡信夫先生の支援を受けたということです。

■もちろん、ランチェスター関西の最高顧問をお願いしている鬼塚喜八郎会
長がおられるアシックスは、まさにランチェスター戦略を実践されてきた好
事例です。

僭越ながら、ランチェスター戦略セミナーなどの折は、戦略の実行例として、
「オニツカ錐モミ商法」の話をさせていただくことがしばしばあります。

今回は、その話をさせていただこうと思います。

■鬼塚会長は、ご高齢ですが、非常にエネルギッシュな方です。ランチェス
ター関西の設立総会においても、約2時間の講演を立ったまま行われました。

しかも澄み切ったエネルギーに満ちているように思われます。

「約束は絶対に守る」

「人の困るようなことは絶対にしない」

「指揮官がまず先頭に立つ」

こうした、皆が守りたいと思いながら、なかなか実行できないことを当たり
前のように実践されてきた方です。

正義を貫くには、これほどのエネルギーがいるんだろうなーと凡人の私など
は感心することしきりです。

■もともと鬼塚会長は、鳥取県の出身で、坂口喜八郎という名前でした。

軍隊にいるときに、戦友から、「ある身寄りのない老夫婦の面倒をおれが帰
るまで見てくれないか」と頼まれたそうです。
そこで、神戸に赴き老夫婦の面倒を見ることにしました。

ところが、その戦友が戦死してしまいました。

坂口青年は、「戦友との約束を守らないわけにはいかない」と、実家の反対
を押し切り、その老夫婦の養子となり、鬼塚喜八郎となったのです。もちろ
ん、生涯の面倒をみたわけです。

このエピソードをみても、鬼塚会長の一本気とそれを押し通す壮烈さがわか
っていただけるでしょうか。

■さて「スポーツを通じて青少年を育成する」という理念のもとスポーツシ
ューズのメーカー鬼塚(株)を設立(1949年)したのですが、従業員は4名、
資産も知名度もなく、どうやって経営していけばいいのかわからない状態で
す。

当時、運動靴や地下足袋などのゴム靴は日本ゴムなどの大手が多数の職人を
抱え、全国に代理店を蜘蛛の巣のように張り巡らせていました。

そのような分野に真正面から参入しても、弾き飛ばされるのがオチです。

だが、調べてみると、運動靴でも競技用となると専門メーカーはありません
でした。
市場が小さいために、商売としてうまみがなかったのです。

■大手企業が手を出さないところこそ、零細企業の出番です。

鬼塚社長は「これだ!」と閃いたそうです。

しかも、競技をさらに細分化し、最も開発が難しいと思われたバスケットシ
ューズに狙いを定めることにしました。

■どんなに硬い板でも、錐の穂先をつきたてて、力いっぱい揉んでいけば、
必ず穴が開きます。


そのように特定の消費者がほしがっているものに狙いを定め、徹底的に要求
にこたえていくのが「錐モミ商法」であり、まさに、中小企業、ベンチャー
企業が生き残るための戦略といえます。

■当時はモノ不足ですから、わざわざ難しい商品の開発に挑戦しなくても、
十分に経営していけたかも知れません。

しかし、それでは、10年先、20年先も生き残れたかどうか定かではないでし
ょう。

あえて、バスケットシューズに挑んだのは、自社の技術力のアップとともに
競争相手が来ないようにするためでもありました。

■それはまさに挑戦でした。

バスケットという競技は、急停止、急発進をスピードに乗せて行います。だ
から、すべりにくくても、すべりやすくても適しません。

鬼塚社長は、神戸高校に通い、バスケットボール部の球ひろいをしながら、
競技を観察し、監督や選手の意見を集めたといいます。

どうすれば、急停止、急発進が可能なシューズができるのだろうか。

いつもバスケットシューズのことばかり考えていた鬼塚社長は、ある日、タ
コの吸盤を見て閃きます。「これだ!」

そこで、底形状が、タコの吸盤のようになったシューズを開発しました。

早速テストしてみると、なんと、ブレーキが効きすぎて、選手がバタバタと
転倒していきました。失敗!

吸盤を調整して、ようやく満足のいくものが出来上がったのは、バスケット
部に通い始めて、半年後のことでした。

後に業界の最大ブランドとなる「オニツカタイガー」の第一号でした。

(後編に続く)

追記:

長くなりますので、前後編に分けさせていただきました。
後編を乞うご期待ください。

鬼塚会長は、経営に私心を持ち込まないことを信条にしておられます。
こういう姿勢は、本当に勉強になります。

私も、独立する際には、「人の役に立ち、社会に貢献する仕事をする」とい
う志に燃えたものですが、時折「こうすれば楽に儲かるかな...」と迷いが生
じてしまいます。

そういう時には、必ず失敗しています。(どうも私は儲け話には向いていな
いようです)

ですから、やはり、志を忘れず、人の役に立つ仕事を一つ一つしていきたい
と考える次第です。

そんな私に、鬼塚会長のような方の存在は勇気を与えてくれます。

目先の利益に惑わされず、本当の勝ち組になりましょう!





(2005年2月17日メルマガより)

■最近、「ランチェスター戦略を使っているよ!」という企業さんからメー
ルをいただくことがあります。

詳細は申し上げられないのですが、ランチェスター戦略のエッセンスを自分
なりに応用して、見事に実践されているようです。

あるいは、入門セミナーに来ていただいた方から、「早速実行してみます」
という声もいただきます。

やはりランチェスター戦略の普及活動をしていてよかったなと思えるときで
す。

いくらランチェスター戦略が優れていても、実行に移さないと、それはただ
の机上論となります。

戦略については、なるべく分かりやすくお伝えすることを心がけています。
少しでも多くの企業や起業家がランチェスター戦略を使って成功されること
を願っております。

■実際、多くの企業が、ランチェスター戦略の考えを取り入れて、成功して
きました。

比較的最近では、HISやイー・アクセスがランチェスター戦略のエッセン
スを取り入れた戦略構築をしていました。

古くは、アサヒビールやソニー、ブリジストン、フジキン、フジッコなど名
だたる大企業が田岡信夫先生の支援を受けたということです。

■もちろん、ランチェスター関西の最高顧問をお願いしている鬼塚喜八郎会
長がおられるアシックスは、まさにランチェスター戦略を実践されてきた好
事例です。

僭越ながら、ランチェスター戦略セミナーなどの折は、戦略の実行例として、
「オニツカ錐モミ商法」の話をさせていただくことがしばしばあります。

今回は、その話をさせていただこうと思います。

■鬼塚会長は、ご高齢ですが、非常にエネルギッシュな方です。ランチェス
ター関西の設立総会においても、約2時間の講演を立ったまま行われました。

しかも澄み切ったエネルギーに満ちているように思われます。

「約束は絶対に守る」

「人の困るようなことは絶対にしない」

「指揮官がまず先頭に立つ」

こうした、皆が守りたいと思いながら、なかなか実行できないことを当たり
前のように実践されてきた方です。

正義を貫くには、これほどのエネルギーがいるんだろうなーと凡人の私など
は感心することしきりです。

■もともと鬼塚会長は、鳥取県の出身で、坂口喜八郎という名前でした。

軍隊にいるときに、戦友から、「ある身寄りのない老夫婦の面倒をおれが帰
るまで見てくれないか」と頼まれたそうです。
そこで、神戸に赴き老夫婦の面倒を見ることにしました。

ところが、その戦友が戦死してしまいました。

坂口青年は、「戦友との約束を守らないわけにはいかない」と、実家の反対
を押し切り、その老夫婦の養子となり、鬼塚喜八郎となったのです。もちろ
ん、生涯の面倒をみたわけです。

このエピソードをみても、鬼塚会長の一本気とそれを押し通す壮烈さがわか
っていただけるでしょうか。

■さて「スポーツを通じて青少年を育成する」という理念のもとスポーツシ
ューズのメーカー鬼塚(株)を設立(1949年)したのですが、従業員は4名、
資産も知名度もなく、どうやって経営していけばいいのかわからない状態で
す。

当時、運動靴や地下足袋などのゴム靴は日本ゴムなどの大手が多数の職人を
抱え、全国に代理店を蜘蛛の巣のように張り巡らせていました。

そのような分野に真正面から参入しても、弾き飛ばされるのがオチです。

だが、調べてみると、運動靴でも競技用となると専門メーカーはありません
でした。
市場が小さいために、商売としてうまみがなかったのです。

■大手企業が手を出さないところこそ、零細企業の出番です。

鬼塚社長は「これだ!」と閃いたそうです。

しかも、競技をさらに細分化し、最も開発が難しいと思われたバスケットシ
ューズに狙いを定めることにしました。

■どんなに硬い板でも、錐の穂先をつきたてて、力いっぱい揉んでいけば、
必ず穴が開きます。


そのように特定の消費者がほしがっているものに狙いを定め、徹底的に要求
にこたえていくのが「錐モミ商法」であり、まさに、中小企業、ベンチャー
企業が生き残るための戦略といえます。

■当時はモノ不足ですから、わざわざ難しい商品の開発に挑戦しなくても、
十分に経営していけたかも知れません。

しかし、それでは、10年先、20年先も生き残れたかどうか定かではないでし
ょう。

あえて、バスケットシューズに挑んだのは、自社の技術力のアップとともに
競争相手が来ないようにするためでもありました。

■それはまさに挑戦でした。

バスケットという競技は、急停止、急発進をスピードに乗せて行います。だ
から、すべりにくくても、すべりやすくても適しません。

鬼塚社長は、神戸高校に通い、バスケットボール部の球ひろいをしながら、
競技を観察し、監督や選手の意見を集めたといいます。

どうすれば、急停止、急発進が可能なシューズができるのだろうか。

いつもバスケットシューズのことばかり考えていた鬼塚社長は、ある日、タ
コの吸盤を見て閃きます。「これだ!」

そこで、底形状が、タコの吸盤のようになったシューズを開発しました。

早速テストしてみると、なんと、ブレーキが効きすぎて、選手がバタバタと
転倒していきました。失敗!

吸盤を調整して、ようやく満足のいくものが出来上がったのは、バスケット
部に通い始めて、半年後のことでした。

後に業界の最大ブランドとなる「オニツカタイガー」の第一号でした。

(後編に続く)

追記:

長くなりますので、前後編に分けさせていただきました。
後編を乞うご期待ください。

鬼塚会長は、経営に私心を持ち込まないことを信条にしておられます。
こういう姿勢は、本当に勉強になります。

私も、独立する際には、「人の役に立ち、社会に貢献する仕事をする」とい
う志に燃えたものですが、時折「こうすれば楽に儲かるかな...」と迷いが生
じてしまいます。

そういう時には、必ず失敗しています。(どうも私は儲け話には向いていな
いようです)

ですから、やはり、志を忘れず、人の役に立つ仕事を一つ一つしていきたい
と考える次第です。

そんな私に、鬼塚会長のような方の存在は勇気を与えてくれます。

目先の利益に惑わされず、本当の勝ち組になりましょう!




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