私がイチローから学ぶ3つのこと

2013.08.22

(2013年8月22日メルマガより)


■またイチローが大記録を打ち立てました。


2013年8月21日(日本時間22日)ヤンキース対ブルージェイズ戦、第1打席。

レフト前ヒットを放ち、日米通算安打数を4000本に到達させました。(日本で1278安打、メジャーで2722安打)

日本でも2000本打てば歴史に残る超一流打者だとみなされます。(現在、43名)

その中でも3000本を超えているのは、張本勲ただ一人です。

4000本となると、メジャーでも2名しかいなかったという大記録ですよ。

記録づくめの人であるとはいえ、やはりあっぱれなことです。

■イチローといえばマスコミ嫌いで知られ、記録達成にも「通過点ですから」としか答えない愛想のない選手でしたが、さすがに今回は、長時間のインタビューにも応じています。

なによりメジャー関係者からの賛辞には驚いたようですね。

日米通算というと、本当の記録ではない、などと白けたムードもあるのかなと思っていたらさにあらず。

祝福すべき時は桁外れに祝福する。

ベースボール文化の懐の深さを見たような気がしますね。

■それにしてもイチローのインタビュアーは、5000本安打を期待するようなことを発言し、それに対して、イチローも否定するようなことはありませんでした。

むしろイチローからすると40歳なんで限界だろうと言われることに強く反発しています。

どこも衰えてないんだ、と。

その気持ちはよく分かります。

人間は限界を設定したらそこで終わってしまいます。

自分で限界を作るのはいいが、それを人に押し付けないでもらいたい^^;と思うことがよくあります。

実際には若手を重用しようというベンチの思惑に出場機会を制限されてしまうわけで、イチローはそれが理不尽であると言いたいようでした。

大したものですよ。

この分だと本当に50歳まで続けて、メジャー単独記録を塗り替えるかも知れませんね。

■イチローは、本名、鈴木一朗。(一朗という名前ですが次男だそうです。トリビア^^)

1973年、愛知県に生まれました。40歳です。

中学高校時代と地元では有名な選手だったようですが、甲子園に2度出場するも、いずれも1回戦敗退したためにさして目立つ活躍もなく、プロ野球ドラフトでは、オリックスから4位指名されただけでした。

ちなみに松井秀樹選手とは高校時代から面識があったようです。星陵高校時代の松井がイチローに呼ばれて宿舎に行ってみると、ベッドにパンツ1枚のイチローがいたという逸話がありますが、これはそういう性癖があったというわけでも何でもなく、大勢の中にイチローがたまたまそういうカッコでいたというだけのようです^^;

ちなみに、イチローは学業も優秀だったようですよ。さすがに一流選手は頭脳明晰です。

■ドラフト4位といえば、ほぼテスト生と変わりない扱いではないでしょうか。

1,2年目はほぼ2軍暮らし。今でこそ評論家諸氏は「なぜイチローを1軍で使わないのだろうと不思議だった」と言いますが、ほんまかいなーーと思ってしまいますね。

実際、当時のオリックス監督である土井正三は、イチローの打撃フォームを認めなかったといわれています。(もちろん土井正三氏は後にそれを否定していますが)

転機は3年目。新監督仰木彰は、イチローをいち早く認め、レギュラーに固定します。

それからの活躍は周知の通り。

その年に、年間安打数210本のプロ野球記録を打ち立て、打率.385で首位打者。さらには、最高出塁率、ベストナイン、ゴールデングラブ賞、正力松太郎賞、あげくの果てには、シーズンMVPも獲得してしまいます。

■イチローが活躍しだした当初は、周りも半信半疑でしたっけ。

当時は、阪神の新庄が頭角を現した時期でもあり、比較されたりもしました。確かに新庄もその後、違う方向で凄い選手になっていきますが、比較対象ではありませんね。

ただ私の友人の池田君は、3年目の活躍を見て「今後10年間は首位打者を取り続ける選手だ」と予言していましたから、見る人が見れば、分かったのかも知れません。

そして日本プロ野球に在籍中は、予言通り、7年連続で首位打者を取り続けて、メジャーに移籍。

そこでも10年連続200安打を続けるというとてつもない記録を打ち立てます。(首位打者も2度獲得)

今では、メジャーリーグの殿堂入りも間違いないといわれる大選手になってしまいました。

■イチローをみて思うのは、目標設定の絶妙な的確さです。

彼は3年目で本格的に活躍し始めた時、打率を追うのではなく、ヒット数を追うと宣言しました。

つまり打率は上下するので精神衛生によくありません。しかしヒット数は積み上げで、下がることはないので、まだマシです。

この時はスタッフの発案であったようですが、こうした目標設定の巧みさは、頭のいい彼の得意な思考パターンとなっていったのでしょうね。

的確な目標設定は、姿勢や行動にブレを生みません。

特にシアトル・マリナーズに入団してからのイチローは、ひたすらヒット数を目標にするようになり、彼の全ての日常は、求道者のようにそれに捧げられているかのようでした。

■この目標設定の的確さは、同じくプロ野球界の天才打者であった落合博満に通じるものがあります。

参考:なぜ落合博満はブレないのか?
http://www.createvalue.biz/column2/post-201.html

もちろん、落合もイチローもお互いを尊敬しあっているようです。

ただし落合博満は「イチローは、内野安打がなければ.250の打者だ」と発言したといわれています。

そういう発言があったのか、あるいはあったとしても、その真意はどこにあったのか不明ですが、仮にあったとすればおそらく左打者であることの優位性のことを言っているのだと推測します。

つまり、左打者でかつ俊足のイチローは、ボテボテの内野ゴロを安打にしてしまう技を持っていますが、右打者の落合にはそれがありません。

そういう意味では、より困難な道をいっていたのは落合博満であると言えるのでしょうね。

その落合博満は、打者としての目標を「三冠王」に設定していました。

現役晩年はイチローと比較されることの多かった彼は、お門違いの比較論にいら立っていたのでしょうね。

「イチローはヒット狙いだけだろ。オレがホームランを捨てたら、4割でも打てる」と発言したとも言われています。

■落合が「唯一の天才」と認めるのが、広島カープの前田智徳でした。

確かにそうかも知れません。

前田智徳は、イチローも憧れの選手だと言っていました。

ただし、前田の打者としての目標は、いささか浮世離れしています。

昔の彼は、力不足の投手が出てくるとわざと三振して帰ってきて「なんであんなやつと勝負させるんじゃ」と怒っていたといいます。

つまり彼は、試合に勝つことよりも、勝負の美学や打撃道を究めることに目標を置いていたようです。

その前田智徳はイチローを差して「内野ゴロで必死に走るのはみっともない」と発言しています。

いかにも前田らしい。

憧れの人からそう言われれば、イチローも悲しかったでしょうかね。

■いや、逆にいえば、イチローは、落合や前田にはないところで勝負しようとしたのです。

私から見れば、落合博満も前田智徳も、自分にはできないことに集中しているイチローを脅威に感じ、妬んでいたのではないかと思えます。

イチローがヒット数を目標に設定した時、落合や前田でさえ対抗する術はなかったはずです。

そういう意味で、絶妙で的確な目標設定だったのです。

■野村克也に言わせれば、イチローは、変化球を待っていても、速球に対応できる類まれな天才タイプの打者であるそうです。

しかしイチロー自身は、天才といわれることを快く思っていません。

「ぼくは天才ではありません。なぜかというと自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです」「自分で無意識にやっていることを、もっと意識をしなければならない」
などと発言しています。

これはまさに現場に立つ者としてお手本にしなければならない考え方であり姿勢です。

私が営業組織を預かっているならば、常に現場営業には、この姿勢を求めます。

■おそらくイチローほどの才能の持ち主ならば、凡庸な選手が四苦八苦することをいとも簡単にやってしまうことでしょう。

オリックス時代の後半には、わざと難しいボールをヒットにするということをしていたとも言われています。

ただ彼は、そこで「身体が勝手に反応した」とか「なぜか球筋がよく見えた」などで終わらすことを良しとしていません。

「なぜ身体が反応できたのか」「なぜ球筋が見えたのか」を明らかにしようとします。

それを積み重ねることで、論理的に説明できる範囲を広げていき、自分の身体反応や説明できない能力をさらにその範囲の向こうに進めることを繰り返していたようです。

■この考え方、姿勢は見習いたいものです。

さらにイチローは、この目標達成を阻害する要素として、体力的、感情的、精神的な不安定さをあげています。

すなわち、体力がなければいくら技術があっても、調子が続きません。そもそも、怪我してしまえば、そこで記録はおろか選手生命まで絶たれるかも知れません。

イチローの場合、驚くべきは、ほとんど怪我らしい怪我をしてこなかったことです。

彼は、怪我してから治すということを否定しており、予防に最大限の注意を払っています。

そういえば落合博満も大きな怪我のない選手でした。彼は、試合後のケアを欠かさず、最後まで球場に残って入念にマッサージを受けていたそうです。このあたりのプロ意識もイチローと似たところがあります。

(ついでにいうと、前田智徳は、アキレス腱の断裂により、その才能を十分に発達させることができなかったようです)

■その上、いくら調子がよくても、余計な雑音や悩み事などがあれば、精神的に調子を狂わせてしまうかも知れません。

目標をヒット数を増やすこと、と設定している以上、余計な精神的負担は阻害要因のほか何ものでもありません。

だからイチローは日常の繰り返しの作業にこだわります。

毎日、同じことをする。単調に繰り返す。

まるで儀式のように見える打席での仕草。あるいは家庭でのふるまい。(毎朝、カレーを食べている時期があったといわれています)

こうしたことは、精神的な安定を保つための工夫であったようです。

■私がイチローから学ぶとすれば、この3つです。

(1)絶妙で的確な目標を設定すること。

流れに任せるなどもってのほか。好きなことをやり続けるというのも愚か。才能の赴くままにというのも足りない。

自分の資質が最も発揮されて、しかもライバルが追いつけないようなことを目標にする。

(2)自分のすることを根拠をもって説明すること。

幸運が味方した。頑張れば神様がご褒美をくれた。必死でやれば道が開けた。こういう耳ざわりのいい言葉は、言い換えれば、たまたまうまくいったということです。それでは、次の行動もたまたまに任せることになってしまいます。あくまで意識して根拠をもって行動すること。

(3)目標のために日常を過ごすこと。

プロの喜びとは、目標を達成したところにあるはずです。成果を出すためには、その他の多くの失敗があります。その失敗のストレスの中から達成感や喜びが生まれて消えていく。その繰り返しです。余計な息抜きにうつつを抜かすよりも、日常は犠牲にしてでも、達成感を味わいたい。

なんともかっこいい。私にそれができるかどうかはともかくとして、大きな実績を上げる者は、こうした戦略や規律の上に過ごしていることを理解していたいと思います。

■ただ最近のイチローは少し変わってきていますね。

長年慣れ親しんだマリナーズからヤンキースに移ったのは、目標設定を変えたかったのだと思います。

目標をヒット数という記録に置くならば、イチローを最大限尊重したマリナーズはとてもいい環境でした。

ところが、自ら依願してヤンキースに来たイチローは「ここに求めていたものがある」という発言を繰りかえすようになりました。

その求めていたものとは、チームとして勝つことでした。

「ヤンキースの選手はスーパースターばかりなのに、エゴが見えてこない。皆、一つの方向を向いている」とイチローは言います。

年間200本安打の呪縛から逃れ、純粋に団体競技の喜びを味わっているのが、今のイチローの明るい表情に繋がっているのではないでしょうか。

一つには、2回のWBC大会での優勝経験に、野球の原点を見たという思いがあったのでしょう。

もう一つは、やはり頭のいいイチローのことですから、そろそろプレーヤーからマネージャーにならなければならないということを理解し、そのためのスキルを得ようとしているのではないか。

ということは、近い将来、イチロー監督が見ることができるのかも知れませんよ。

落合博満が監督としても素晴らしい成果を上げたように、イチローの指導者としての姿勢も見てみたいものだと思います。

(2013年8月22日メルマガより)


■またイチローが大記録を打ち立てました。


2013年8月21日(日本時間22日)ヤンキース対ブルージェイズ戦、第1打席。

レフト前ヒットを放ち、日米通算安打数を4000本に到達させました。(日本で1278安打、メジャーで2722安打)

日本でも2000本打てば歴史に残る超一流打者だとみなされます。(現在、43名)

その中でも3000本を超えているのは、張本勲ただ一人です。

4000本となると、メジャーでも2名しかいなかったという大記録ですよ。

記録づくめの人であるとはいえ、やはりあっぱれなことです。

■イチローといえばマスコミ嫌いで知られ、記録達成にも「通過点ですから」としか答えない愛想のない選手でしたが、さすがに今回は、長時間のインタビューにも応じています。

なによりメジャー関係者からの賛辞には驚いたようですね。

日米通算というと、本当の記録ではない、などと白けたムードもあるのかなと思っていたらさにあらず。

祝福すべき時は桁外れに祝福する。

ベースボール文化の懐の深さを見たような気がしますね。

■それにしてもイチローのインタビュアーは、5000本安打を期待するようなことを発言し、それに対して、イチローも否定するようなことはありませんでした。

むしろイチローからすると40歳なんで限界だろうと言われることに強く反発しています。

どこも衰えてないんだ、と。

その気持ちはよく分かります。

人間は限界を設定したらそこで終わってしまいます。

自分で限界を作るのはいいが、それを人に押し付けないでもらいたい^^;と思うことがよくあります。

実際には若手を重用しようというベンチの思惑に出場機会を制限されてしまうわけで、イチローはそれが理不尽であると言いたいようでした。

大したものですよ。

この分だと本当に50歳まで続けて、メジャー単独記録を塗り替えるかも知れませんね。

■イチローは、本名、鈴木一朗。(一朗という名前ですが次男だそうです。トリビア^^)

1973年、愛知県に生まれました。40歳です。

中学高校時代と地元では有名な選手だったようですが、甲子園に2度出場するも、いずれも1回戦敗退したためにさして目立つ活躍もなく、プロ野球ドラフトでは、オリックスから4位指名されただけでした。

ちなみに松井秀樹選手とは高校時代から面識があったようです。星陵高校時代の松井がイチローに呼ばれて宿舎に行ってみると、ベッドにパンツ1枚のイチローがいたという逸話がありますが、これはそういう性癖があったというわけでも何でもなく、大勢の中にイチローがたまたまそういうカッコでいたというだけのようです^^;

ちなみに、イチローは学業も優秀だったようですよ。さすがに一流選手は頭脳明晰です。

■ドラフト4位といえば、ほぼテスト生と変わりない扱いではないでしょうか。

1,2年目はほぼ2軍暮らし。今でこそ評論家諸氏は「なぜイチローを1軍で使わないのだろうと不思議だった」と言いますが、ほんまかいなーーと思ってしまいますね。

実際、当時のオリックス監督である土井正三は、イチローの打撃フォームを認めなかったといわれています。(もちろん土井正三氏は後にそれを否定していますが)

転機は3年目。新監督仰木彰は、イチローをいち早く認め、レギュラーに固定します。

それからの活躍は周知の通り。

その年に、年間安打数210本のプロ野球記録を打ち立て、打率.385で首位打者。さらには、最高出塁率、ベストナイン、ゴールデングラブ賞、正力松太郎賞、あげくの果てには、シーズンMVPも獲得してしまいます。

■イチローが活躍しだした当初は、周りも半信半疑でしたっけ。

当時は、阪神の新庄が頭角を現した時期でもあり、比較されたりもしました。確かに新庄もその後、違う方向で凄い選手になっていきますが、比較対象ではありませんね。

ただ私の友人の池田君は、3年目の活躍を見て「今後10年間は首位打者を取り続ける選手だ」と予言していましたから、見る人が見れば、分かったのかも知れません。

そして日本プロ野球に在籍中は、予言通り、7年連続で首位打者を取り続けて、メジャーに移籍。

そこでも10年連続200安打を続けるというとてつもない記録を打ち立てます。(首位打者も2度獲得)

今では、メジャーリーグの殿堂入りも間違いないといわれる大選手になってしまいました。

■イチローをみて思うのは、目標設定の絶妙な的確さです。

彼は3年目で本格的に活躍し始めた時、打率を追うのではなく、ヒット数を追うと宣言しました。

つまり打率は上下するので精神衛生によくありません。しかしヒット数は積み上げで、下がることはないので、まだマシです。

この時はスタッフの発案であったようですが、こうした目標設定の巧みさは、頭のいい彼の得意な思考パターンとなっていったのでしょうね。

的確な目標設定は、姿勢や行動にブレを生みません。

特にシアトル・マリナーズに入団してからのイチローは、ひたすらヒット数を目標にするようになり、彼の全ての日常は、求道者のようにそれに捧げられているかのようでした。

■この目標設定の的確さは、同じくプロ野球界の天才打者であった落合博満に通じるものがあります。

参考:なぜ落合博満はブレないのか?
http://www.createvalue.biz/column2/post-201.html

もちろん、落合もイチローもお互いを尊敬しあっているようです。

ただし落合博満は「イチローは、内野安打がなければ.250の打者だ」と発言したといわれています。

そういう発言があったのか、あるいはあったとしても、その真意はどこにあったのか不明ですが、仮にあったとすればおそらく左打者であることの優位性のことを言っているのだと推測します。

つまり、左打者でかつ俊足のイチローは、ボテボテの内野ゴロを安打にしてしまう技を持っていますが、右打者の落合にはそれがありません。

そういう意味では、より困難な道をいっていたのは落合博満であると言えるのでしょうね。

その落合博満は、打者としての目標を「三冠王」に設定していました。

現役晩年はイチローと比較されることの多かった彼は、お門違いの比較論にいら立っていたのでしょうね。

「イチローはヒット狙いだけだろ。オレがホームランを捨てたら、4割でも打てる」と発言したとも言われています。

■落合が「唯一の天才」と認めるのが、広島カープの前田智徳でした。

確かにそうかも知れません。

前田智徳は、イチローも憧れの選手だと言っていました。

ただし、前田の打者としての目標は、いささか浮世離れしています。

昔の彼は、力不足の投手が出てくるとわざと三振して帰ってきて「なんであんなやつと勝負させるんじゃ」と怒っていたといいます。

つまり彼は、試合に勝つことよりも、勝負の美学や打撃道を究めることに目標を置いていたようです。

その前田智徳はイチローを差して「内野ゴロで必死に走るのはみっともない」と発言しています。

いかにも前田らしい。

憧れの人からそう言われれば、イチローも悲しかったでしょうかね。

■いや、逆にいえば、イチローは、落合や前田にはないところで勝負しようとしたのです。

私から見れば、落合博満も前田智徳も、自分にはできないことに集中しているイチローを脅威に感じ、妬んでいたのではないかと思えます。

イチローがヒット数を目標に設定した時、落合や前田でさえ対抗する術はなかったはずです。

そういう意味で、絶妙で的確な目標設定だったのです。

■野村克也に言わせれば、イチローは、変化球を待っていても、速球に対応できる類まれな天才タイプの打者であるそうです。

しかしイチロー自身は、天才といわれることを快く思っていません。

「ぼくは天才ではありません。なぜかというと自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです」「自分で無意識にやっていることを、もっと意識をしなければならない」
などと発言しています。

これはまさに現場に立つ者としてお手本にしなければならない考え方であり姿勢です。

私が営業組織を預かっているならば、常に現場営業には、この姿勢を求めます。

■おそらくイチローほどの才能の持ち主ならば、凡庸な選手が四苦八苦することをいとも簡単にやってしまうことでしょう。

オリックス時代の後半には、わざと難しいボールをヒットにするということをしていたとも言われています。

ただ彼は、そこで「身体が勝手に反応した」とか「なぜか球筋がよく見えた」などで終わらすことを良しとしていません。

「なぜ身体が反応できたのか」「なぜ球筋が見えたのか」を明らかにしようとします。

それを積み重ねることで、論理的に説明できる範囲を広げていき、自分の身体反応や説明できない能力をさらにその範囲の向こうに進めることを繰り返していたようです。

■この考え方、姿勢は見習いたいものです。

さらにイチローは、この目標達成を阻害する要素として、体力的、感情的、精神的な不安定さをあげています。

すなわち、体力がなければいくら技術があっても、調子が続きません。そもそも、怪我してしまえば、そこで記録はおろか選手生命まで絶たれるかも知れません。

イチローの場合、驚くべきは、ほとんど怪我らしい怪我をしてこなかったことです。

彼は、怪我してから治すということを否定しており、予防に最大限の注意を払っています。

そういえば落合博満も大きな怪我のない選手でした。彼は、試合後のケアを欠かさず、最後まで球場に残って入念にマッサージを受けていたそうです。このあたりのプロ意識もイチローと似たところがあります。

(ついでにいうと、前田智徳は、アキレス腱の断裂により、その才能を十分に発達させることができなかったようです)

■その上、いくら調子がよくても、余計な雑音や悩み事などがあれば、精神的に調子を狂わせてしまうかも知れません。

目標をヒット数を増やすこと、と設定している以上、余計な精神的負担は阻害要因のほか何ものでもありません。

だからイチローは日常の繰り返しの作業にこだわります。

毎日、同じことをする。単調に繰り返す。

まるで儀式のように見える打席での仕草。あるいは家庭でのふるまい。(毎朝、カレーを食べている時期があったといわれています)

こうしたことは、精神的な安定を保つための工夫であったようです。

■私がイチローから学ぶとすれば、この3つです。

(1)絶妙で的確な目標を設定すること。

流れに任せるなどもってのほか。好きなことをやり続けるというのも愚か。才能の赴くままにというのも足りない。

自分の資質が最も発揮されて、しかもライバルが追いつけないようなことを目標にする。

(2)自分のすることを根拠をもって説明すること。

幸運が味方した。頑張れば神様がご褒美をくれた。必死でやれば道が開けた。こういう耳ざわりのいい言葉は、言い換えれば、たまたまうまくいったということです。それでは、次の行動もたまたまに任せることになってしまいます。あくまで意識して根拠をもって行動すること。

(3)目標のために日常を過ごすこと。

プロの喜びとは、目標を達成したところにあるはずです。成果を出すためには、その他の多くの失敗があります。その失敗のストレスの中から達成感や喜びが生まれて消えていく。その繰り返しです。余計な息抜きにうつつを抜かすよりも、日常は犠牲にしてでも、達成感を味わいたい。

なんともかっこいい。私にそれができるかどうかはともかくとして、大きな実績を上げる者は、こうした戦略や規律の上に過ごしていることを理解していたいと思います。

■ただ最近のイチローは少し変わってきていますね。

長年慣れ親しんだマリナーズからヤンキースに移ったのは、目標設定を変えたかったのだと思います。

目標をヒット数という記録に置くならば、イチローを最大限尊重したマリナーズはとてもいい環境でした。

ところが、自ら依願してヤンキースに来たイチローは「ここに求めていたものがある」という発言を繰りかえすようになりました。

その求めていたものとは、チームとして勝つことでした。

「ヤンキースの選手はスーパースターばかりなのに、エゴが見えてこない。皆、一つの方向を向いている」とイチローは言います。

年間200本安打の呪縛から逃れ、純粋に団体競技の喜びを味わっているのが、今のイチローの明るい表情に繋がっているのではないでしょうか。

一つには、2回のWBC大会での優勝経験に、野球の原点を見たという思いがあったのでしょう。

もう一つは、やはり頭のいいイチローのことですから、そろそろプレーヤーからマネージャーにならなければならないということを理解し、そのためのスキルを得ようとしているのではないか。

ということは、近い将来、イチロー監督が見ることができるのかも知れませんよ。

落合博満が監督としても素晴らしい成果を上げたように、イチローの指導者としての姿勢も見てみたいものだと思います。

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